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SciCom in Action: 部分組織の共進化として見る民主主義とWeb3

民主主義の危機や民主主義の失敗といった言説を目にすることが増えてきました.中央集権的な国家の方が民主主義的な国家よりも経済成長率が高いという主張もされています[1].中央集権民主主義といった統治形態の優劣について様々な議論がされていますが,統治形態の優劣を評価することはできるのでしょうか.ここでは,社会をシステムとして捉え,複雑系をなす環境に適応的なシステムの進化という観点から,システムの統治形態について考えてみたいと思います.複雑系をなす環境に適応的なシステムについては,こちらの記事も参照ください.

複雑系をなす環境において進化してきたシステムとして生物システムがありあります.生物システムほど長い年月をかけて進化してきたシステムはないと言えます.ここでは,生物システムの進化とのアナロジーから社会システムの進化に及ぼす統治形態の影響について見てみます.

生物の進化とは,一言で表現すれば,外環境への適応度を向上させることと言えます.適応度とは,食料を多く獲得できる,子孫を多く残せる,外敵から身を守れるといったことです.適応度が高い生物ほど生き延びられる可能性が高いと言えます.

適応度を向上させるには,形態的な要素や特徴などの形質を変化させる必要があります.例えば,肉食獣の場合には,捕食対象に素早く襲いかかることができるように足の筋肉の量を増やすといったことです.このとき,足の骨の太さも変化したらどうなるでしょうか.骨が細くなればその分だけ体重が減って,より素早く動けるようになるかもしれません.一方で,足の筋力が増して骨に加わる負担が大きくなったことで骨が損傷する危険性が高まるかもしれません.このように,適応度に関して形質の間には複雑な制約関係があります

形質は遺伝子の相互作用によって決まります.非常に大雑把なイメージとして先ほどの例で言えば,遺伝子Aは足の筋肉の量,遺伝子Bは足の骨の太さを決めているといった具合です.形質の間に複雑な制約関係があるということは,形質を決めている遺伝子の相互作用の間に複雑な制約関係があるということになります.先ほどの例で言えば,遺伝子Aと遺伝子Bとの間には適応度に関して制約関係が存在するということになります.遺伝子の数は非常に多いため,各々の遺伝子の間の複雑な制約関係を考慮して生物システム全体の適応度を向上させるのは容易なことではありません.こうした複雑な制約関係が存在する中で適応度を向上させなければならないという状況は社会システムにも当てはまります.例えば,社会を構成する人々の間の複雑な利害関係が存在する中で可能な限り多くの人の幸福度を向上させるといったことです.

生物は,こうした複雑な制約関係が存在する中でどのようにして適応度を向上させてきたのでしょうか.理論生物学者であり複雑系の研究者でもあるKauffmanは,NKモデルと呼ばれるモデルを使用して,遺伝子の相互作用の間に複雑な制約関係が存在する中での適応度の向上に関する数値実験をしています[2].NKモデルは,物理学におけるスピングラス(本記事下部の「発展的内容」を参照)の一種の遺伝子版です.NKモデルは,遺伝子を表すノードと,遺伝子と遺伝子を結ぶエッジとからなるネットワーク構造になっています.NKモデルのNの値はNKモデルに含まれる遺伝子の数であり,各遺伝子は0と1の2つの状態を有し,NKモデル全体で2のN乗個の状態を表現できます.各遺伝子は,その遺伝子と依存関係がある遺伝子との間にエッジを有し,遺伝子と遺伝子を結ぶネットワークの繋がり方によって遺伝子間の制約関係を表現します.

NKモデルにおける適応度は,モデルに含まれるN個の遺伝子の状態の組み合わせと,遺伝子間のネットワークの繋がり方に基づいて算出されます.ネットワークの繋がり方は予めランダムに決められています.例えば,N=3として3つの遺伝子の状態の組み合わせが010とした場合,ある特定のネットワークの繋がり方では適応度は0.8といった具合です.このように,NKモデルにおける適応度は,モデルに含まれるN個の遺伝子の状態の組み合わせに応じて分布しており,Kauffmanはこの適応度の分布を適応地形と表現しています[2].

遺伝子の数は非常に多いので,適応地形を人間が理解できるように可視化することはできませんが,イメージとしては,適応度の高さに応じて山や谷があるようなでこぼこした地形をなしています.山の頂点では適応度が高く,谷の底では適応度が低くなります.NKモデルに含まれるN個の遺伝子の状態の組み合わせの変化に応じて適応地形を移動していくことになります.適応度を上げるためには,遺伝子の状態の組み合わせを変化させながら可能な限り高い山の頂上を目指す必要があります.

適応地形のでこぼこ具合は,遺伝子間を繋ぐネットワークの繋がり方に応じて変わり,富士山のような高い山が一つの場合もあれば小高い丘が無数に存在する場合もあります.NKモデルのKの値は,ある遺伝子と依存関係にある他の遺伝子の数を表しており,Kの値が大きいほど遺伝子間の制約関係が複雑であることを意味します.このKの値を調節することによって,適応地形のでこぼこ具合を調節することができます.Kの値が大きいほど,適応地形における山の数は多くなり,一つ一つの山の高さは低くなります.逆にKの値が小さいほど適応地形における山の数が少なくなり,一つ一つの山の高さは高くなります.

上述したように,適応度を向上させるには適応地形において可能な限り高い山の頂上を目指す必要があります.しかしながら,遺伝子の数は非常に多く,全ての遺伝子の状態の組み合わせについて適応度を計算することは実質的に不可能です.そのため,神の視点から適応地形全体を眺めることはできず,適応地形において現在位置している場所における勾配を見て移動先を決めるしかありません.地図やGPSなしで最も高い山の頂上を目指すというイメージです.

Kauffmanは,NKモデルに含まれるN個の遺伝子を分割して得られる部分組織の大きさと,適応地形のでこぼこ具合とを変化させて,適応度の向上に違いがあるか数値実験で調べています.部分組織の大きさをLとした場合,L=Nのときに部分組織の大きさは最大となり,N個の遺伝子全てが一つの部分組織に含まれます.逆に,L=1のときに部分組織の大きさは最小となり,遺伝子一つ一つが部分組織一つ一つになります.1<L<Nのときに部分組織が中間の大きさになり,L=nの大きさの部分組織にはn個の遺伝子が含まれます.

適応度を向上させるために部分組織の各々が採用する戦略は,自分の部分組織全体の適応度が向上するように自分の部分組織に含まれる遺伝子の状態の組み合わせを変化させていくというものです.すなわち,各部分組織は,自分の部分組織の適応度を向上させることだけを考えて,自分の部分組織に含まれる遺伝子の状態の組み合わせを変えながら適応地形における山の頂上を目指せばよいということになります.

まず,富士山のように高い山が一つだけ存在するような適応地形の場合を見てみます.このような適応地形の場合には,部分組織の大きさLが大きいほど適応度が効率的に向上することが示されています.これは直観的に当然のように見えます.登るべき山は一つだけなので,適応地形における現在の場所よりも少しでも高い場所に移動することを繰り返していけば山の頂上に至ることができます.このように移動方向に関して選択の余地が小さいような状況では,部分組織に分割せず,NKモデルに含まれる全ての遺伝子の状態の組み合わせを中央集権的に変えた方が有利だと言えます.

逆に,適応地形に複数の山が存在する場合はどうでしょうか.部分組織の大きさL=Nのとき(部分組織に分割していないとき)には,適応地形における現在の場所よりも高い場所に移動するように部分組織に含まれるN個全ての遺伝子の状態の組み合わせを中央集権的に変化させていきます.やがて山の頂上に至りますが,山の頂上に至った後は,遺伝子の状態の組み合わせを変化させることはできなくなります.遺伝子の状態の組み合わせを変化させると部分組織(L=NなのでNKモデル全体)の適応度を下げることになり,適応地形において山を下る方向に移動することになるからです.そのため,適応地形において最初に位置していた出発地点がたまたま適応地形において最大の高さの山の近くであればよいですが,小高い丘程度の高さに過ぎない山の近くであった場合,その小高い丘の頂上に至った後は移動できなくなり,適応度が向上しないということが起こり得ます.

一方,部分組織の大きさLが1<L<Nの中間の大きさの部分組織の場合には,部分組織の各々は自分自身の適応度を向上させることのみを考えます.そのため,小高い丘の頂上に達しても,ある部分組織が自分自身の適応度を向上させようとした結果,他の部分組織の適応度が低下して,結果的にNKモデル全体の適応度が低下することが起こり得ます.すなわち,小高い丘を下って,より高い山の頂上を目指すことができる可能性があります.部分組織の各々が自分勝手に振舞っているにも関わらず,全体の適応度が向上する可能性があるというのは,現実の複雑な社会のことを考えると勇気付けられます.

ちなみに,部分組織の大きさL=1の場合には,遺伝子の各々が自分の適応度のみを向上させようとするため,適応地形を登ったり下りたりすることになり,いずれの適応地形でも適応度をうまく向上させることができません.

上述した内容を踏まえて,統治形態が社会システムの適応度の向上に対して与える影響について考えてみたいと思います.NKモデルに含まれる各遺伝子を人とし,NKモデル全体を一つの国と考えます.このとき,部分組織の大きさLが大きいほど中央集権的になり,部分組織の大きさLが小さいほど民主主義的になります.部分組織の大きさLが小さい側の極限L=1のときには,完全に個人主義的な国家で,上述したようにいかなる適応地形の場合でも適応度を向上させることはほとんど不可能と言えます.

上述したNKモデルを用いた数値実験の結果から,でこぼこが少ない適応地形の場合には,中央集権的な国家ほど適応度を効率的に向上させられると考えられます.仮に中央集権的な国家の方が民主主義的な国家よりも経済成長率が高いとしたら,経済力を適応度とする適応地形は,でこぼこが少ないということなのかもしれません.これは,NKモデルにおいてKが小さいことを意味し,経済成長に寄与する因子間の制約関係が実はあまり複雑ではないかもしれないということを示唆します.例えば,リターンが見込めるか否かに関係なく,とにかくあらゆる分野の研究開発に多額の投資をすれば経済成長できるといった状況です.確かにそうした状況であれば,部分組織に分割するよりも中央集権型の方が効率よく適応度を向上させることができそうです.そうすると,民主主義の存在意義は何でしょうか.

ここで重要なのは,適応地形は一定ではなく常に変化しているということです.極端な話では,気候変動によって適応地形は大きく変化する可能性があります.科学技術の進歩による産業構造の変化によって,適応地形のでこぼこの数が増えて複雑になることもあり得ます.自国や他国の行動によって適応地形そのものが変化してしまう可能性もあります.上述した数値実験の結果から,適応地形が変化したときに中央集権的な統治形態では適応地形において現在位置している山の頂上から脱することができず,別のより高い山が現れてもそちらにうまく移動できない可能性があります.一方で,部分組織に分割した民主主義的な統治形態の場合には,様々な部分組織が自分の部分組織の適応度を向上させようとすることで,現在位置している山の頂上から脱して,別のより高い山の頂上を目指して移動できる可能性が高まります.民主主義的な統治形態では,右派や左派といった政治思想に応じて結成される政党,都や県などの地方自治体,立法・行政・司法などの様々な部分組織のせめぎ合いによって,でこぼこが多い適応地形に対して中央集権的な統治形態よりも国家全体の適応度を向上させ易い可能性があります.Kauffmanは,そうした部分組織のせめぎ合いによる進化を部分組織の共進化と呼んでいます[2].

でこぼこが多い適応地形では部分組織に分割することが適応度の向上において有利であることが分かりました.それでは,部分組織の大きさはどのようにして決めればよいのでしょうか.Kauffmanは,システムが秩序と無秩序の境界であるカオスの淵にあるときに,部分組織の最適な大きさが得られるとしています[2].部分組織の大きさL=Nの場合には中央集権的な統治形態であり,システムは秩序領域にあります.一方,部分組織の大きさL=1の場合には完全な個人主義的になっており,システムは無秩序(カオス)領域にあります.そして,部分組織の大きさが最適なとき,システムはカオスの淵にあるということになります.カオスの淵にあるときにシステムは変化と安定を両立させており,部分組織の共進化が起きやすい状態であると考えられます.

一方で,現実の世界では,適応地形の変化に応じて部分組織の大きさを柔軟に変えるのは一般に難しいと言えます.例えば,適応地形のでこぼこが増えても,それに合わせて政党や地方自治体,行政機関を分割して別のサイズの大きさの部分組織にするというのは現実には難しいのではないでしょうか.

最近,Web3という単語をニュースなどで目にする機会が増えてきたと思います.Web3に関しては広く合意された定義はないと言えますが,ブロックチェーンと呼ばれるデータベースを使用して非中央集権化を目指していることが一つの特徴として挙げられます.ブロックチェーンはオープンかつ実質的に改ざん不可能なデータベースであり,トークンと呼ばれるデータの取り引き(トランザクション)が記録されます[3].ブロックチェーンのオープンかつ実質的に改ざん不可能なデータベースという特性から,トークンが暗号資産として取引されるに至っています.

現在,ブロックチェーンを用いたプロジェクトとしては,BitcoinEthereumという2つの大きなプロジェクトがあります[3].Bitcoinは暗号資産の名称として広く知られています.Ethereumは,ブロックチェーンを使用したアプリケーションを実行するプラットフォームとしてVitalik Buterin氏によって提案され,開発が進められてきました[3][4].BitcoinとEthereumのアーキテクチャ上の大きな違いの一つとして,Bitcoinは基本的に単一のブロックチェーン上で運用することを想定しています.それに対して,Ethereumは,アプリケーションに応じてEthereumのプラットフォーム上にブロックチェーンを新たに追加していくアーキテクチャになっています.Ethereumによって,シングルチェーンからマルチチェーンへとアーキテクチャがシフトしたと見ることができます[4].

マルチチェーンのアーキテクチャでは,複数のブロックチェーンが存在し,各々のブロックチェーン上に異なるアプリケーションを構築できます.各々のブロックチェーンは,ブロックチェーン同士を接続するブロックチェーンPolkadotなど)を介して相互作用することが可能で,トークンをやり取りしたり,状態を変更したりすることができます[4].ブロックチェーン上には取引に使用されるトークンの他に,当該ブロックチェーンを運用しているプロジェクトの将来に影響を与える決定についての投票に使用されるガバナンストークンも存在します[4].ガバナンストークンを使用して,ブロックチェーンを中心に構成されるコミュニティが統治されていると言えます.このコミュニティを部分組織として見れば,マルチチェーンは,部分組織の共進化を可能にするアーキテクチャになっている可能性があります.実際,Ethereumのようなブロックチェーンを用いた分散システムと生物との類似性に関する研究もされています[5].

Ethereumのようなプラットフォームでは,ブロックチェーンを追加していくことで様々な大きさのコミュニティを現実の世界と比較して遥かに簡単に作れます.マルチチェーンによって部分組織の共進化が可能だとすると,絶え間なく変化する適応地形に対して,社会全体の適応度を向上させるのにWeb3のような思想や技術が貢献する可能性があるかもしれません

最後に,Keio University Global Research Institute (KGRI)で行われた法学者のLessig先生(クリエイティブ・コモンズの発起人・理事)の講演を紹介して終わりたいと思います.

KGRI Great Thinker Series - Prof. Lawrence Lessig: "How Can and Should the Platforms be Governed?"

同講演の55分頃からWeb3の話がされています.Web3の出現についてはcompletely predictableであるとし,以下の内容がスライドに表示されます.

many ways to use code to organize to execute life

出典:KGRI Great Thinker Series - Prof. Lawrence Lessig: "How Can and Should the Platforms be Governed?"

Web3に関しては賛否両論ありますが,社会システムの進化という大きな時空間スケールで見ることも重要だと考えています.

発展的な内容

スピングラス

NKモデルの説明で登場したスピングラスは乱れた磁性物質の一種であり,2021年のノーベル物理学賞を受賞したParisi博士の受賞対象にはスピングラスの研究が含まれています.(古典)スピングラス系は,一種のニューラルネットワークと考えることができ,脳の長期記憶と連想のモデルである甘利・ホップフィールドモデルは,スピングラス(の集団的な振る舞い)を用いて記憶をモデル化しています[6].甘利・ホップフィールドモデルは,ボルツマンマシンを経て深層学習などにつながるニューラルネットワークの原始的なモデルと言えます.甘利・ホップフィールドモデルはヘブの学習則によって学習が進むと考えられますが,脳の情報処理の理論として著しい発展を遂げている自由エネルギー原理[7]における学習則もヘブの学習則とほぼ同じであると指摘されています[8].自由エネルギー原理に関しては,こちらの記事も参照ください.同記事にもカオスの淵が登場し,アトラクタといった概念を用いたもう少し詳しい説明をしています.NKモデルとスピングラスは類似したモデルであり,記憶のモデル化ではアトラクタが重要な役割を果たします.生物システムにも社会システムにも同じ組織化の原理[9]が作用しているように見えます.

  1. 成田 悠輔, "22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる", SBクリエイティブ (2022).

  2. Stuart Alan Kauffman, "自己組織化と進化の論理―宇宙を貫く複雑系の法則", 筑摩書房 (2008).

  3. Bikramaditya Singhal, Gautam Dhameja, et al., 面 和成(訳),  "ブロックチェーン実践入門: ビットコインからイーサリアム、DApp開発まで", オーム社 (2020).

  4. gbaci, KumaGorow(訳), Yoshida2(訳), ek(訳), "初学者のためのPolkadot入門 非中央集権化,ブロックチェーン,Polkadotの非技術者向けガイド" (2022).

  5. Abramov, O., Bebell, K.L. & Mojzsis, S.J. Emergent Bioanalogous Properties of Blockchain-based Distributed Systems. Orig Life Evol Biosph 51, 131–165 (2021).

  6. 田中章詞, 富谷昭夫, 橋本幸士, "ディープラーニングと物理学 原理がわかる、応用ができる", 講談社 (2019).

  7. 乾 敏郎,阪口 豊,"脳の大統一理論: 自由エネルギー原理とはなにか",岩波書店 (2020).

  8. 乾 敏郎, "自由エネルギー原理 - 環境との相即不離の主観理論 -", Cognitive Studies, 26(3), 366-386 (2019).

  9. Robert Betts Laughlin, 水谷 淳(訳), "物理学の未来", 日経BP (2006).


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