04本を暖める

 「本を暖める」。私のお気に入りの言葉です。
 読みたい本をカバンに入れて持ち歩き、ちょっとした空き時間に目を通します。ときには仕事に追われたり、気が向かなかったりして長い間本を開かないときもありますが、常にカバンの中で暖めておればやがては読み終えるものです。
 本を友とするとき孤独はなくなります。本を暖めるということは常に友が側にいるということを意味します。
 本と会話を交わすとき、その人は充実感に満たされます。その意味において独りで居るときがいちばん楽しいときでもあるわけです。
 群ようこ著『鞄に本だけ詰め込んで』。私はタイトルを見ただけでこの本を買ってしまいました。
 何か解決したい問題があるときも、常に意識の中にとどめておけば発酵されて解決の糸口が見つかったり、着想がひらめいて急にほぐれてくることがよくあります。課題なり問題なりを放棄せず、持ち続けることが大切なのでしょう。
 意識のポケットに入れておいてから忘れるということでしょうか。難解であればある程、持ち続け、暖め続ける必要があると思います。

 本を持ち続けていると、何か本が話しかけてくるように感じられるときがあります。時間の経過とともにエネルギーが充電されてきて身体を突き動かすようです。
 カバンの中で暖められ、じっくり発酵した本を少しずつながらも読み終えたときの感慨は深く、本好きの贅沢な味わいの一つです。

 出張するときも旅行するときもおよそどこへでも本は同行します。
 電車の中で、駅のホームで、公園のベンチで、または通りがかりの喫茶店などで、ちょっとした待ち時間に読みかけの本を開き、程良く暖まったべージを繰るときの楽しさを味わうのが好きです。
 それが一ぺージでも一行でもかまいません。一行の言葉が大きな感動やヒントを生むことがあるからです。
 また、ある程度カバンの中で暖められ、読み進められた本の世界には、すぐにとけ込むことができます。
 既に読んだぺージと、これから読むぺージには温度差を感じます。
 目を通し、ほぐれたぺージをパラパラとめくりながら、線引きした部分を追うことで次へと読み進むエネルギーを得るときがあります。暖まったぺーシが誘い水の役割を果たしてくれるのでしょう。
 ノドの渴きを潤す本や時間を忘れさせるような本に出会えたときのうれしさは格別ですし、 本をいとおしく思います。
 人は食料を得られて精神的にも安定するという一面がありますけれど、書物は心の栄養素であると思うのです。
 さきほど、読みたい本を常に携帯するということは、いつも友が側にいる状態だといいましたが、それに加え、精神的な食べ物を常備しているとも言えるのではないでしょうか。
 本を暖めるといえば、風呂の中で読むこともあります。
 風呂のフタを机代わりにし、椅子を湯舟に沈めてすわり、気楽な本を読みます。湯気をすって本が湿るので読み捨ての週刊誌類が多くなります。以前に一度、自分が暖まりすぎて、立ちくらみをしてからは風呂での読書はひかえることにしています。
 車の助手席や後部のトランクに積んだコンテナにもいろんな分野の本を乗せています。 風通しのいい場所や景色のいい所で車を止めて読書するのも一興です。車が私設移動図書館になります。
 時には車から降りて散歩をしたり、軽い体操なんかも行います。
 夏になると車の中で暖まって本が熱くなっていることも度々です。

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