03本棚の一角


 私は大晦日に本棚の一角を空にします。
 次の一年間に読む本を並べるための空間を確保するためです。そのあけた空間に、ジャンルにはこだわらず、読んだ順に端から並べていきます。大きさも体裁もまちまちで、かなりデコボコした感じになりますが、だんだん本の幅が増えていく充実感は格別です。
 この一年、読んだ本の分だけ着実に成長した、ということが目に見えるようで大きな励みにもなります。
 時々本棚に目をやって、年度始めからどんな本を読んできたかを振り返ってみると、自分の好みや偏りが点検できて興味深いものがあります。
 小説、随筆、実用書、専門書、人生書等バラバラに並んでいるものの、それらを読んでいたときの心のあり方を反映しており、妙な懐かしさを覚えます。
 そして大晦日にはそれらをジャンル別に整理して書斎の本棚に移し変え、一年の締めくくりとします。

 私は本に対してかなりの愛着心を持っています。
 何かに取り組むとき、まずそれに関する本を買って研究します。たちまち本棚の一角が関係書籍で埋まります。
 本を買ったたけでマスタ—できるような気になるのが私の欠点でもありますが、本の中で共感できたり、勉強できる箇所が一つでもあればすでに買った価値があるというのが持論です。したがって本棚は読みかじりの本であふれています。
 将棋、数学、文学書、パソコン、健康、人生、バレーボール、英語等々、本棚にはこれまで興味を抱いてきた私の歴史が詰まっています。
 本は私にとって最良の師となってきました。どのような分野でも必ずその道に通じた専門家の書いた書物が存在するものです。
 一流の人が著した本に書き込みを入れながら何回も読み返すとき、読み返すほどに味わいが深まるのは大きな魅力です。
 総じて、その道を極めた人の書いた本は文章もわかりやすく、味わい深い内容となっています。
 将棋の大山康晴、写真家の入江泰吉、経営の松下幸之助等、その解説や手ほどきの所々に散りばめられた、ちょっとした感想や体験談の中に心惹かれる言葉がさりげなく揷入されており、その道の第一人者としての風格がにじみ出ています。

 このように、本は師であるとともに心の安定剤の役目をも果たしますし、一服の清涼剤ともなります。幾度となく書物によって心の乾きを潤し、励ましを得てきました。
 本棚の各所にその時々の取り組みが思い出とともに並んでいます。

 この本棚はある年の夏のボーナスをすべてつぎ込んで十五連セットで買いそろえたものです。住まいを新築した際、塀沿いに書斎を作り、明かりをたくさん入れるために大きなガラス障子をはめました。その細長い書斎に現在の本棚を設置しました。これは、渡辺昇一の名著「知的生活の方法」をヒントに建てたものです。
 疲れた目をガラス越しの庭木に目をやるとき、安らぎを覚えます。大雪の日、暖かい部屋の中から、木々に降り積もった雪を見て、思わず雪見酒としゃれこんだこともありました。

 最初述べたように、毎年、年度始めにあけた空間に並べた本が着実に収まっていきますので本棚もいっぱいになってきました。
 衝動的に買ったり、すでに資料として古くなったものを整理しながら、内容的に価値の高い本棚にしようと思っています。
 量から質への転換期だと自分に言い聞かせておりますが、なかなか実現しそうにありません。

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