06喫茶店の片隅で


 大学時代から喫茶店の片隅が私の憩いの場となっています。
 今まで、多くの本を読み、手紙や随筆を書いたのはもちろんのこと、仕事の企画をしたり、人と会ったりと、およそ喫茶店の活用は幅広いものがあります。
 お気に入りの喫茶店の、お気に入りの席に座って、お気に入りの作家の本を読むとき、 安らぎを感じます。
 自宅の書斎よりも、読書の条件が完備された図書館よりも、なぜか気持ちが落ち着くのは私だけでしよぅか。

 まずは一杯のコーヒーを注文し、自分のためだけに確保された空間に陣取ります。誰からも隔離された一人だけの空間と時間、その贅沢な条件をコーヒーー杯の値段で得られるのが喫茶店の最大の魅力です。
 いちばん奥の窓際の席を選び、入口に背を向けて座ります。
 よほどのことがない限り相席にはなりません。つまり、一杯のコーヒー代が一つの席だけでなく、ーボックス分の空間を買い取るのですから安いものです。
 食事タイムのざわついたときが過ぎ、しばらく経っておとずれる静寂の時間に、本の世界へと潜り込むとき、一週間待ちわびた時が手に入ります。
 時間が経過し、まわりの景色が意識からはずれ、やがてストーリーの情景が頭の中を支配して、豊穣の時が流れます。

 お金がなくても、環境が悪くても、一杯のコーヒー代と一冊の本があれば得られる幸福感がこれまでの私を支えてきました。
 本を愛さないことは寂しいことです。
ど んな条件がそろっても私を満足させることはできないけれど、本さえあれば生きていける、ちよっとキザに聞こえるかもしれませんが本音です。
 その時々、読みたい本は変わりますが、喫茶店の片隅で読んだ本によって心を満たされ、 知識を補ってきました。
 独身時代の一人タイムは喫茶店の片隅で過ごすことが大半でした。
 外見的には一見わびしく見えるこの時が、私にはいろんな世界に浸り込む快楽の時であり、喫茶店の片隅はその入口になっていたのです。
 家庭的な事情により、高校二年の時から結婚するまでの約十二年間は、一人暮らしの生活でしたが、寂しく感じることはあつても、すさんだ気持ちになったことはありません。
 これも本のおかげであると思つています。

 随筆を書くようになるまでは喫茶店ではもっぱら本を読むことが主でした。
 歳を重ね、経験が増えるにつれて自分の想いを文にのせたいと思い、拙いながら随筆にまとめるようになりました。喫茶店の片隅が読書コーナーから文筆工房になる割合も徐々に増えてきました。
 未熟さ故に想いが文に伝わらず、苦しいときもありますが、創作の喜びがそれをヵバー してくれます。遅々とした歩みですが作品の数も増えてきました。

 プリントアウトした文章に校正、添削を加えるときが私の大好きな時間です。
 赤のボールペンを使って、不足を補い、文の角を削っていき、味わいのあるものに仕上がっていく過程に自己満足をおぼえながら取り組んでいます。
 直しては書き、直しては書きの連続ですが、良くなっているかどうかは別として、とにかく楽しい時間が生まれます。
 パソコンを持ち込んで書いたこともありますが、コーヒーをこぼしそうで何となく落ち着きません。
 やはり喫茶店には本と鉛筆が似合います。
 随筆の数が増えるに従って、大胆にも、随筆集を出版したいという気持ちが湧いてきま した。他人に読んでもらうには抵抗も感じますが、自分の本ができるという欲求のほうが 強くなってきました。
 できあかった自分の本を喫茶店に持ち込んで、一人そっと読んでいる姿が見えてきます。 いくつになっても喫茶店の片隅に座り込む習慣は変わりそうにありません。

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