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「オウム真理教布教アニメ」にまつわる誤解と真実

明日で地下鉄サリン事件から29年となります。公安審査委員会は犯行を行ったオウム真理教の後継団体であるAlephへの活動制限期間を延長する判断を下し、現在でも脅威は去っていないという認識を示しました。

さて、先月終わりから今月の始めほどにかけて、オウム真理教の布教活動についてSNSなどで議論が生じていました。その中で特に話題となっていたのが、教団の制作したアニメについてです。

「オウム真理教のアニメ」として恐らく殆どの人が想像するのは、キラキラした目の麻原彰晃が笑顔で空を飛び回っているこちらの作品でしょう。

この作品は「オウム真理教布教アニメ」 という触れ込みで広まっています。プロパガンダについての著作で有名なライターの辻田真佐憲も、2018年に「教団の宣伝活動」の一つという論調でこの作品を取り上げています。

本作で、麻原は超能力を発揮し、様々な問題を解決する。あるときは、自由自在に空を飛んだり、またあるときは、みずからの化身を飛ばしたり、弟子が見守る前で姿を消したりする。

「空中浮揚」の写真さえ、効果を発揮していた時代だ。アニメをみて「修行すればこんな風になれるかも」と道場に足を運んだものも、多少なりともいたのではないだろうか。

現代ビジネス『オウム真理教が信者獲得に成功した「先進的なプロパガンダ」

というように、今やオウムを語るうえで欠かせないアイテムの一つに加わっていますが、実はこの作品は「布教アニメ」ではありません。この記事ではこの話題を出発点に、オウム真理教のサブカル方面での布教活動について簡単に振り返ります。


『超越世界』は「布教アニメ」ではない

オウム真理教は1991年、美術系出身の信者を中心に「マンガ・アニメ・チーム」というセクションを立ち上げ、コミックとアニメーションの制作に乗り出しました。略称は「MAT」で、『帰ってきたウルトラマン』を意識した可能性が指摘されています(大塚英志『メディアミックス化する日本』など)。

(1995年7月『スーパーモーニング』(ANN)より、第4サティアン内のスタジオの取材映像。線画らしきものを描いている信者がいる)

前掲記事でも言及されているように、例のアニメは正式なタイトルを『超越世界』と言います。数分ほどのショートアニメが10話分入っていて、全体で1時間ほどの内容です。

もう一つ有名なのがストーリーもののアニメで、家族に奪還された信者を人身保護請求制度を悪用利用して取り返すという生々しいものですが、こちらは『超越神力』という連作アニメのうちの『天耳通』という作品で、他に『他心通』編と『宿命通』編の存在が確認されています。

『超越世界』は1993年に制作されたと言われていますが、当時は在家信者用のコンテンツとして上映されていたもので、一般には流通していませんでした。本作にエンドクレジットが存在しないのはそのためだと推測されます。

本作に限らず、MATが制作したアニメのほとんどは信者向けの内部ビデオに使用されています。教義について解説する『ベスト・リアライゼーション』シリーズの冒頭や、出家信者の修行用のビデオなどにもアニメが登場しています。

(出家信者向けビデオ『ヒナヤーナ・ツァンダリー・イニシエーション』シリーズ。一本40万円もしたらしい)

信者以外の目に触れる機会のなかった本作が初めて一般に知られるようになったのは地下鉄サリン事件以降のことで、ニュース番組などで紹介されたことで本作が初めて多くの人々の目に触れることになります。最初期にビデオ映像を使用したのは1995年5月の『ニュース23』で、「信者が見せられる様々なビデオ」のうちの一つとして報じられました。

(筑紫哲也が「空を飛ぶ能力を持っているのに飛行機に乗るシーンがあるのはおかしい」と容赦ないツッコミを入れていた)

映像は一部の人々の間で話題となり、インターネット以前のMADビデオにも、報道映像からの孫引きの形で素材が使われたものがあったようです。その後、教団はイメージアップ戦略の一環として、全国の支部道場の一角を改装した「サティアンショップ」という直売店を運営します。そこで教団内のグッズの一部が売り出されることになり、その中に『超越世界』及び『超越神力』シリーズが含まれていました

(当時の公式通販ページ)

こうしてビデオの原本が一般に入手可能となったことで、本作の知名度が一気に上昇することになります。現在ネット上で「フルバージョン」としてアップロードされている映像には冒頭に7分ほどの教団紹介映像が含まれていますが、これはサティアンショップで販売されていたバージョンで、1995年4月1日放送の『朝まで生テレビ!』に持ち込んだものの流用です。

(テロ容疑のかかる団体の宣伝映像をそのまま放送した、今から考えると恐ろしい回でした)

ネット上で本作を最初期に取り上げたサイトの一つである「遊撃インターネット」では、すでに本作を「宣伝ビデオ」として紹介しています。その後、動画サイトの登場によって本作はリバイバルブームを起こしますが、2008年にニコニコ動画に投稿された本編とMADを組み合わせた動画でも「布教アニメ」というタイトルになっており、この時点で完全に誤伝が定着したものと思われます。

(遊撃インターネットの通販ページ。今でも売っているようです)

まとめると、『超越世界』は1995年に教団がイメージアップのために一般販売するまでは信者以外に鑑賞機会がほとんどなく、一般にイメージされる「事件以前の教団が布教に使用していたビデオ」ではないということです。

「布教マンガ」のほうが有名だった

筆者周辺の、事件以前の信者と部分的に交流のあった人に軽く聞いてみたところ、やはり「アニメを作っているという話は聞いていたけど、見たことはない」「マンガなら読んだことがある」という答えでした。

教団はMATを立ち上げる以前から、漫画作品での宣伝を行っていました。有名なのは『あなたもなれるかも?未来を開く転輪聖王』という作品です。

(小宇宙を感じる表紙ですが、内容は全く関係ありません)

内容は、いじめられっ子で女の子にもモテない、スポーツも勉強も出来ず妄想で憂さ晴らしをするのが日課という陰キャ浪人生の「しょう」君が、ある日夢の中でシヴァ神と出会い、「修行をすれば特別な力が得られる」と助言され、言われた通り瞑想修行を始める…という物語。

(しょう君)

しょう君は何年も厳しい修行に励み、ついに空中浮揚の能力を獲得。能力開眼時のしょう君はすっかり髭面で…つまりしょう君とは「彰君」だったのです(構図の類似から考えると、本作が『超越世界』の元本である可能性が高そうです)。

(お告げを受け…)
(5ページ後。話飛びすぎだろ)

後半では「新見君」まで登場。しょう君は憧れの女の子のピンチを救ったり、ダライ・ラマ法王と会ったり、最終解脱者になったりして、最後は政界へ挑戦するところで終わります。

本作は1989年制作で、翌年の衆院選出馬を見据えており、当時は街頭での無料配布やポスティングなどで各所にバラ撒かれていました。事件以前には、アニメよりもこちらのほうが知名度が高かったと思われます。

(以前ネット上で『超越世界』について「ダメ主人公が超能力を得て活躍するみたいなサクセスストーリーを想像していたらあまりにも話の中身がなくて驚いた」 という趣旨の感想を目にしましたが、『転輪聖王』はまさしくそのようなストーリーであり、なかなか鋭い指摘だと思います。)

MAT立ち上げ後も教団はマンガを量産し、書店で販売していました。『超越神力』シリーズも、元になったのは1991年に刊行された小説で、後にコミカライズもなされています。

また、『スピリット・ジャンプ』なる雑誌の制作も試みていましたが短命に終わりました。内容は出家修行者の体験談を漫画にしたものが毎号2話分掲載される形式で、全て何かの作品のパロディになっているのが特徴です。

(『スピリット・ジャンプ』)
(コートではいつでもひとりな女の子も…)
(尊師に出会って修行者に!!)
(あたしゃもう解脱しそうだよ)

そういうわけで、オウムはアニメよりもマンガの方を布教ツールとして重視していたのですが、アニメのインパクトに押し負けて、現在ではあまり語られません。

結局「オウム真理教布教アニメ」は存在しないのか?

結論からいうと、オウムが布教用に制作したアニメ作品は存在します。しかし、非常にマイナーな作品です。

教団はMAT立ち上げ直後、「SHINRI VIDEO」というビデオレーベルを設立し、数本のビデオ作品をリリースしています。その中には、アニメを使用したものもありました。筆者の知る中で最もアニメ成分が多いのは『ノストラダムス 秘密の大予言』というビデオです。

(ヤフオクに出品されていたパッケージ)
(オープニング)

このビデオは、文字通り当時流行っていたノストラダムスの予言について麻原流の解釈を示すもので、前半では「的中例」としてアンリ二世の事故死の再現から、ノストラダムスの死までがアニメで描かれています。

(アンリ二世の最期)

後半は予言解釈パートとなっており、フランスのノストラダムス協会に赴き、設立者のミシェル・ショマラに取材した際の様子がアニメ化されています。ちなみにショマラは後にNHKの取材を受け、「麻原氏は最初から結論を決め、終末論の話ばかりしていました。結局世界の終末の日がいつなのか私から聞くことができず、とてもがっかりした様子でした」と述べています。

(1995年5月『オウム真理教・暴走の軌跡』(NHK)より)
(アニメ版。「1999年7の月」の予言は偽作であるという説を教わるが、その後のビデオでは無かったことにされてしまう)

本作も91年に刊行された同名書籍を下敷きにした作品で、「アンゴルモア」を「神の御使いモーセ」と解釈し、モーセの生涯をアニメで再現、最後は「軍神がボン教の予言に従って統治する」(は?)という解釈を元に、核ミサイルやレーザー兵器で荒廃した地球に白馬に乗った「軍神」が降臨する様子を描いています。

(「軍神」が何者であるかは言うまでもない)

この記事を読んでいる方の大半がご存知ないであろうことからも分かるように、本作は当時もあまり話題にならず、布教効果もイマイチだったと見られます。

(1995年6月『緊急3時間スペシャル 徹底総括!!オウム帝國戦慄の終焉』(NNN)より。「教団拡大のために使っていたビデオ」を映し出すCGの中に本作が登場している)

他にも一般に視聴可能だったアニメ作品はいくつか存在します。オウムが1991年に上演した『創世記』というダンスオペレッタには、幕間にアニメを挟むという特殊な演出が施されていました。そもそも、MATの設立目的自体が、『創世記』用のアニメを制作するためだったと言われています。

教団制作のオペレッタにアニメーションを加えるという企画ができてきまして、それで急遽サマナの中から少しでも絵を描けそうな人間がかき集められました。全部で二十人か三十人です。

村上春樹『約束された場所で underground 2』文藝春秋、1998年,p.146
(『創世記』のえちえちシーン。全体的に作画枚数が異様に多い)

また、教団はロシアの「2×2」というテレビ局から、『真理探究』(ПОСТИЖЕНИЕ ИСТИНЫ)という布教番組を放送していました。この番組はオープニングがアニメとなっていて、白馬に乗って王冠とステッキを携えた麻原がキラキラしながら降りてくるという大変キツい絵面を拝むことができます。

(麻原の生歌付き。めっちゃ辛そうに裏声を出していて面白い)

このように、事件以前からMAT制作のアニメは部分的に一般公開されていたものの、事件後に知られるようになった『超越世界』に完全にイメージを上書きされてしまい、一部のマニア以外からは忘れ去られた存在になっています。

アニメ班の末路

MATのリーダーを務めていたのは1988年に入信した古参の出家者で、上記の『約束された場所で』のインタビューに「細井真一」という名前で答えています。発言から、おそらく「ヴァッジタ」というホーリーネームの人物だと思われます。

僕は学生の頃から、一人で興味を持ってずうっと映画のシナリオの勉強をしていまして、絵コンテがなんとか描けたんです。アニメーションというのは、絵コンテが作品の質を決める割合が大きいため、僕がそのグループの中心みたいにされてしまったわけです。

『約束された場所で』p.147
(『創世記』エンドクレジットより)

彼はサリン事件後に脱会し検察の取り調べを受けた後、元信者の団体「カナリヤの会」に参加し、TVのインタビューなども受けていました。事件後、入信から脱会までの半生を自らの手でイラスト化公開しています。

(1999年1月『NNNきょうの出来事』より)
(1995年10月『深き闇の中から オウム真理教 信者の供述』(NHK)より。お前が描いたんかーい!)

『約束された場所で』によると、1994年にMATは解体され、全員が「科学技術省」へと転属となり、第9サティアンの溶接工事などに従事させられたそうです。「アニメを描けるくらい手先が器用だから」という雑な理由での抜擢で、作業は非常に大変だったとか。その後、彼は仕事ぶりを買われて「師」へと昇格、第7サティアンの工事を担当します。

(左のドラム缶にについて説明するヴァッジタさん)

1995年のお正月、ヴァッジタさんは、第7サティアンの偽装工作を指示されます。有名な「発泡スチロールのシヴァ神」です。この日、読売新聞が山梨県警の捜査によってサティアン周辺からサリン残留物が検出されたというスクープを発表し、教団内は大騒ぎになっていました。そこで、入口から見える機械類などをハリボテの祭壇で隠蔽するという作戦が実行されました。

まず吹き抜けプラントの前面に、板で壁を作っちゃうんです。そこに発泡スチロールのシヴァ神の顔をくっつけます。そしてあとに残ったまずい部分は段にしてしまって、木で囲い、そこに祭壇を作ります。

僕が顔なんかをデザインして、それをCBI(引用註:いわゆる「建設省」)が実際に作っていくんです。できあがりはまずかったですね。顔なんかあまりに下手クソなんで、どうしようもなかったです。

前掲書p.152

一刻を争うなか慌ててデザインしたそれはヴァッジタさん的には不満の残るクオリティだったようですが、教団は当時オウムに好意的な論評を寄せていた宗教学者の島田裕巳を案内します。島田はすっかり信じ込んでしまい『宝島30』に「神聖な宗教施設」という評価を書いてしまいました。これに対するヴァッジタさんのコメントがこちらです。

でもあれで騙されちゃまずいですよ。あれはいくらなんでもわかりますよ。島田裕巳さんなんかが来て、実際に見て、これは宗教施設だと断言したわけですが、位置的にも視覚的にも矛盾だらけです。「こんなのムリだよ」と僕は思っていたんですが。

前掲書pp.152-153

こうして、教団の中でも平和な活動だったはずのアニメチームは、オウムの国家転覆計画の一翼を担わされてしまったのでした。

おわりに

『超越世界』のネット上での流行から敷衍して、事件以前のオウムもこうしたアニメを使って大々的な布教活動を行っていたような印象を持っている人も多いのではないかと思います。しかしここまで見てきたように、実際にはそこまで力を入れているわけではなく、布教効果も限定的なものだったと思われます。内容がバカバカしいのは、元々信者しか見ない前提のものなのである意味当然なのです。

言うまでもないことですが、オウムが最も力を入れていた布教ツールは書籍とセミナーでした。麻原彰晃の本は当時ベストセラーの常連であり、さらに学生層の口コミや街頭の勧誘によってセミナーに引き込むケースが多かったようです(後に死刑となる信者の殆どもそのような経緯で勧誘されています)。

また、各大学にダミーサークルを作り、学園祭で麻原彰晃を呼んだ講演を頻繁に行っていました。「東大に尊師がやってくる! 」「今、宗教がトレンディ?」という五月祭や駒場祭のキャッチコピーをご存じの方も多いのではないでしょうか(なお、このときの講演は主催側とのトラブルによって会場のブレーカーを落としての強制終了という幕切れになっています)。

麻原は東大受験に失敗したことからエリートに対する強い劣等感を抱いていたと推測されており、こうした学生層向けの勧誘活動は、そうしたエリート達が自分の手先になり、また喝采を浴びせてくる様子を見ることで溜飲を下げる意味もあったと考えられます(なお、オウムは死刑囚が軒並み高学歴だったことが話題になりましたが、全体としてみると大卒出身者は少数だったと言われています)。

これに対し、アニメ制作はどちらかといえば麻原の個人的趣味が反映された活動と言えます。麻原のアニメ好きは有名で、自製の空気清浄機に「コスモクリーナー」という名前を与えていたことが知られている他、元信者の富田隆の法廷証言によると、完全に失明して以降も信者に場面実況をさせながらアニメのビデオを大量に見ていたといいます。

麻原なき後のAlephでは一時期「わたしの真理実践記」というショートアニメを作っていたことはあるものの、MATにいたような人材は軒並み去ってしまったのか、紙芝居程度のクオリティに下がっており、全盛期ほど多様な作品が制作されることもありませんでした。

現在の教団の布教も、ヨガやピラティスを謳い文句にした偽装セミナーを利用したものが中心となっています。また、いわゆる「上祐派」の「ひかりの輪」は表向き事件の反省を果たしたポーズを取り、サブカルイベントの開催などで信者を集めています。当時最も効果の高かった手法を用いるのは当然の選択でしょう。

一方で、一時期資料目当てのマニアを教団が釣ろうとしているという話も聞いたことがあります。そんな不純な人間をそこまでして取り込みたいかなど疑問はありますが、いずれにせよ、「素性を明かさずに距離感を詰めようとする相手には絶対に関わらない」ということを徹底していただきたいです。

◇今回のクイズ

Q. 『あなたもなれるかも?未来を開く転輪聖王』で、主人公を虐めていた主犯のキャラクターの名前は?

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