より良い脳を作るには?

よい脳の育て方

脳は決して白紙の状態で生まれてくるのではありません。人間の赤ん坊にも、生まれる時点ですでにかなりのプログラミングがされています。

経験が脳を創る。人間以外の生き物にも当てはまることですが、人間は特に学ぶことに特化した脳を持って生まれてきます。

では、良い脳を育てるにはどうすればいいのでしょうか。

ただ世界を付け足せ

複雑な世界に生まれ日々変化する環境に対応する一番の方法は、周りの環境に合わせることです。

例えば睡眠と覚醒のサイクルを考えてみます。
私たちの体内時計はだいたい24時間周期で動いています。ところが地下洞窟に入るなどして、地上の明暗のサイクルが分からない状態で数日を過ごすと、体内時計のリズムは21~27時間にずれてしまいます。

ではどうやって一日のリズムを調整しているのかというと、太陽を利用しているのです。
まずは大雑把な仕組みだけ作っておき、細かいことは外部からの刺激、ここでは朝日を使って調整しているのです。

DNAではなく経験に依存する

2000年にヒトゲノム計画の最初の発表がされたとき、大きな驚きを呼んだのが遺伝子が2万個程度しかない事でした。これは生物学者にとって想定外だったようで、なぜなら脳や体の複雑さを思えば遺伝子が数十万個はあると考えていたからです。

ではその2万個の遺伝子から、世界に適応した数百億個のニューロンと数百兆個の接続パターンを作り出すにはどうすればいいのでしょうか。

その答えが脳を不完全なものとして作り、経験に合わせて脳を作りあげるということです。

よりよい脳を創り上げるには人と交流し、会話をし、遊び、世界に身をさらし、人の正常な営みの中にある様々な場面に触れる必要があります。

世界と相互作用する戦略を用いるからこそ、世界に合わせた複雑な脳を創り上げることができるのです。

しかしこの戦略は一種のギャンブルでもあります。

例えば、幼児期に親から完全に育児放棄されたらどうなるでしょうか。

扉が閉じる前に

2005年7月、アメリカのフロリダ州のある荒れ果てた一軒家で少女が発見されました。

ほぼ7歳になるその少女(ダニエル)は、同年代の少女と比べて体が小さく、それまでずっと暗い小部屋に閉じ込められていました。

生きるのに必要な栄養を与えられる以外は、スキンシップを受けることも、人と普通の会話をすることも一度としてなく、屋外に出してもらったこともおそらくはなかったのでしょう。言葉はまったく話せなかった。

警官に(のちにはソーシャルワーカーや心理学者に)会ったときには、まるで相手を素通りしてその向こうを眺めているかのようでした。正常な人間どうしのやり取りを認識している気配も、それができる様子も、みじんも感じさせませんでした。固形の食物を嚙むこともできなければ、トイレの使い方もわからない。首を動かして「はい」と「いいえ」の意思表示をすることもできず、一年たってもストローマグの使い方を覚えられませんでした。

脳性麻痺や自閉症やダウン症候群のような遺伝子の問題はないことは様々な検査から確かめられました。ただ、他者と触れ合う機会を徹底的に奪われたために、脳が正常な軌道で発達できていなかったのです。
(もっと詳しく知りたい方はこちらのレポートをご覧ください。)

医師やソーシャルワーカーは最善を尽くしているものの、ダニエルの今後の見通しは明るくないと思われます。なぜ厳しいかというと、人間の脳が未完の状態でこの世にやって来て、適切な発達を遂げるには適切な入力が必要だからです。

脳が生まれ持ったポテンシャルを発揮するには、適切な刺激を経験する必要があります。しかも時間の扉が開いているあいだにその作業を行わなくてはいけません。

しかし扉はみるみる閉じていき、その時期を逃したら再びあけるのは困難ないし不可能になってしまいます。

扉いつ閉じるのか

早いうちに様々な刺激を経験する必要があるのはわかりましたが、では一体いつまでに経験しなければいけないのでしょうか。
その答えは感受期のうちに、です。

感受期(臨界期とも言われます)というのは、脳が柔軟性が最も高い時期のことです。

知性によって感受期は違ってきますが、「言語的知性」では0歳〜9歳、「身体運動的知性」では0歳〜4歳、「音楽的知性」では0歳〜4歳、「論理数学的知性」では1歳〜4歳が特に重要であると言われています。

この時期までに適切な経験をできないと、脳の神経は変化しにくくなってしまいます。

年齢と共に脳の柔軟性が低下するために、私たちは子供時代の出来事に大きく影響されています。
例として、男性の身長と将来の給料の額との関係を紹介します。

アメリカでは、身長が1インチ(約2.54センチ)高くなるごとに手取り給与が1.8パーセント増えます。一体なぜでしょうか。

よく指摘されるのは、雇用の際の差別に原因があるとするものです。堂々たる存在感に惹かれて、どの会社も背の高い男を雇いたがるということです。

ところが、じつはもっと深い理由のあることがわかりました。

男性の将来の給料を推し測る指標として最も当てになるのは16歳のときの身長なのです。そのあとにどれだけ背が伸びようと結果は変わりません。

これをどう解釈すればいいでしょうか。

7歳時点と11歳時点での身長と給料の相関関係を研究者が調べたところ、16歳ほどの強い関連は見出せませんでした。肝心なのは13歳から19歳までの時期であり、そこで集団内での自分の立ち位置が定まっていくのです。

結果的に、大人としてどういう人間になるかはその時期にどうだったかが大きく物をいいます。それを裏づけるように、数千人の子供を大人になるまで追跡した研究によると、営業や社員管理のような対人志向の職業では13歳から19歳までの時期の身長の影響が最も強く現れます。ブルーカラーや芸術関係の仕事ではそれほどではありませんでした。

自尊心や自信、リーダーシップといった面で私たちがどうふるまうかには、人格形成期に他者からどう扱われるかが重要な鍵を握るのです。

「幼児期に形成する習慣は小さからぬ甚大な影響を及ぼす」
(アリストテレス)

閉じる時期の異なるいくつもの扉

幼い時期を過ぎると扉が閉じてしまいあまり変わろうとしない神経ネットワークもあれば、大人になってからも変わり続ける神経ネットワークもあります。

では、変わる脳と変わらない脳、その違いは一体なんなのでしょうか。

まず一つ考えられる説は、遺伝子によって決められているということです。

ある能力は素早く固定し、ある能力は変化し続ける。
それは生まれた時にはもう決められている。

しかし別の可能性もあります。
それは、扱うデータが外の世界でどの程度変わるかによって脳領域の可塑性の度合いが決まる、というものです。

つまり、変わり続ける環境を捉える能力は変わり続けるということです。

脳のがどのように成長するかは、都市を建設することと似ています。

何もない荒野に一から都市を建設する場合、その都市の基本的な構造をある程度自由に作れます。
しかし一旦都市の形が決まってしまうと、その姿を変えることが難しくなります。しかしその基本的な構造の上に作る建物などは変えるのもはるかに簡単です。

基本的な構造は決まっているとしても、その上に立つものを変えることにより変化しているのです。

変わり続けるために必要な事

脳は世界から受ける刺激によってその姿を変えます。それは今までと違った環境を正しくとらえるために行われます。

新しい刺激に適応するために脳は変わる。

つまり、変わり続けるために必要なことは、新しい刺激に触れ続ける必要があるのです。

参考図書
【脳の地図を書き換える 神経科学の冒険 デイヴィッド イーグルマン (著), 梶山 あゆみ (翻訳)】

【文化がヒトを進化させた ジョセフ・ヘンリック(著者), 今西康子(翻訳)】

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