不妊治療
妻の診察日に、私の精液の検査結果が出るとの事だった。クリニックから、妻だけ来院してくれればいい、と言われたので、私は出勤し、検査結果は妻に託す事にした。
正直、自らクリニックに行き、検査結果を聞きたいところではあったが、転職して間もない頃だったのもあり、有休は取らずに出勤したのだが、結果が気になって仕事がはかどらない。妻に何度もメールを送っていたのをよく覚えている。
仕事が終わり、アパートに帰宅すると、少しニコニコした表情で妻が待っていた。その顔を見た途端、一日中肩に力が入っていたのが、一気に緩んだ。
検査結果は、良好。
精子の量も、運動率も、奇形の数も少なく、いたって良好。むしろ、良い方らしい。
希望が持てた。本当に光が見えた。妻の卵巣に異常はなく、私の精液にも異常がない。このまま、また性交渉を続ければ、いつか必ず…。
そう思っていたのだが、転職のストレスや、仕事量の増加による疲労からか、だんだん、性交渉の数が減ってしまった。今までのように、愛し合って行う性交渉ではなく、どこか義務化されたような、子供を作る為の行為という認識が強くなってしまった為か、ハッキリとした原因は分からないが、ベッドに入ってすぐに寝たいという気持ちが強く、妻からの誘いを何度か断ってしまった事もあった。
自分では、妻に対して申し訳ないという気持ちはあったが、子作りの行為、をする気が出ない状態がしばらく続いた。
その頃、妻からは、「本当に子供欲しいの?」、「本当は子供いらないんじゃないの?」という質問が幾度も出た。
私は、本当に子供が欲しかった。でも、する気がおきなかった。それでも性欲はあるので、たまに自分で処理をする事はあった。だから俗に言う、EDではなかった、と思っている。
そんな状況が半年から約一年続いた頃に、妻が動いた。
本格的に不妊治療を始めよう。
そう、言われた。
二人でクリニックに行き、人工授精を行う事になった。費用の説明、妻の生理周期に合わせた日程の調整、妻が飲む薬の説明、私の禁欲期間の説明、自宅での精液の採取の方法、採取した精液のクリニックまでの移送方法など、初めて聞く事がたくさんあり、どこか傍観者に似た、自分の事ではないような感覚に陥り、これから体内受精頑張るぞ!というような気持ちにはなっていなかった。
禁欲期間を過ごし、人工授精を翌日に控えた夜、クリニックに行く時間から逆算し、何時に起きて精液を出すのか、何時までに妻に渡さなければならないのか、時間の確認をよくしていた。
朝起きて妻の横でいそいそと出すのは嫌だったので、妻は寝室のベッドで、私はリビングのソファーで寝る事にした。絶対にリビングの扉を開けないで!と妻に念を押し、それぞれ別で寝た。
パッと目が覚め、いつもの寝室ではない事に少し驚き、あぁ…今日だったな、出すか…と精液を入れる容器を近くに置き、あまり経験のない朝出しをした。
妻に容器を渡す際に、「いっぱい出た??」と茶化されたが、「宜しくお願いします」とだけ伝え、妻はその容器をクリニックの指示通り、人肌で暖めるため胸の谷間に挟み、クリニックへと向かっていった。私は、いつも通り出勤していった。
クリニックでは、採取した精液をそのまま妻の卵巣に注入するのではなく、培養士という方が精液を検査し、元気な精子だけを子宮の奥の方に注入する。つまり、通常の妊娠では性交渉が行われ、何億もの精子が膣内に放たれ、過酷な道のりを競争しながら、最後の一つだけが卵子とくっついて受精にいたるところを、過酷な道のりなしに、元気なヤツらだけが卵子の近くに突然放たれた状態である。いきなりシードで4回戦から参加みたいな、序盤をカットするのが人工授精である。
この説明を聞いたら、なんかすぐに妊娠しそう!って思いますよね。だから、高い治療費を払ってでも、不妊に悩む夫婦は治療をするんだと思います。
「人工授精が無事に終わりました」と妻から連絡をもらい、私も一安心。あとは精子と卵子がくっついて、着床までしてくれれば、妊娠、となるわけだ。
結果は約1週間後、この日は夫婦揃ってクリニックに行き、結果報告を待った。名前を呼ばれ、診察室に入り、椅子に座る。心臓はバクバク。手汗半端ない。
医師「奥さんね、子宮の入り口にポリープのようなものが見つかってね、総合病院でよく見てもらった方がいい。ガンの可能性もあるから。紹介状書くから、待っててね。」
突然ペラペラと訳の分からない事を言われ、私達夫婦は、え?え?なんの事ですか?としか返事が出来ず、また同じ様な事を医師から言われたので、私は、
「あの…妊娠のほうは…」
と聞くと、
「あぁ妊娠してませんよ。」
と、サラリと、キッパリと、言葉に詰まる事もなく、そう言われたのだった。
看護師に、「待合室でお待ち下さいねー」と言われ、重い足取りで診察室を出た。
椅子に座り、声を殺し泣いている妻、何がなんだか分からず、ぼーっとしている私。
会計で呼ばれるまで、いったいそこで何分の時が過ぎたのか、全く記憶にない。
妊娠はしていない…妻がガンの可能性…?いったい、これは現実なのか…何かの間違いじゃないのか、そんな事を考えていた気がする。
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