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商流を遡り、コストを下げる

よくビジネスの世界では、「商流を遡って、コストを下げろ」と言います。
納入業者や委託先の原価構造を知ることでコスト交渉力を発揮する(≒不当な値上げを見抜く)ということですね。私が生きてきた工場の生産技術者の話で言うと例えばこんな感じです。
 
工場建設をしていて、プロセス設計上、床に貫通する穴を開ける必要がありました。直径1mほどの穴が2つですが、片方は将来の増産用の穴なので今は用途が無く、放っておくと墜落事故の原因になって危険です。そこで不要な穴には当面鉄板でフタをしておくことにしました。

そこで新人部下の一人に、「フタの設計」を頼むことにしました。単純なものですから、入門編にはもってこいでしょう。近所の鉄工所を呼んで簡単に作らせます。
 
次の日に彼は図面を見せてきました。円形の鉄板の裏側に「さん」が十字に溶接してあり、穴に嵌ってズレないようになっています。まあ妥当に見えますよね。でも、私はこの新人に設計のやり直しを依頼しました。この図面には「決定的におかしいところ」があるのですが、それは何でしょう?

新人が設計した丸いフタ

それは「丸い形状」です。それの何が問題なのか。それは「作り手」の立場に立って想像して見れば分かります。
 
フタの図面を渡され、発注を受けた大田区の町工場が、製作を開始します。
「見積もりは18万円くらいですかねえ。週明けには納品しますよ。」
材料となる鉄板は長方形で売っていますので、それを半分に切断して正方形を作るところから始まります。円形を作るために、表面にケガキをします。
 
まずは角を落とす。高速カッターを用いて隅を切断し、八角形、そしてさらに角を落として16角形。そこからサンダーややすりを持ち換えて角を丸くしていきましょう。

この辺で、顧客とのコミュニケーションの良い業者なら一度客に連絡を入れそうです。
「あのー、この前の丸い板ですが、円形はどれほどの精度を求めてらっしゃいます?」
担当者が言います。
「ああ、あれは落下防止に床の丸い穴の上に載せるだけの板ですから、特に精度は必要ないですよ。」
ここで業者はおったまげます。「それって丸い必要あったんですか?」
 
正方形の板の角を落とし、削って周りを仕上げる行為にどれほどの付加価値があったのでしょう?
フタなのですから、正方形の板にさんを付ければそれで良かったのです。切断した面のケバくらいは簡単に面取りして。5万円ほどで出来たでしょう。

こんなのでいい 四角いフタ

生真面目な業者ならば、車輪としても使えそうな真円のフタを仕上げてきそうです。「いやー、この仕上げには結構苦労しました。2週間掛かりましたよ。50万円です。」いやむしろそのレベルならば、ワイヤ放電を持っている会社を探したほうが良いので、2次加工費にまたお金が掛かりそうです。
 
細かいことを言うと、形状の円形だけではなく、溶接の経験が多少あればこう思います。
「フラットバーを十字に溶接なんて面倒臭そうだな。位置出しだけが目的なのだからアングルをベタ溶接したほうがラクだろう。」これは経験が無いと、何を言っているかも分からないかもしれません。すみませんが工場の現場経験がある人のみ共感してください。

私は生産現場メンテナンススタッフとして働いていた時に、フライス盤やボール盤、溶接等を駆使して色々な部品加工をしました。ただしそれは緊急対応なので業者ほどの腕は必要なく、取り急ぎ数日間しのげる程度の品質で仕上がればよいので、最終仕様はプロの業者さんに仕上げをお願いします。
 
重要なのは自分の手で工作機械を扱った時の感覚で、「あっこれは面倒臭いな」というセンスを養うことです。
 
ワンオフの部品加工では、材料コストは大した構成比を占めておらず、コストの大半は「加工に関わる人件費」になります。従ってそこには「面倒臭い≒コスト」という図式が成り立ち、このセンスが、部品設計のミクロからプロセス設計のマクロに至るまで、生産技術者が持つべき大事な感覚となるのです。
 
生産技術者が職業病で年がら年中そのようなことを考えていると、やがて初めて入った工場でプロセスの設備を見渡し、指をさして「あそこの部分がおかしいよね。」という感覚が身に着きます。
 
どんなビジネスで働いていても、商流のサプライヤ側の泥臭い現場に飛び込む、ということをしないとコスト交渉力は養えないよ、という話です。
 
また世の中には、コスト競争力は「サプライヤ側をいじめるもの」という短絡的な理解が蔓延しています。本来、バリューチェーン上流を理解し、信頼関係を築けばサプライヤも楽になる、購買側もコストが減って助かるというwin-winの関係が構築できるはずです。この「泥臭いプロセス」を無視するものが「叩くだけのコスト削減指示」をする傾向があります。
 
生産技術者の職業病のひとつを紹介しました。

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