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だって、愛してほしいもん。

私は“答えが見えない“ことがとってもこわい時がある。
みなさんも、ものすごく『答えがほしい』と思うこと、ありませんか?

私は特に、“相手が関わること“になると、ものすごく答えがほしくなっていました。

例えば、「私とこの人の関係は、どういう関係?」とか。
明確な答えがあったらいいのになぁと思う。

なぜ『答えがほしい』と思うのだろうか。
ちょっと考えてみた。

私は“答え“がほしいのではない。
本当は、“わかり合いたい“って気持ちなのかも。
相手のこと、わかりたいって思うのに、相手の“気持ち“とか“考え“を知ることがこわい。
だから、『答えちょうだい!!!』って思うんだよね。
安全が欲しくなるんだよね。

『だって、愛されたいもん。』

相手のこと大事だから、愛してほしいんだもん。
今まで、こんなこと口にしたこともなかったけれど、そうだよね。
みんな“愛されたい“に決まってる。

言い方を変えれば、『私は愛されていない』って思ってるってことなんだよね。
本当はわかってる。
心のどこかで、私に『好き』とか『愛情』をくれている人がいるって知ってるのさ。

けれど、それが観えなくなってしまうことがあるんだよね。

相手に伝える勇気、相手の気持ちを聴く勇気が、誰かとわかりあうために必要。
ただ、どんな経験をしてきたか、人とのすれ違いをどう消化してきたのかが重要な気がするんだ。不安になったのは、人とすれ違って、自分の想いを伝えることがこわくなったから。だから、“自分はなんとも思っていない“ということにして、心に蓋をしてきたとしたら。
それは積み重なって、心にもやがかかって。
『愛したい』が観えなくなってしまうんだよね。
そうすると、『愛されてる』も実感できなくなるんだよね。
不思議なものでさ。

これって誰も悪くない。
それは、人間の根本に“個“があるから。人それぞれだから。
だから、言葉にして、それぞれの価値観を認め合っていく必要があるんだよね。

はぁ、難しいね。笑

私は、最近になって、少しわかってきた。

もし、私と同じように感じている人がいるとしたら。
『だって、愛されたいもん』って気持ちを言葉にすること。
言うのがはずかしかったら、書くでもいい。
周りの人に言う必要なんてない。
もちろん、自分がその時に思った“気持ち“でいい。

最初にこの気持ちを受け容れてもらうべき存在は、“自分自身“だから。
言葉にして、“自分に自分の気持ちを伝える“ってことが第一歩。

実は、“相手の気持ちが観えないのがこわい“のではなくて、“自分の気持ちが観えないことがこわい“んだと思うんだ。
自分の気持ちがわかったら、自分から発信していく勇気は自然と湧いてくると思うんだ。

人の話を聴く、相談に乗るのが私の仕事。
これは個人的に感じることだけど、どんなに泥臭い、自分では醜いと思うような感情でも、その気持ちを“正直に話す人“って、本当に『美しい』って感じる。

かっこいいんだよ。素敵だよ。
その感情に触れた時、感動するんだよね。私は。

『愛されたいと思うなんてかっこ悪い。恥ずかしい』って思う必要ない!!!
私が全肯定する!!!!笑

だから、自分も自分に正直で。素直でありたい。
こんなこと書いているけれど、私自身が『好き』って言葉を人に伝えることは、まだまだ苦手。笑
それはこれから、ぼちぼちやります。笑

焦る必要はない。33歳になったって変わることができるってことが、私が胸を張れること。遅いなんてことはないよ。

一緒に愛されよう。そして、愛そう。

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