ゼロへ至るArchive

「そっか……それなら、サオリは今後……。」
「いい先生になれるかもしれないね。」

 夜明けのカタコンベでそう言われた日から遠い歳月が経った。アリウススクワッドも全員卒業を迎えキヴォトスを去った。姫も、ミサキも、ヒヨリででさえ自分の進むべき道を見つけて何処かへと旅立っていった。私も皆と同様に悩み、研鑽を積みやがてキヴォトスの外で教師となる道へ辿り着いた。

 教師の仕事は私がキヴォトスで『先生』が働いているのを見ていた時以上に煩雑で、一人で抱えるにはあまりにも重いものだった。あちこちの学園との折衝、自校の生徒が学区外で他校生と問題を起こすのは日常茶飯事、大量に飛び交う弾薬や壊れた施設の修繕費の請求書、生徒にご飯を奢ったら店の食料全部食べ尽くされるなんてのはゲヘナ流のタチの悪いジョークだと思っていたがそうではなかったのだ。それらとは関係なく生徒達から色々と呼び出され悩みを聞いて回る。何度倒れそうになったかわからない。それでも私はあの日の言葉を胸に自分の選んだ道を走り続けた。

 教師としてある程度経験を積んできたある日、私に辞令が下った。私の今いる場所の『神秘』を使って時を遡りそこで起きる問題を解決してきてほしい。ざっくり言うとそんな内容だった。そこではこれまで私が積み上げてきた力を使えないので代わりに力となるものを支給する。これは人生を、時間を代価として使う力。己の身の破滅をも招く力なので慎重に取り扱うように。
 そう言って渡された薄い、硬質のそれは懐かしく見覚えのあるものだった。当然名前も知っている。帰る場所を失った私達が『先生』に散々助けてもらった『大人のカード』
 そして行き先で必要となる事が記された資料を見て確信した。私の赴任先はあの日のキヴォトス。連邦生徒会長が失踪し、アビドスは廃校の危機に屈しそうになり、とある少女は己の中に眠る魔王を否定できず、ゲヘナとトリニティはいつ爆発してもおかしくない緊張状態の下にある。そして私達アリウススクワッドはベアトリーチェによって歪められた”vanitas vanitatum et omnia vanitas “に支配されていた。『先生』を、シャーレを必要としていたキヴォトスだ。

「私は救済者ではない。この世界の苦痛を消し去る事はできない。」
「私は絶対者ではない。この世界の罪悪をなくす事はできない。」
「子供たちが苦しむような世界を作った責任は、大人の私が負うものだからね。」

 あの日カタコンベで聞いた言葉が脳裏に次々浮かんでくる。これまで『先生』に聞けずにいた疑問の点と点が線で繋がったような気持ちだった。だから言わなかったし自分からは答えなかったんだ。
人生の責任を負う事の意味も、私が好きな事も、どんな未来を描きたいのかも、あの日からずっと悩み続けた今なら胸を張って答えることができるようになったよ、『先生』

「そういう事なんだよ、アズサ。意志さえあれば、道具は関係ない。重要なのはただそこに込められた「意志」だけ。」
 かつての私はあの子に言った。そう、その通りだ。だから今の私に銃は必要ない。支給されたスーツに身を通しあの時『先生』が使っていたそれに憧れて先生になってから最初に貰った給料で買ったよく似た財布に『大人のカード』があるのを確認した後キヴォトスのそれとは違う神秘で作られた魔法陣の上に立つと陣全体が淡く輝き始めた。
 夜空を駆ける星々がゆっくりと動きを止め、やがて逆に回り始め時が遡っていく。
 ここからの旅路は傍から見て知っていて、けれども当事者としては知らない道。子供の目線のそれではなく、大人としての責任と選択の伴うそれは途方も無く険しい道だ。けれども迷う必要はない。私がやるべき事の芯は既に定まっている。
「責任を負うのは、自分の人生そのものだよ、サオリ。」
「大人の『私』が保証するよ──その答えは、必ず見つけられる。」
 姫、ミサキ、ヒヨリ、そして私。少しだけ待っていて。もうすぐ『先生』がやって来るから。

プロローグ(1)へ続く

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