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時計の針は動かない

 お姉ちゃんは「お気に入りの時計」をひとつ持っていた。どこぞの親分の首を取った時に組長から頂戴した銀の鎖の懐中時計で白百合の花の刻印が施されている逸品だ。本当に好きだったらしく事あるごとにわたしに見せびらかし「悔しかったらアンタも手柄を立てる事だね」と上から目線でマウントを取ってくるお姉ちゃんは正直大嫌いだった。悔しいので私も敵対する組をいくつかブッ潰したが組長がくれるのは名匠の打った刀だの黒塗りの極道車だの年頃の女の子が欲しがるものじゃなかったのでその頃の私は大いにグレた。組長はいつも訝しげな顔をしていた

 人間は呆気なく死ぬ。組から独立して事務所を構えていたお姉ちゃんは恨みを持つ誰かが鉄砲玉として差し向けたトラックに事務所ごと潰された。鉄砲玉はもちろん即死。慌てて駆けつけた私が見つけたのはズタズタに裂けた見慣れたスーツと血溜まり。少し離れたところに転がっているお姉ちゃんの時計は少しひしゃげて針が止まっていた
 いったい誰がなんてのは今更考えない。お姉ちゃんを恨んでいた人間、虱潰しに消していけば最終的に誰かが当たりの筈なのだから

 ひとり、ふたり、さんにんと復讐を進めるにつれ警備は厳重になりかかる手間も加速度的に増えていく。あらゆる手練手管を駆使してあのときお姉ちゃんを恨んでいた人間は墓誌に刻まれていき残るはひとり
 黒塗りの極道車は先月のカチコミで鉄屑に変わってしまったしよく斬れた刀は一昨日襲撃した奴の強化チタン製の肋骨ごとへし折れた。手元に残っているのはお姉ちゃんに自慢話をされていた時から使っていたドス一本。けれどもまあ十分だ。私だってそれくらいには強くなってきた

 命乞いの暇も与えずに突き立てたドスは肋骨の隙間から組長の心臓を貫き最後の仇を絶命せしめた
何で?とかどうして?とかそういった物事にはなから興味はなかった。それがこの世界の常だしお姉ちゃんだって散々悪行を為しているのだ。殺されたって文句は言えない。そう。私が怒り、復讐に走ったのはお姉ちゃんが殺されたからではない

私はお姉ちゃんから正々堂々あの白百合の時計を奪い取りたかったのにその機会を奪われたからだ

 白百合の時計は随分前に修理に出して帰ってきたが動かない。後生大事に懐にいれていたそれを取り出し見つめるとふと針が動いた気がした。慌ててもう一度見たがやはり気のせいだ。ガタリと物音がしたので振り返るとそこには少女がひとり身動きもできずにいる。組長の娘だったか。歳を取ってからの子だからまだ制服を着て学校に行っているような小娘だ。家に帰ってみたらいきなり自分の親が殺されてる。そりゃあ震え上がるだろう
 ふと意地の悪い事を思いついた。少女と同じ目線に立ち、これ見よがしにニイっと笑みを浮かべ露悪的に語りかける
「悔しかったらアンタも私を殺せるようになれる事だね」
 どこかで時計がひとつ止まる音がした

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