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のろいのことば


(長いよ)
(怖い話じゃないよ)


突然だが、私はダサい。

ファッション、化粧、髪型、おしゃれのベクトルにおいてとても芋臭い人間である。


昨今インスタやTwitterでよく見るようになった美容垢。
流行りの化粧や洋服、髪のケア方法やセット法、そんなのが求めなくてもやってくる。

興味がないけれど、目が離せない。

ふぅん、そういう風に眉毛描けばいいのか
今はそういう形の服が流行ってるのか
そんな着こなしがあるのか
髪の毛はそうやってまとめたらいいのか


…で?

どうせ私には似合わないから。
だから関係ないし、
あなたの価値観をこちらに押し付けないで。



と、自己肯定感の低い私は、ものの3行でとんでもないヒスババアになり得るのだ。


────この話は、私の自己肯定感の低さについて掘り下げたものである。


私の一番古い記憶の"否定"は、忘れもしない幼稚園の時のことだ。
今で言うイオンのような商業施設の2階とか3階にあるなんのブランドかもわからない婦人服や子供服のコーナーに、母親と2人で出かけていた。

正確には家族4人でだったかもしれない。
いや、友達家族とだったかもしれない。

そのあたりの記憶は曖昧ではある。
ただ、毎日着る服は母親が選び、「これ嫌だ」と言うと「自分で選べ!」と声を上げられ、そんな日々の真っ只中だったと思う。

イオンでの買い物の中で、誰かが、恐らく母が、「たまには自分で選べば?」と言った。

自分で服を選んだことのなかった私は何をどう選べばいいのかわからず、でもパッと目に入った沢山のひまわりがプリントしてあるフリルのワンピースに目を惹かれた。

アレがいい、と母に伝えると
「は?あれ?あんなのダメよ」と、一蹴りにされてしまった。

すごく恥ずかしい気持ちになった。
自分の選んだ服は可笑しいものだった、とか、母親が選ばないならそんなセンスはダメなんだ、とか、その一言、一瞬で自分の全てのセンスが否定された気がした。


その出来事以外のことは何も覚えてない。

ただ、それからも母が選ぶ服を着る日は続いた。

だんだん個性や性格がハッキリしてきて、それでも尚「こんなの自分の"キャラ"じゃない」と思いながら、母親が選ぶ服を着ていた。母親からみたら娘に着させたい服で、着たら可愛いと思っている服なのであろう。
でも、そんな母親の選ぶ服が恥ずかしくてたまらなかった。

こんなの私に似合わない。でも私が自分で選んでも似合わない。

なんでおしゃれしなきゃいけないのだろう、なんで服を着なきゃいけないのだろう。

歳を重ねるにつれ、服に対してだけではなく、顔や髪型についても同じようにその考えは纏わりついた。

母が指定した1000円カットの美容院にいき、成人男性と並んで髪を切った。
「短くして、段を入れてくださいって言うのよ」という母の言葉は社会人になるまで私を縛り続けた。

眉毛がボサボサになった。整え方がわからないけど、そのままだと母親に「眉毛繋がってるけど」とゲラゲラ笑われる。
笑われながらも整えてもらうが、すぐに生えてくる。
けれど、自分で道具を買って自分でなんとかするという発想はなかった。

なんだか、わからなかったのだ。
もちろんオシャレに興味があれば別だったのだろう。

しかし私はそうでなかったのだ。
オシャレへの興味以前に、どうせ私には似合わないから、しないのだ。


そして私は嫌な方向に捻くれた。

化粧の話題をしている女子を見れば
「あんなに顔に書きたぐってバッカみたい」

流行りの服を着ている女子がいれば
「あんなところにチャックがある服、意味わかんない。」

体育祭や文化祭で髪を染めたりアップしている子を見れば
「似合ってなさすぎ。キャバクラじゃん。」

綺麗にしている女の子を見れば
「それが自分に似合うと思ってるんでしょ?すごい自信だね」


…と、上げ始めたらキリがない。
とにかくバカにしたかった。自分にできないオシャレをしている人たちを。

だって私は似合わないから。
どうせ何やったって無駄だから。
そんなに着飾ったって塗りたくったって、変だから。
笑われるから。


母親に。


思い返してみれば、たくさん母親に否定されてきたのだと思う。
ただ、そんな母親にも、ちゃんと至上の褒め言葉があった。

「さすが、私の子!」

である。

今でこそ本人に言えるが、全然嬉しくない。
その褒め言葉は私の努力全てを母親の手柄にしてしまう。

書いた作文が新聞に載った
図工の絵が区の賞をとった
授業はいつも上のクラス

他の人はできないのに私はできること
私が頑張って評価されたこと

全部全部「さすが私の子!」

いや、嬉しくないよ、と言えたのはもう社会人になってからだった。
「お母さん、図工得意だったの?知らんけど。得意じゃないのに、さすが私の子!って言うのおかしくない?」
母親はゲラゲラ笑ってた。
私もつられて笑った。

やっと言えた、笑い話になったけど、言えてよかった。と思った。


ちなみに(これは言わなかったが、)母の子だと褒められて嬉しくなるほど、尊敬できる母ではなかった。

物心ついた頃から、母はあまりにも褒めない人だった。
父は、頭が悪い人だった。褒めても、二言目に「俺には何がすごいのかわからないけど」と付けやがる、馬鹿な人だった。

母親は否定する人だった。
だから、否定する人のことを好きになれなかった。
でも、母親が全てだった。そういう人生が長かった。
もしかしたら母親もそういう人生だったのかもしれないけれど。


褒めることは認めることだと思う。
認めて、肯定することだと思う。

母のことを思い返してみても、褒められたことよりも否定された記憶のが圧倒的に多い。
それが私の自己肯定感の低さの根源なのだと思う。

(ちなみに以前この話を母にしたら「私のせいにするな」と言われた。母はそう言う人間だ。)


一方で、褒めてくれる他人はたくさんいた。
学校の先生に始まり、友達、塾の先生、先輩、後輩、関わる人たちはお世辞を入れてもやはりたくさん褒めてくれたと思う。

しかし母親のたくさんの呪いの言葉のせいで、他人にいくら褒められても何の足しにもならなかったのだ。


ただ、ここ最近少し変わってきたようにも感じる。
あまりにも私を褒めてくれる人との出会いと、母親の呪いが届かない範囲での生活が長くなってきたからだ。

便のいい実家を出る意味がわからない、と反対を押し切り、一人暮らしを始めて半年で結婚。
母親の元を離れて5年が経つ。

物理的な距離は母親のお伺いを取る必要がなかった。
どんな服を持っていても、どんな化粧をしても顔を合わせることがない。
そうして知識や趣向が増え、いつのまにか母親に「このマスカラすごいいいよ、友達に教えててもらったんだけどね…」と言うまでになった。

そして母親も、知らない知識をすんなり受け入れた。
最近はそういうのもあるんだ、へえいい発色。使ってみようかな、と、言わしめるまでになったのだ。

そんな母親の一言の肯定は、私の背中を驚くほどに押した。
すごい勢いで自分に自信がつくのがわかった。

否定されないってこんなに嬉しいものか、と、全身に血が巡るようであった。

段々否定されるのも怖くなくなった。
何が嫌で否定するのかわからないけど、所詮は母親の中の理屈でしかない、と思えるまでにもなった。

しかし今でも呪いは解ききれていない。
例えば友達と服を買いに行っても、友達がいくら「こっちが似合う!」と言っても(でも母親に変って言われるかもしれない)とよぎる。 

母親受け良くいなければ、と心の中で思ってしまう。
だから、そんな風に服を買ってもわざわざ母と会う日に着て「新しく買ったんだ」と見せる。
そして案の定「変な色」と言われるのだ。


最後に、この呪いをここまで解してくれた人を紹介する。

1人目は、会社の上司である。
女性で、私と一回りほど離れているのだが、とにかく朗らかな人だ。
営業で外回りをしている私の事務処理を担当してくれる内勤務で、いわば仕事上のパートナーだった。
新入社員だった私のパートナーとなったその上司は、なんにしても私を褒めてくれた。
私に対してだけじゃない、誰に対してもそうなのだ。

営業をとったらもちろん、朝早く起きたとき、お昼ご飯食べ損ねた時、客にひどく叱られた時、ちょっと寝坊した時、どんな時だって理由をつけて私を褒めてくれた。

「朝起きただけで偉い」「お昼も食べずに仕事したの!?偉すぎるけど心配だからなんか食べな」「いいよいいよたまには寝坊したって。夜遅くまで働いてんだから」「あのハゲ意味わかんないことばっかり言うね、あんたは間違ってないよ。よく謝罪に行った、本当に偉いよ!すごいよ!」

この人との電話で何度泣いたかわからない。
何度も褒められ励まされた。
一緒に仕事をした時間も長かったからか、他人の褒め言葉が浸透し始めたのはこの人がきっかけだったと思う。


2人目は、旦那の母親、私の義母である。
特に娘が産まれてから実感することが増えた。
どうしてもそれまでは「義母」という存在に対してのアレルギーがあったのだと思う。

娘が産まれて、孫との接し方をみて、実母との違いを間近で見せつけられて、その辺から私もちゃんと向き合うようになった。

この人もとにかく褒めてくれる人だった。
働いてること、毎日家事をしてることを褒め、食事を並べれば「ごちそうばかり!」と褒め、家にくれば「本当にお家が綺麗ですごい、私も見習う!」と。

義母フィルターもあるからか文字にすると何だか嫌味たらしいのだが、そんなことはないのだ。
絶対に肯定してくれるという安心感がある義母だから、何でも話せると信頼している。実母に対してはとはまた違う、母親への安心感を与えてくれる人なのだ。



突然だが、私はダサい。

ファッション、化粧、髪型、おしゃれのベクトルにおいてとても芋臭い人間である。

でも、最近ちょっと思ったことがある。
私を縛り続けている母親の言葉を振り切って、自分の好きなものを選んでみたい。
好きなものだけを選んで、失敗したり成功したりしてみたい。


試しにしまむらで1000円の柄シャツを買った。
合わせたら、母親に「そういうの似合うね!」と言われた。

まだ着ていないが、気に入っている。


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