有題~優しい人~

優しい人はとても優しい。
出会う人は皆その人の優しさに心が震える。
だから皆が優しい人を優しいと言える。

優しい人はありきたりな言葉を投げかけない。
昔に書き記された優しい人の基準通りには振舞わない。
優しい人は目の前にいる人を見つめる。言葉を全て聴く。
その上でその人の心が、魂が望んでいる事をしようと心がける。全力で。なんて意識する事も無く。
その人の心が抱きしめられたがっているのか、撫でられたがっているのか。
あるいは強く叩かれたがっているのか、いやいや、激しく揺さぶられたがっているのか。
その人の魂の声を見つめる。
優しい人はそうやって沢山の人の魂に触れて来た。
だから優しい人の評判も沢山増えた。

そんな優しい人にも死の時は訪れる。
生活に必要な最小限の物だけが有る小さな部屋で、小さな机の上に置かれた便箋を前にし、ペンを床に落とし机にうつぶせになってその人は息絶えた。
多くの人が嘆き悲しんだ。優しさがこの世から一つ消えた事に。
自らの魂を見てくれる人が消えた事に。

優しい人の魂はどんな色をしていたのだろう?
優しい人の魂はどんな声色をしていたのだろう?
優しい人の魂はどんな風に触れられたがっていたのだろう?
優しい人の魂は最後の手紙に何を綴ろうとしたのだろう?

皆が棺を囲んで悲しみの涙を流す、その中にいる優しい人の表情からは何も見えず、ただ眠っているだけの様にしか見えなかった。



・後記
他作品では基本的に後書きを書くつもりは無いのですが、これは書いておきます。
ゴッホの生涯を読み知って急遽どうしても書きたくなってしまいました。ゴッホとは言っていますが、別にゴッホをモデルにしたわけではなく、あくまでも切欠になっただけです。
あと念の為ですが、この「優しい人」はゴッホをはじめ特定の誰かを想起している訳ではありません。勿論、私自身であるとかはもってのほかです。
ただ、長い人類の歴史にはこんなような人がいたのかもしれないとそう思ってのものです。
以上、お読みいただきありがとうございました。

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