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PROTO #025 【サラリーマンが会社の看板外して活動的な個人に囲まれるとどうなるかの実証実験】

今回のPROTO

今回は○○ナイトの第3弾、自然ナイトに参加してきました。第1弾の職人ナイト第2弾の勤労ナイトから、かなりガラッと趣向が変わってちょっとビックリしました。そもそも別件で遅刻したので話の半分は終わってからの参加だったけど、備忘録的にはこんな感じ。

星野道夫で語る」「宮沢賢治の農民芸術概論綱要で語る」「東洋医学に基づく陰陽と調和を語る」

これだけ書くと何が何だかって感じだけど、現場もある種そんな感じでした。笑

自然と自分

そんな中でも話の中心だったのはこの2者の関係についてだった気がする。その関係について主に2つの観点で話が盛り上がった。
一つは「自然における自分」とでも言うべき相対化の視点。時間と大きさという2軸で測ったときの自然の圧倒的スケール。それに対しての自分を捉えたときに抱く感情がかなり人それぞれで興味深かった。
もう一つは「自然と自分のエネルギーの交換」という話。はじめは「自然との同化」といった言葉も出てきたけど、エネルギーの交換の方がしっくりくるよねって。人はそれぞれ持っているエネルギーと持っていないエネルギーがあって、それを補う関係にある自然物に触れ合うことによって、そのエネルギーを交換して、満たしていく(?)という話。

女性は自然に近い?

自分でここまで書いていてもけっこうスピリチュアルでワケが分からないなーという部分も多いんだけど、こういった類の話における女性陣の共感度合がハンパなかった。その疑問をぶつけたところ、「女性は男性より自然に近い」という趣旨の話が。
たとえば月経という1月というリズムを強制的に体感せざるを得ないという点。たとえば胎児は染色体XXで育ち、そこから男性の場合XYに変化するという面から、女性の身体はよりシンプル(=自然に近い)と考えられる点。などなど。

ダイアローグ

最後に、この○○ナイトシリーズ全体を通してしっくりきた話。それは議論を深める形式について。
何か答えを見つける・課題を解決するといった目的ではなく、あるトピックに対して自然とレスポンスが生まれ、それがつながっていくという形式。そうすると気が付けば当事者たちが想定もしないところまでたどり着く可能性のあるスタイルなのかも。ただし飲み会のようにただ取り留めもなく思いついたことをポンポン言うのとも違う、一つのテーマに寄り添うことが大切。ここはモデレーターの存在が大切なのかも。

※※※※この連載について※※※※

解体前のビルを拠点に半年間限定で活動するプロジェクト「PROTO」に、THE★典型企業のサラリーマンであるYosukeが会社の看板を外し一個人として臨んだら、いったい何が起こるんだろう。そんなことを記していく連載です。(これまでのエントリーはこちら

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