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PROTO #019 【サラリーマンが会社の看板外して活動的な個人に囲まれるとどうなるかの実証実験】

最近のPROTO

基本的には普段定例でしか来ないんだけど、ここ最近の定例の廃れっぷりがすごい。ここ3回くらいずっと3~5人。全体で何かを決めたい!ってルールづくりのフェーズを終えたこと(あるいは各々好き勝手やるようになった?笑)、何か集まるきっかけというのが他の活動によって担保されたことによるかと。このPROTOを“自由意思の集団”として捉えたときの動きは興味が尽きない。

主体性を引き出す

廃れっぷりがすごい定例でここ最近ずっと話しているのは、3/28にやるPROTOのクロージングイベントについて。ただこれもまた「最後に全員で一つのものをつくりたい!」という発起人の思いとは裏腹に、なかなかメンバーの主体性を引き出すのは難しい。こういう状況を目の当たりにすると、人の主体性を引き出すものってなんだろうって考える。本当に興味深い経験をしている日々。

よもやま話 

定例後、PROTOの言い出しっぺと二人で何となくダラダラ飲む。お供はMotozakeで。(←勝手に宣伝)
そしたらまぁ色々な話をしました。自分のための備忘録的に箇条書きで。

・幸せの価値基準を外に置くか、内に置けるか。内に置ける人はブレない。
・これからの時代、サラリーマンであっても「自分の実績を棚卸→整理→抽象化して『世に提供できるパッケージ』を見定められるか」は重要。
・漫然と会社に身を置くのではなく、自分の付加価値を認識したうえで、会社員と言う立場を意識的に選択し続けられるか。
・世の中の仕事を3つに大別すると①自社の存在意義を示し投げかける仕事、②その存在意義を明示化する仕事、③それを具現化する仕事。②と③に従事する人は個人の付加価値を示しやすいが、①は難しい。

向こうは途中から酔っぱらっていたのでどこまで覚えているか定かではないが、こういう突っ込んだ話は仕事場ではおろか、友人周りでもなかなか実体験をもって話せる相手はいないので、なかなか貴重でした。

※※※※この連載について※※※※

解体前のビルを拠点に半年間限定で活動するプロジェクト「PROTO」に、THE★典型企業のサラリーマンであるYosukeが会社の看板を外し一個人として臨んだら、いったい何が起こるんだろう。そんなことを記していく連載です。(これまでのエントリーはこちら

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