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就活の心得

2020年4月上旬、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発令される少し前の話である。
私はIT企業の最終面接を受けるため、本社のある東京へ向かった。

現地での滞在時間をなるべく短くするべく、前日に友人の家に泊まる予定を急遽変更して、日帰り遠征となった。

困窮大学生には非常に痛い出費だったが、

「最終面接進んだら内々定秒読みっしょ」

と、脳内お花畑の就活生はこれが最初で最後の面接になると決めつけ、東京へ向かった。



時間に余裕を持たないと気が済まない性格に生まれた結果、
面接会場の最寄り駅に面接開始時刻の1時間半前に到着して、暇を持て余していた
遅刻するよりはマシだが、これはこれで計画性に欠けるのではないかと思う。

本社の近くには、オフィスビルと商業店舗の複合施設があり、多くのサラリーマン・OLが昼休みを過ごしに集まってくる。

早めに着いたときには面接時間まで、その施設内のアトリウムで申し訳程度の面接準備をするつもりでいた。

予定通り、建物内のコンビニで買ったおにぎりを頬張りながら、自分のESを読み返していた。

提出したESには麻雀、アルバイト、留年という単語が頻出しており、勉学に励む内容は一切書かれていなかった。
突っ込みどころ満載であった。

しかし、面接でどんなことを聞かれるか、あえて予想していくことはなかった。
人間は予想外の出来事に直面すると、動揺してしまうからだ。

面接における唯一の敵は動揺であると言っても過言ではない、と私は思っている。
結果、動揺しないための対策は、予想を立てないことだと振り切っていた。
端的に言ってバカである。

(混雑のピーク時に就活生が席を埋めるなよ……)
的な視線を浴びることを予測し、軽食を済ませると陰キャ御用達のトイレへと駆け込んだ。


トイレの個室は不思議な空間である。
そこに自分の許容範囲内の清潔感があれば、いつ・どこであろうと、そこは自室のような安心感に包まれている。

面接時間まではまだそれなりに余裕があったため、お気に入りのアニメMADなどを視聴してアガる等していた。


そうこうしていると、ほどよい時間になっていた。
女子学生は就活メイクとやらをちゃんとしておけば、印象が悪くなる事はないと心得ていた。その日は移動中はずっとマスクをつけ、さらに4月にも関わらず厳しい日差しがあり、20℃近くまで気温が上がっていた。

メイク直しの時間も考え、そろそろ個室を出ようと思い、トイレットペーパーを手にしようとしたその瞬間、事件は起こる。





……誰だ、貴様は。


私の緊急事態宣言はここで発令された。


接客のアルバイトを経て、初対面の人との会話はある程度出来る自信があった。
しかし、初対面のトイレットペーパーホルダーを使いこなすスキルは持ち合わせていなかった。

予想外の事態に、激しく動揺した。
思い返してみても、このときが就活中で最も心が揺れ動いた瞬間だった


いや、まだあわてるような時間じゃない

とにかく、どのような手段を使ってでも拭ければいいのだ、ケツを

初対面だからといって恐れていては、快いコミュニケーションは生まれない。
相手がどのような性質を持っているか、冷静に分析して、第一歩を踏み出す必要がある。

使い方らしきイラストなどはどこにも見当たらず、側面にはメーカーの名前しか書かれていない。

紙ロールは大小2つに分かれており、両方ビリビリに引きちぎられていた。
1方の紙を使えばいいのか、2枚を合わせて切り取るのか、謎が深まった

本体下部には紙を切るために使うであろうギザギザの部分があったが、どのように紙を引っ張ってもギザギザに紙が当たることはなかった

わけがわからないよ。


使い方を調べるべく、様々な単語でGoogle検索をかけるが、尽く出てこなかった
ダメ元で施設のGoogleレビューも漁っていると、"トイレ"という単語が目につき、スクロールを止めた。

光などない暗闇を走り回っている感覚だった。
このレビュー内容で星5など、正気の沙汰ではない。
しかし、自分の気持ちを少なからず分かってくれる人がいるという事実で、心が救われた。

このレビューを目にした瞬間、私はスマホをしまい、気が済むまで紙を巻き取り、勢いよく引きちぎった
その瞬間だけは、この世にギザギザの部分など存在しなかった。

使い方が分からない方が悪い、と半ギレ状態で個室を出た。
完全に勝った。

この事件のせいで、最終面接の記憶は朧げなものとなってしまった。
メイク直しを忘れたことに気づいたのも、面接を終えてからのことであった。


総評

就活は動揺しても勝てばよい。

身なりを整えれば悪い印象を与えないし、
面接官はトイレットペーパーホルダーだと思えば良い。


この最終面接で無事私は内々定を頂いた。

しかし、闘いは始まったばかりである。
少なくとも研修で本社へ向かう期間は、
例のあいつとエンカウントするはずなのだ。

最終面接から4ヶ月が経とうとしているが、未だに攻略の糸口が掴めない
完全攻略している有識者がいれば教えを乞うのでご一報頂きたい。


絶賛就活中の人も、これから就活を控えている人も、世の就活生にはこんなバカもいる、という事を少しでも覚えていてほしい。
競争する相手が面接の30分前にトイレットペーパーホルダーに苦しめられていることを考えれば、少しは緊張も解れるはずである。



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