場面緘黙症

『場面緘黙症』という言葉を知っているだろうか?

家では問題なく発話できるのに学校など家以外の場では、全く声が出なくなってしまう心の病気だ。

私が幼稚園から中学校まで同じだった男の子に学校では全く話せない子がいた。

明らかに『場面緘黙症』だったと、今ならわかる。
でも、私が小学校に通っていた時期なんて遥か昔で、当時はそんな心の病があることは多くの人が知らなかった。

友だちはもちろん、先生も。

最初はみんな話しかけたり、からかったりしていたが、そのうちその男の子の存在自体がないもののようになっていった。

あるとき、みんながとても盛り上がる楽しい授業があってみんな次々と手を挙げて発言した。

あまりに面白かったのでその『場面緘黙症』の男の子も思わず発言しようと手を挙げていた。

先生は珍しがって、「〇〇くんが手を挙げるなんて珍しいな!」と彼に発言させようとした。

彼彼は黙ったまま、真っ赤になって下を向いてしまった。

私は子ども心に「先生ひどい」そうおもった。
そんな言い方しなくていいのに。
がんばって、勇気を出して、手を挙げたのに。
そんな茶化すようなこと言わなくていいのに…。

そんな『場面緘黙症』の彼に、ただひたすら挨拶し話しかけてあげる男子がいた。

丸顔で、小柄なとてもいいやつだった。

6年生になっても、ずっと話しかけていた。
もちろん会話はないし返事すらなかった。
でも、『場面緘黙症』の男の子はニコニコして話を聞いていた。

その「丸顔の男子」はずっと話しかけていた。

けど、結局、その「丸顔の男子」は中学受験して遠い私立の中学校に進学した。
『場面緘黙症』の男の子とは「会話」していた様子はなかった。

私は「場面緘黙症」の男の子と中学校まで同じだった。
彼は卒業後、地元の普通科の高校には通わず定時制か通信制の高校に進学したらしい、ということをほんのり聞いた。

それ以降、彼がどうなったのかわからない。

同窓会的な集まりにも当然来ていないし、というか誰も連絡先をしらないのかもしれない。

☆  ☆  ☆

『場面緘黙症』
その言葉は私のとても身近な言葉になった。

うちの子がそれになってしまったから。

家では声が出るのに外では声が出なくなった。
名前を呼ばれても返事をしない。

たぶんきっかけは保育園の先生に叱られたことなんだけど、悪いことをして叱られるのは当然だし、叱られた子みんなが『場面緘黙症』になるわけではない。

だから、うちの子の発達障害的な気質が大いに影響しているんだと思う。

保育園で話せるようになるよう、くすぐってみたり、ごほうびでつろうとしたけど全然ダメだった。

療育や心療内科の先生からは、
「本人の『不安感』が解消されることが大事です」
「気長に行きましょう」
と言われた。

私は多動だし、思ったことはぱっとすぐ言葉にしてしまう人間なので自分の子が『場面緘黙症』になるとは思いもしなかった。

そのときに思い浮かんだのがあの『場面緘黙症』の同級生だった。

あの子がどれほど学校で苦労していたかを私は身近で見ていた。

ときにからかわれ、そして最終的には存在そのものが「いないもの」として扱われた。

と、同時にあの「丸顔の男子」のことを思い出した。

会話は成立しなかったけど彼らは友だちだったと思う。

うちの子にも、どうか、そんな友だちができてほしい。たった一人でいい。一緒に笑い会える友だち。

幸い、うちの子は、2年間保育園で発語ゼロだったがついこの間から保育園でも声が出るようになった。

私は何もできなかったけど、保育園の先生には『場面緘黙症』について自分なりに説明して見守ってほしいことを伝えた。
療育でトレーニングを続けた。
保育園の先生も協力してくれた。
療育の先生に保育園を訪問してもらって、うちの子に対する関わり方について情報共有してもらう支援も活用した。

子ども本人もすごく頑張ったと思う。

コロナで保育園が実質休園になって、再開後、また話せなくなるかもと心配してたけど、今のところ大丈夫そうだ。

でもやっぱり不安感が大きくなれば、ヒソヒソ声になってしまう。
小学校は大丈夫だろうか。
不安は尽きない。

それでも、あの『丸顔の男子』の存在は私の希望なんだ。

私の同級生にも、あんないいやつがいてくれた。

うちの子が困難の中にあっても、きっとあの『丸顔の男子』のような優しい人がどこかにいる。

そう信じて、願うしかできないんだよなぁ。

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