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人類が救われる道は、以前から目の前に有る。だが人々は目があっても、それが見えないだけなのだ。


人類が救われる道は、目の前に以前から有る。
だが人々には目があっても、それが見えないだけなのだ。


現在の世界中の人々は、真理や真実と嘘や虚像を逆転して理解しているようなのです。

人や人々が、また人類が救われる道はすでに古代仏教も示し、キリスト教も示しているのです。

古代当時の人々も、現代人同様に何とか食べられ、生きられ、家族生活が出来て、幸せな家族と人生となることを願っていました。
もちろんそういう条件は戦争があっては実現しませんので、「平和」であることも願ってていたのです。

現代人とまったく同じ思いだったのです。

ですから今後でも、百年後千年後でも、人々は同じ想いや要求をもっていることでしょう。

こうして人間が求めているものは、全ての人間が「想い願っている普遍的なもの」ですから、古代時代でもそれを探求し答えを導き出した人々がいたのです。

ただしそれらの「教え」は、残念ながら当時は言葉の種類が少なく、文字などが不十分な時代のことですし、学校制度も教育という概念も知らない時代のことでしたから、その教えのことばを聞いた人々によって、後に「あの人はこんなことを教えていたな〜」と文言にまとめていったものが、経典や聖書というものになったのです。
教えの最初は詩辺や歌詞として歌い継がれていつたものでした。

こうして時代は過ぎても、ことは全ての人々が同じことを「想い願っている普遍的なもの」ですから、後に学問としての哲学が盛んになると、哲人たちが同様なことを言い残こすことになりました。

それらは文章にした体系的な書物にして残しています。

それらは学問活動として、矛盾点や道理に合わなければ批判されて、それも文章に残り、のちにその欠陥を研究して直しつつ道理や理屈が合うように、徐々に整理完成させられていきました。

それらの真理を求めた哲学は、全文章に齟齬がないように多数の哲人の知性が歴史的に蓄積され、完成されてきた真理ですから、聖書より長い書物になるのは当然でした。

それら真理は現代までに数人の哲人が学問として実証しています。

このような宗教や学問哲学が示した真理の教えの通り、人々が実行し同じ考えを持つなら、例えば日本の江戸時代であればそれなりの幸せて平和な時代・社会・国家ができたのですし、現代でもその時代の技術や人道性(反対の野蛮性)などに合った幸せと平和な社会・国家・時代・家庭・人間関係などが実現するのです。


だからヘーゲルだったと想いますが、「人類の想いと願いはすでに実現した」=真理を獲得したといいました。

まさにそれは真実でその通りですが、ただそれを実行しないのは当時の人々から今の人々までが、ブッダ・キリスト・ヘーゲルや数人いる哲人の教えを実行していないからですし、なぜ実行しないのかは教えの意味内容や価値が理解できないからで、その通りの行為、動き、行動や活動や生き方、働き方、社会の作り方、その実動をしないからだけなのです。

社会と国家作りの設計図は目の前にあり、この通り創れば、我々はすでに勝利しているのです。


しかし、その実現の障害物になっているのは、導きの教えを「信じる」「信じている」ということと「教えを理解している」こととは違いますので、様々な学問や宗教的教えでも「それを信じています」という人々が増えても、それらの「信者」が世界中にいても何の意味もなく、教えを理解し実行する人が、増えないと、人類普遍の願い(貧困の撲滅、飢餓の廃絶、核兵器の廃絶、地球の存続などなど)は、その信者である事に安住した勘違いに阻まれて一向に実現しないのです。
キリスト教徒もイスラム教徒も、仏教徒もヒンドゥー教徒もいて全て愛と平安平和を願い、それを求めています。

こうして「信じる者は救われ」ないのです。

果たして現在人類史的危機に合って、それを理解できる人が何人でてくるでしょうか?



光の銀河連合からのメッセージ:2021年8月3日再編集特別版~ブロッサム・グッドチャイルド:訳:
2021/09/01
kokoro century
https://www.youtube.com/watch?v=rw0mhJnxKyM



参照 私のこの記事と下に案内させてもらう記事と一緒に読んで頂くと、多くの方やあなたの頭の中がキレイに整理されるかと思われます。https://note.com/y1117259k/n/n10f6371eeb2e




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