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自販機

    不経済な夜だった。
日中の消費はきちんと予算通りの千五百円で済んだというのに。
日が沈んだ束の間に、節約気分が反転して、日中の予算に迫る額まで既に使い込んでいる。

    本日、最後の用事を済ませようと、普段利用する立派な駅から数分の距離のある路傍の駅に向かう。
道中、空きっ腹の補充にちょうど五百円の丼を啜って、昼の予算を超過していた。

    近距離といえど旅の支度を整えて出発した。
今時めずらしく切符を買って、一時間に三、四本しか訪れない列車にようやく乗る。

    古式ゆかしく屋外にポツンとある駅を、二つほど通過して、ようやく目的地に到着した。
降り立って目に入ったのは、信号の発光ダイオードと、コンビニ店頭看板の人工的な緑色が交差して脚光を浴びる、低い唸りを上げる自販機の姿。

    適当に番号を選択すると、アーム機構が作動して丁重に出口まで物を運ぶ。取り出し口から拾う缶はほんのりと温かい。
缶に張り付いているどこかのキャラクターが豪快に笑っている絵に気圧されて、しょぼくれた背中が三次元の空間に浮いていた。

    プルタブに引っ掛ける指先まで力が伝わらない。
損ばかりの今日を振り返って、気だるさからくる脱力で、ほんの数センチを持ち上げる、一瞬の力の伝達もままならない。

    ここまで来たならば、ついでにほんの小さな消費行動で、溜まった鬱憤を晴らしたい。
理性より衝動が勝って、二つほど連続で缶を注文した。
   
    一つ三百八十円もして無駄遣いになるが、当たりを引くとちょっとした細工が仕掛けてある。くたびれた心の隙間で膨らんだ射幸心が、ガチャのレバーを引かせた。

    一つ目の缶を飲みもしないで、ゴミ箱目掛けて投擲した後に、ピコンと軽快な音が響く。
箱の脇に不似合いに備え付けられた小さな電光掲示板に、ゆったりとしたスライドアニメーションで、『ヤヤ フケンコウ ヨンジュウパーセント』の表示。

    組み込まれたセンサーが缶に付着した情報を読み取って、自販機備え付けの、スタンドアローンで処理可能なエンジンを搭載した機材が、パーソナライズした診断をしてデフォルメされた反応を返してくれる。

    心身の疲労度を読み取ってくれたのだろう。十六種類の反応の中では、当たりの部類だった。
もう一つ大きな電光掲示板には、セグメントの光が織りなす角張った不気味な笑顔が張り付いた。釣られて、口の端を少し歪んだ。

    健康診断型自販機用空き缶入れ。
たいそうなテクノロジーが搭載されている割に、無人駅に近い寂れた空間にのみ存在する。

    本来は広く世の中に普及して、役立つはずだった技術の遺物の詰め合わせ。
どこかの企業で開発され、世に放たれる寸前で頓挫した、行き場のない技術の集合体。

    あるものは情報リークの事件で、あるものは組織の途方もないレポートラインの道中、否定の渦で硬化して、行き場を失い礫となって散っていった。どれも人口に膾炙する前に落花となって、アーケードの人気のないおもちゃと同格となった顛末。

    今では町の片隅に打ち棄てられて、誰にメンテナンスされてるかわからない自販機の側のゴミ箱に備え付けられて、緑の明滅と電子音によって、訪れた人間に対してほのかに存在を示している。

    もうひと缶も飲まずに放り投げると、また「ピコン」と軽妙な音がして、電光掲示板にゆったりとアニメーションが表示される。
『スイドウダイ ヨンセンエン』
高度な反応を引いたようだ。思考を読み取って、心のうちを占めている考えを正確に映し出している。

    そうだ、今日最後の経済活動をしにこの辺鄙な街にきた。
もうひと缶放り投げたい衝動に駆られたが、せっかくの機械の案内にしたがって時間を確認する。
アナログの時計が九時五十分すぎを示していた、目的地は十時を過ぎれば受け付けない。列が並んでいても、時間が過ぎればシャットアウト。急がないといけない。

     俯いて目に入った地面に置いたポーチを拾い、背中を丸めて、よれよれの千円札が四枚あることを確認しながら、左右を確認して道路を横断する。
背後に遠ざかる踏切が鳴らす音に急かされるように、水道センターに向かった。




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