衆院選に行くな

人は「ダメだ」と言われたら、やりたくなる生き物らしい。
ならば、「衆院選に行くな」とでも言おうか。

少し前に、主に年配の俳優らを起用して、若者が選挙に行かないことで年配者に有利に運ぶから嬉しいという趣旨の動画が注目を浴びた。
たしかに選挙人口が多い年配者の声を政治家が取り入れやすいということはあるだろう。
そもそも、後援会などをはじめ、熱心に投票行動や支援をしてくれる年齢層の方向を見て、政治家は「地元」と見ているのかもしれない。

選挙が近くなると、主要駅前では幟を持った政党関係者が立っている。
しきりに挨拶するタイプが多いだろう。
中には、選挙に無関係に、年中、マイクを持って政権を批判する政党もある。
「あの人、朝早くから立ってるから偉い」「あの人、よく名前や顔を見るなぁ」。
案外、こうした少しのことで投票に繋がるのだろう。
いわゆる無党派層などの意識に入り込む手立てともいえる。

投票に行っても、自分が入れた相手が当選しなかったら死票になるとか、自分が入れたところで当選or落選するとかあるかもしれない。
ただ、直近の衆議院議員選挙の投票率は53.68%なので、残る46.32%が全て投票すれば、どうだろうか。
そもそも意見が反映される気がしないとか、そもそも何も期待しないとか、そもそも興味がないというとかあるだろう。
誰に投票して良いか分からないとか、分からない自分の票で社会が変わっては忍びないとか。

投票は文句を言える権利という考え方もある。
それが当選した議員に投票したときであってもそうでなくても、与党となった政党の議員に投票したときであってもそうでなくても、文句を言える権利を獲得できる。
また、投票先が分からなければ、何も書かずに白票で投票することも考えられる。
ここで何か別のことを書いても良いだろうが、どう勘定されるか気がかりなので、白票の方が良いだろう。
間違ってはいけないのは、自公に灸を据えようと、それ以外の政党になんとなく投票することは避けたい。
2010年ごろに、この現象が起きて、国が非常に危うい状況になってしまった。
もちろん、投票権がない人は致し方ないので、文句を言える権利は生まれながらに持っている。
当然、投票権がない人も納税者であり、国民だ。

ここで「投票しなければ権利が制限される制度設計が良いのでは」と思うかもしれない。
これは憲法の精神にそぐわないので、その方法は採らないのが自然だ。
なぜならば、「日本国民は、」という主語もあれば、「何人も、」という主語もあるからだ。
要は、日本に足を踏み入れる外国籍の人の人権も、ある程度、保障せねばいけないということが念頭にあるのだろう。
それだけ基本的人権を人は生まれながらにして持っているということが大切にされている。

他方、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」ともあるから、その意味では投票は努力の1つと言える。
だからといって、法が強制するものでもないだろうし、強制するものでもないと思う。

ネット選挙解禁で、一部の人は「ネットで投票ができるのか」と期待しただろう。
おそらくネット投票が解禁されたら、投票率も上がるだろうし、雨の日でも左右されないかもしれない。
それはそれで、影響を与える要因として環境があると考えることができる。
先の国会にインターネット投票に関する法律案が提出され、閉会中審査にかけられていた。

今回は野党が給付金の話を持ち出したので、おそらく自公も選挙後に給付金支給の方向になるだろう。
また、補正を組む前に解散を打ったので、選挙後は大胆な予算が組めそうだ。
その意味では、直接的な恩恵を受けられるので投票率にも影響するかもしれない。
付け加えるならば、給付金の財源は国債で問題ない。

過ごしやすい気候で雨降りでない投票日になることを願う。

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