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SONIC DEAD KIDS

ART-SCHOOL(アートスクール /以外アート)というバンドについては既にこちらで語ったので↓

ここからは曲のレビューをしていく。
全曲1曲ずつレビューしたいくらいだがなんせ曲が多いので、円盤ごとに記事にして特に好きな曲について詳しく書いていこうと思う。

※追記※
アートスクール/木下理樹の書く曲/歌詞には、無数のオマージュ的引用がある。
私個人としてはそれは彼らの中で一度咀嚼され再解釈されたものが新たに作品へと昇華されたもので、パクリなどとは一線を画していると思っている。
因って、例えばあるメロディーや歌詞について好意的に書いたり、それをアートや木下理樹の才能や巧みさとして褒めたとしても、私はその引用元を知らないわけではない。
かと言ってそのあまりに膨大で多岐にわたる、オマージュやリスペクトや引用の全てについて逐一引用元を書く気もない。興味がある人は自分で調べるだろうし。

私がしたいのはあくまで"個人的なレビュー"を書くことであり、解説や考察をする気も、ましてや誰かと議論する気など皆無だ。
これも横槍の入りやすいTwitterでせずにnoteでやることにした大きな理由の一つでもあるので、ご批判や反論などは無用である。
私は良くも悪くもただ
"これのここが好きと言いたい"
だけなので、好き勝手に書かせて欲しい。


SONIC DEAD KIDS

2000年9月8日発売

01. FIONA APPLE GIRL
02. NEGATIVE
03. MARCHEN
04. 斜陽
05. 汚れた血
06. SANDY DRIVER


記念すべきアートの第1作目である。
MEAN STREETやMISS WORLDと同時期の入手だったと思う。
最初の印象は随分と音がモコモコしてんな。…笑
まさかこれを20年以上も聴き続けるとは自分でも思っていなかった。

しかし名曲揃いである。ライブでよく演る曲もあり、なんと言っても斜陽が入っている。
メランコリックで不完全で、ロマンチック。そんなアートスクール感が既に完成されている。
これぞアートスクール!な作品だと思う。


01.FIONA APPLE GIRL

出だし【♪フィオナアップルが〜】で、もう度肝を抜かれる。初っ端の一言目が人名フルネーム…そんな曲聴いたことがなかった。
音数を絞った乾いた感じから【♪乾き切った〜その唇で】の展開で一気に引き込まれる。
そういう静と動が上手いよね、アートって。

02. NEGATIVE

ライブでも常連のネガティブ。曲名に反して疾走感と激しさがあり、とても盛り上がる。
後に現実的で悲惨な歌詞を踊れたり乗れる曲でやっているバンドが日本には無く、それを自分がやりたいと語っていた木下理樹。そういった音楽性への拘りがこの時既に現れていると思う。
【♪吐く息は真っ白さ】の白い息という歌詞は繰り返し木下理樹の歌詞に出てくる印象的な言葉だ。
最後の【♪願って〜】では縋り祈るように叫ぶのが堪らない。

04. 斜陽

私が大大大好きな斜陽。思い入れも込みで1番好きかもしれない。ライブでも節目節目で印象的に歌われてきた。
潔く短い曲だがメロディーもイントロからして最高で、ライブではこの情緒的なリフが流れた瞬間に毎度泣く。
まず斜陽て…太宰じゃないの。太宰や三島を読み耽っていた根暗な私はこれだけで堪らない。
歌詞もボリスヴィアンやボードレール、ロートレアモンの詩などを思わせる。
この後繰り返し使われる"スカート"というワードもここで既に登場。


当たり前だが全曲に木下節が炸裂している。
美しさ、哀しさ、愛しさ、苦しみ、喪失、イノセント、可憐さ、皮肉、色彩、醜悪…そんな印象を与える時にデペイズマン的な不条理な言葉たち。
カットアップされた、ばら撒かれ散りばめられた、映画のシーンのような映像イメージや陰鬱で悲惨なストーリー。

曲レビューに書いた以外にも、腐る、子供達、匂い、太陽、子宮、サンディ、パレード、光
…など木下理樹の歌詞に欠かせないワードが既に使われている。

特に太陽/sunというワードにはゴッホのそれのような、暖かな光や眩しいまでの輝きへの憧れや羨望と渇望がありつつも、反面その強さや熱に灼かれ焦がれてしまう痛み、自身の弱さや悲痛、汚物や恥部を照らし出される事への恐怖や卑屈が込められているような気がする。…気がするだけか笑


今から約20年前、メンバーがまだ20歳を少し超えたくらいの歳でこの作品が作られたわけだが。
こういった繊細さや不安定さ不完全さも若者特有のもので、こんな気持ちすら近く大人になればきっと喪われてしまうであろう、だからこそ儚く美しい。…みたいな瞬間的な価値があったと思う。
それが20年後の今。その唯一無二の音楽性と世界観故か、古臭く感じるどころかむしろ普遍性を持って愛される作品になった。

懐かしいだけじゃない。いつ聴いても心揺さぶられるような抉られるような、人間の本質的な哀しさや可笑しさや愛しさとそれを愛しむ優しさがここには在る。
それこそがアートスクールというバンドが、木下理樹が、ずっと掲げてきたテーマと目指してきた音楽性というものだろう。

躓き時に立ち止まりながらも、また立ち上がり歩き出し、一貫して独自の路線を走り続けてきた。
結果論的にではあるが、2022年の復活での素晴らしいライブパフォーマンスと待ち望んだファンの熱が、アートのやってきたことの価値や素晴らしさを証明し、裏付けることとなった。

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