首
妙に白く澄んだ色、作り込まれたように完璧な形で、浮かび上がる筋。
初めて彼女を視界に捉えた瞬間に、その首を締めたいと思った。
別に彼女の生き死にをどうこうしたい訳ではなかった。
ただ、その白い肌に僕の爪を食い込ませて、そうしてできる薄紅の模様が見たかった。細く危ういバランスで頭部をささえるそれを、一瞬僕の手の内に入れたかった。
その欲はあまりにも強く僕の中で蠢いて、何度か、彼女のそれを締め上げる夢を見るほどだった。
僕が初めてその欲望に取り憑かれた日から、何度目かの夜、偶然にも彼女と差し向かいで話す機会ができた。欲をこらえることの苦手な僕は、彼女にそのどうしようもない恥ずべき欲望を、簡潔に打ち明けた。
一瞬の沈黙の後、彼女は少し笑った。
そうして僕を見据えて、
「それは愛しているってこと?それとも憎いってこと?」
と聞いた。
予想だにしない言葉であった、気持ち悪いだとか異常であるとか、そういった拒絶に満ちた言葉を投げつけられるものだと思っていた。
しかし、目の前の彼女は、柔らかい声色で僕に問いかけた。だけれども、その眼は僕に前者であると答えることを強要するような、そういった色をしていた。
「どちらかというなら、愛故だろうね」
思ってもいない言葉が口から逃げ出し、捕まえるすべのないそれは、彼女の耳に滑り込んでしまった。そして、それを聞いた彼女は満足げに目を細め、そう、とだけ言った。
その日のうちに僕の悲願は達成されることとなった。空が濃紺から真っ黒に染まり始める頃合いに、彼女は彼女自身の部屋へ僕を招き入れ、ただ一言
「どうぞ」
突言い放った。いたずら好きの子供のような声色で、さも嬉しそうに口角を吊り上げて、長い絹糸のような髪を掻き分けあの首を露わに、甘えるような目でこちらを見据えながら、そう言った。
僕はほんの少しの躊躇いと、胸の内にある衝動と共にそっとその首に両手をかけた。少し湿った白い肌越しに、頸動脈の脈打つ振動とゆっくりとした呼吸の振動が伝わってくる。その瞬間確かにある彼女の生を認識し、少しばかり喉奥を引っ掻くような一抹の恐怖感が生まれるのがわかった。
しかし、数日間燻り続けた理由のない欲にそれは容易に掻き消されてしまった。
細い首を掴む両手に徐々に力を込めていく、次第に飛び抜けて美しい訳でもない彼女の白い顔がゆっくりと赤く染まり、その眉間に、目尻に、口元に、歪んだ皺が現れる。
言葉を無くした彼女の喉から、生命維持の本能と共にごうっと、朽ちた木の空洞を風が抜けるような音が漏れ出した瞬間、僕は両手の力を抜いた。
床に倒れ込み、咳き込む彼女とその白い首筋に僕の爪型に浮いた薄紅の欲の痕跡を見とめると、唐突にあの首への興味も、抑えきれないような焦燥をもが、消失していくのがわかった。
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