私には見えない(1)
「あのね、人って呪えるんだよ」
曽根(そね)さんはかつて、中学校に通っていた頃に出来心で人を呪った事がある。
ちょっとした諍いが原因ではあったものの、当時考えられる中では一番酷い方法で相手を呪ったという。
「当時ね、苛められてたんだ……それで、相手をどうにかしてやりたくて……」
苛めはひたすら、無視されるというようなものだった。
きっかけはわからない。
殴られたり蹴られたりしたわけではないが、自分の存在が透明になったような生活は苦しかった。
毎日、どうしようどうしようと焦る日が続いていた。
親にも話せず毎日静かに居ないものとして過ごしていた彼女は、やがて復讐を考えるようになったという。
自分の存在を無視できなくなる程のものにするにはどうしたらいいのだろう、と、そう考えたのだ。
「でも目立つのは好きじゃないから、こっそり。怖がらせてやろうと思ったの」
子供が思いつく範囲の事はなんでもやってみた、という。
お手製の藁人形も試したし、名前を書いた紙人形を燃やしたりもした。
ただ、こんなものは子供の遊びの延長戦だと理解していた。
気が付けば学年が変わり、クラスも変わったが曽根さんは透明なままだった。
もしかすると学年が変わって春になれば、新しく友達ができるんじゃないかと期待していただけに落胆が大きかった。
そんな矢先の出来事。
「……新学期に、小学生が車に轢かれて亡くなる事故があったの」
夕方の地方番組でも、小さく取り上げられていた。
影に隠れて見えなかった、というのが運転手のコメントとして報道されていた。
事故の場所は自分もよく知っている道路で、確かに視界が悪いので地域の人達が見回りに来ていたような場所だった。
「わたしが無視されてるのって、この事故と同じなんだって思ったの。見えてないから酷い目にあうの。……皆に私の事が見えればいいのにって思ったし、事故に遭った子も見えていればよかったのにって心の底から思ったのね」
テレビの報道を見ながら、どこかでこの事故に遭った女の子と自分が繋がっているようなそんな気持ちになったという。
「それで、事故現場に行ったの。あの子に“私も一緒だよ”って言いたくて」
朝、家を出て1人、ふらりと事故現場へ足を運んだ。
遅刻したってどうせ誰も気付きやしないのだ。
「現場に行ったらたくさん献花があって、お祈りに来てる大人の人もいて、物々しかったな……。それでね、その子が死んだ場所で私もお祈りしたの。あなたと一緒だよ、私も見えないから酷い目にあってるよ、って。それで、」
地面を注意深く、観察したのだという。
死んだあの子の痕跡を見つけよう、と思った。
誰にも見てもらえなかったその子の痕跡を、同じように誰にも見てもらえない自分が見つける事で結束を深めよう、とか、そういう事を考えたのだそうである。
「その時はそれが1番いいような気がしていたのね。それで、地面を這いつくばってる時に葉っぱを見つけたの」
それは赤黒く乾いた雑草だった。
直感で“血がかかったんだ!”とそう思って、夢中でその雑草を引っこ抜くとそれを握りしめて学校へ行った。
何をしよう、とか思ったわけではない。
とにかく“この雑草は自分のものだ、あの子との絆なのだ”とそう感じていた。
「訳わかんないでしょ?でもさ、雑草なんでどうしようもないじゃない……?どうしたと思う?わたし、それ、給食に入れてやろうと思ったの……」
その日、給食当番だった彼女は、雑草を細かく細かくちぎって給食の汁物に入れてしまったのだという。
「……酷い目に遭えばいいのにって思ったの。私の事を苛めてる奴らは、ニュースで「見えないから轢いた」って言ったあの運転手とおんなじだよって念じながら、酷い目に遭え、酷い目に遭え、って給食に千切った草放り込んだの」
死ね、とまでは思わなかった。
ただただ“酷い目に遭え”とだけそう願った。
「授業中にぎゃーって悲鳴が聞こえたの」
怖い、こわい、と叫んで後ろの席に座っていた少女の1人が椅子ごと横に倒れ込んで物凄い音を立てた。
なんだ、と曽根さんが振り向いた先には自分に対して1番冷たく当たっていた女子生徒がいた。
直感で“あの子の血のついた雑草のせいだ”とそう思った。
「振り向いたらひきつけを起こしてガクガク震えてたの。口から泡吹いてたかな……泣き喚いてね、いい気味だったな……それでね、ここからもっと面白い事があったの」
その引き付けを起こしたのを皮切りに、何人かの生徒が悲鳴を上げて倒れた。
こわい、怖い、怖い、幽霊がいる、としきりにそう呟いていた子達もいたという。
「集団ヒステリー、って事になったんだよね。先生も慌ててたな……面白い位に慌ててた……でも、私には見えなかったんだよね、あの子……」
学校は他のクラスを巻き込んで大事になっていった。
黒板には自習、と大きく書かれてパニックを起こした何人かが保健室へ連れていかれた。
やがて救急車のサイレンが聞こえたから、ああ、何人か運ばれていったのかと曽根さんは思ったそうである。
そういえばあの子、自分には見えなかったぁ……と思いながら帰宅した。
ちょっとだけ、勝手に繋がりを感じていたから少し残念だったのだ。
その日の帰り道は久しぶりに晴れ晴れとした気持ちで帰り道を歩いた。
いつも両親に学校の出来事なんて話した事もなかったが、今日の事は話したいと思って駆け足で帰宅したという。
「ただいま!」
玄関で大声でただいまを言った。
母の靴が玄関にあったからすぐに出てくるだろうとそう考えていたのだが、母親からの反応はなかった。
「ただいまー!」
これもまた反応がない。
昼寝でもしているのかな……とそう思って母親のいる気配がする脱衣所を開けた。
「ただいま!」
「…………きゃぁああっ!!」
「わぁっ!?」
母が悲鳴をあげた。
「見た事もない顔でびっくりしてて、何事!??!って思ったんたけど、青い顔のまま“あっ……おかえり……”って……」
→明日
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