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大切にしてる物

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ちょっとしたことや日々感じたことなど。体験したことや、思ったことをまとめました。
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#ほぼ毎日note

新しくだいすきとおもえるものに出会ったあとは、どきどき。わくわく。 いつまですきでいれるなんて、誰にもわからない。明日どんな気持ちかなんてわからない。だからこそ、すきなときにたくさんすきと伝えるように触れていたい。

「〜だから」って言い訳にしてすきなことを制限したくはないし、他人に邪魔されたくない。 何歳になったって自分のすきなように生きていたいし、環境が変わってもすきな人にはめいいっぱいの愛を伝えたい。 どんなときでもやさしさと温もりを感じられるような愛おしい言葉を紡ぐ人でありたい。

すべて引き受けるから、頼りになるわけではなくて。やさしいわけでもなくて。ただ、断る勇気がないのかもしれない。 ボーダーラインを決め付けてしまうことだけが良いとは言えない。けれどすべて引き受けることも、決め付けて断ることがわるいわけではない。 人それぞれ譲れないことがある。

なにか新しいことはじめるとき「大丈夫かな」「できるかな」って常に不安と隣り合わせだった。 けれどもすこし勇気を出して手放すだけで、どんなことでもたのしめるようになる。 きっとすこしの勇気と、すこしの自信を持つだけで人は誰だって変わることができる。

なにか物や人に依存してると孤独を感じることが少なくなる。けれども依存先がすこしでも薄れてしまったり、なくなってしまうと世界中でひとりぼっちになったような気持ちにもなる。 けれども依存先があるということは、それほど大切に想っている大きな気持ちがあるということ。

さみしいや不安って感じるときほど、うまく相手に寄り添えていないサインなのかもしれない。そういうときほど体調が思わしくなかったり、特に孤独を感じてしまったりする。 たっぷりと自分を甘やかせる時間も、なにもかも手放してお休みする時間も必要なのかもしれない。

大人になると泣けなくなるのは、きっと頼り方も甘え方も忘れてしまったのかもしれない。 でもほんとは「大人だから」って言葉で自分自身を縛り付けてしまってるのかもしれないね。 大人だって頼りたいときはあるし、時には甘えたくなるときだってあるし、大声で泣き叫びたいときだってあるよね。

言葉を紡ぐ職業だからこそ

いまのお仕事をはじめてから特に意識していることがあって、どんなときであっても言葉は人を傷つけることができるということ。以前から重く捉えていたけれども、最近特に深く考えるようになった。 だから最近は電話よりもLINEやメッセージのやり取りがすこし苦手。親や妹にはそこまで気にすることなく、いままでと変わらずにスムーズなやり取りができている。けれども、知り合いや後輩(友だちと言わないのは察してください笑。)の返信にすごい時間をかけている。 もちろんすきな人への返信は特に何度も見

目に見えないものだからこそ人の気持ちというものはわかりづらくて。 近いから見えるものがあるかもしれないけど、反対に離れてる方が見えるものがあったりもする。 言葉が文章がすべてではないかもしれないけれど、その裏にある気持ちもセットで感じ取れるようになりたいね。

君ができること、わたしができないこと

何度も何度も書いてきたけれども、自分のことを認めることができなくて。いくらすてきなお仕事で結果を残せたとしても「まだまだがんばらなきゃ……!!!」って何度、自分にムチ打ってきたかなんて忘れてしまった。 周りと同じようにすごいお仕事しても「わたしすごい……!!」って認めることはできないのかもしれないとおもった。 他人のことなら「すごいじゃん!!!」っておもえるし、すきな人だと「すてき!!さすがだよ!!」ってなるだろうけど、嫉妬の嫉妬の嫉妬まんになってるとおもう。 これって

もっとうまく自分の気持ちと向き合えたらいいなあ。もっとまわりの気持ちに寄り添えたらいいなあ。 そんなことをおもっていたら裏と表の自分を作り出して、泣き言なんて言えなくなった。誰かに頼る方法がわからなくなった。 とりあえず、そんな自分だっていいよねって認めてあげることに決めた。

わたしの言葉が誰かのためになった

文章を書くお仕事をはじめてもう数年。お休みしてた期間も合わせると、結構長い期間がんばってる。みたい。 数年前、当時とても憧れてた人と出会い 「同じお仕事がしたい」 「温かい文章を紡ぎたい」 「誰かの背中を押してあげられるような文章を書きたい」 こんなことをおもってスタートした文章を書くお仕事。 はじめた当時よりすこしはうまくなれたかな、なんておもったりして。もちろん、お仕事に対する姿勢だったりも変化して。あれこれしたいことがたくさん増えたりもして。 このお仕事をやりたく

いちばん古い春の思い出

「春の思い出ってなにかあったかな…」と普段あまり過去を振り返ることがないわたしだけれども、すこし思い返してみたら小学校の入学式をふと思い出した。 まだ、母親の後ろに隠れるほど小さく幼かったわたし。いまのわたしの髪色と同じ真っ赤なランドセルを背負うよりも、背負われていたほど小さかったとおもう。 自分の教室の前で担当の在校生に名前を告げて名札をもらわなきゃいけなかった。でもそれができなかった。担当の在校生が気を遣ってくれて「お名前の名札どれかわかる?」と自分で取るように言って

なんだかうまく進まなかった日

別にやる気がなかったわけではない。でもふとそんな日が人にはやってくるとおもう。わたしだけじゃないとおもいたい。 それが今日だっただけ。 「新月の日が近いしPMSのせいだろうなあ」なんておもったらやっぱりあたり。先週からすこし気がかりなことがあった。いつものことなのに「いつものこと」で済ますことができなかった。数日前は仕事も手がつかなかったり、動悸がひどく感じてしまってた。 でも、それも数日前にここ数ヶ月お世話になってる占いの先生に聞いてもらってすこし落ち着いたのに心の端