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大切にしてる物

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ちょっとしたことや日々感じたことなど。体験したことや、思ったことをまとめました。
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#おもったこと

大小関係なく一度でも失敗と思うことをやらかしてしまうと、どれほど強い気持ちを抱いていたとしても次の一歩がどうしても踏み出せない。 がんばりたい気持ちがあっても「また同じ失敗をしたら」「もう次がなかったら」なんて起きてもないふあんを作り出して、行動を制限した呪文をかける。

大切な人ができると自分のことよりも「こうしてあげたい」って気持ちが大きくなる。だからこそ甘えられたり頼られると嬉しく、多少の無理でも応えたくなるもの。 でも、大切な人だからこそ「こうしてほしい」って求める気持ちも大きくなっては、上手な気持ちのバランスの取り方がわからなくなる。

これまで築き上げてきたものが止まったり失うと不足した状態になっては、空白を埋めようと焦るもの。 焦ったり足掻くほど状況が悪化しては、本来の夢や目標が見えなくなってしまう。 けれど、視点を変えると大切にすべきものは異なるけれど、どんなときも大切なものはしっかりと存在していた。

20240522

言葉と想いを大切にする仕事だからこそ「誰かの大切を、個性を、そのものを、傷つけるようなものは届けたくない」という想いは何年たっても変わらず、関わりを持ちたくない人からの心ない言葉に、苦しくなって涙があふれて立っていられなくなって前が見えなくなって一番大切にしたい人も言葉にも影がかかったようにも思ったけれど、寄り添ってくれるあたたかな言葉一つで涙があふれては「守られるだけじゃなくて、守っていける強さがほしい」という愛おしさが込められた想いと向けられるキラキラと輝く笑顔を思い出し

想えば想うほど欲張りで、自覚しているよりもきっと我儘だった。

幼い頃もそれほどわがままを言ったり、自分勝手な振る舞いはしていなかったようにおもうけれども。大人になると仕事でもプライベートでも、頼り方や甘え方がわからなくなってしまった……のだ。 昔から何度も何度も言われて育ってきた。迷惑はもちろん心配だったり我儘だったり……とにかく相手に負担かけないようにしていた。 だからこそ、困ったときに誰かに頼ることや甘えることだったり「どうすればいいんだろ……」と、物心ついた頃からわからなくなっていたのかもしれない。 自分のことは自分で……が

コンプレックスと大切なもの

なにかがきっかけでコンプレックスになっては、ずっとずーっと引きずったり嫌な気持ちを抱いては「これがなければ……」なんておもうことは誰もが持っているもの。 きっかけがどんな些細なことであっても、誰かのコンプレックスになったり嫌な気持ちを与えてしまうことを考えると、大きなことなんてものは言えないものだ。 でも、同じように誰かの些細な一言で長年抱えていた嫌なことを手放せたり、すきになったりすることも当然あるからこそ、わからなくなったりもするし、人の言葉はエネルギーであふれている

秋なんて嫌いな時期で、すきになったことがなんてなかった

物事ついたときから秋から冬に向かう時期は、嫌なことばかりで、つらいことばかりで、笑うことができなかった。 毎年当たり前になにか嫌なことがやってきて、乗り越えられなかった自分に呆れたり、涙とおともだちになって、傷ついて傷つけてばかりだった……そんな数年前。 そんな秋という呪いから脱出できて、ようやくたのしめた2023年。 自分ではそんなつもりはなかったけれど、自分からたのしみを見つけに足を動かしてみたり、新しくすきなことを見つけたり、すこし肩の力抜いてみたり、誰かに甘えて

誰かに言われた言葉に傷ついて涙を流すなら、無理せずに離れて、自分の心を守ることもきっと大切なこと。 でも自分からブロックしたり、自分から拒絶することができない。理由を考えてもまったくわからず、傷ついてることに気づかないフリをしてる。 そしてまた、無理して笑顔を作ってみた。

いちばん古い春の思い出

「春の思い出ってなにかあったかな…」と普段あまり過去を振り返ることがないわたしだけれども、すこし思い返してみたら小学校の入学式をふと思い出した。 まだ、母親の後ろに隠れるほど小さく幼かったわたし。いまのわたしの髪色と同じ真っ赤なランドセルを背負うよりも、背負われていたほど小さかったとおもう。 自分の教室の前で担当の在校生に名前を告げて名札をもらわなきゃいけなかった。でもそれができなかった。担当の在校生が気を遣ってくれて「お名前の名札どれかわかる?」と自分で取るように言って