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宇宙の片隅で めぐり逢えた喜びは

飽きっぽいわたしにとって珍しく
20年以上続いている趣味があります。
それはラテンダンスのサルサ。

きっかけは、大学時代。
スペイン語を専攻していて、
当時スペイン語を教えていたチリ人教授が
「言語を学ぶというのは文化を学ぶこと。
だからスペイン語を学ぶと同時に
スペイン語圏の文化を知らないといけないよ」
と、講義時間に、
スペイン語圏の映画や歌、お料理、
そしてサルサのステップを教えてくれたのだった。

それまでダンスなどしたことなかったわたしだが
それがよほどたのしそうだったのだろう
日ごろからサルサを踊っているというクラスメートが
「今夜、踊りに行くけど、行く?」と
夜遊びに誘ってくれた。

サルサはもう
それまで感じたことがないようなたのしさで
わたしの生活を魅了していった。

毎週末、夜な夜な繰り出して
大いに踊り、飲んで笑った。


やがて就職したわたしは
大学時代を過ごした大阪から
東京へと移り住んだ。

東京での生活にも慣れてきた頃
サルサを踊りたくなって調べて
一番上に出てきたのが
当時もっとも熱かった六本木のサルサクラブ
カリベ。

カリベには東京中、いや関東、日本中から
サルサ好きが集まる日本一、熱く
そして上手な人が集まるクラブだった。

月曜日でも、雨の日でも、雪の日でも
いつ行っても、溢れるほどの人で
そしてどの人もハイレベル。
夜遊びでちょっとサルサを覚えた程度のわたしには
まるで場違いのような場所だった。

そんななか、
ものすごくムードのあるすてきなサルサを踊る男性がいた。

わたしは密かに心の中で彼を「王子様」と呼んで
彼がクラブに現れると
あわよくば誘ってもらえないかなーと思いながら
彼の近くでうろうろした。

いつも上手な女性しか誘わない「王子様」から
わたしに声がかかることはなく
カリベは閉店し、
わたしは約10年の「サルサ育休」に突入した。

最近またサルサ場に復活し、
カリベ時代の顔見知りに
「王子様」の行方を尋ねてまわっても
残念ながら、その後の彼を知る者はなかった。

そうだよね、もう10年だもの。
もう踊っていないかもしれないし
サルサ以外のダンスに転身する人もいる。
10年のうちに、家族ができたり
どこか遠くに引っ越しをしたりと、
ライフステージが変わる人だって多い。

そんな感じで、
心の片隅に小さく引っかかりつつ
すでに淡い「思い出」として、
アルバムに閉じこんだままにしていた。

それが!
この連休中にふと
近所のダンススタジオで開催されたサルサイベントに出かけてみたら
まさか、まさかの「王子様」が現れたではないか。

十数年ぶりでも一目で「王子様」とわかり
途端にわたしはスタジオの端っこの方で
小さくなって彼を観察した。

20代の頃は彼の近くでこれ見よがしにうろうろしたのに
なぜこのとき、遠いところに隠れようとしたのかはわからない。
毎週のように「王子様」を見かけていた当時と違い
十数年分の心理的距離があったのは間違いないし
でもどこかで、今日もし誘ってもらえなかったら、
イベント終了前に自分から勇気を振り絞って、
声をかけてみようと決意はした。

というわけで
見るとはなしに、いや
ものすごい集中力で彼に全神経を集中しながら
数曲を他の男性と踊った。
(このとき踊ってくださった殿方たち、ごめんなさい!)
と、曲の合間にちょっと離れたところから
つかつかと彼が近づいてくる。

あるあるなのは、
わたしを通り過ぎて後ろの誰かを誘うトラップ。

なので、正面から近づいてくる「王子様」にドキドキしつつも
平静を保とうとしていた。
「踊っていただけますか」
なんと彼が声をかけ、手を差し出したのは



わたしにだった。

きゃーーーーーーー!
十数年、この日を夢見てきたのに
いざ、踊っていただけるとなると
すっかり緊張してしまい、
一度など勢い余って彼に追突してしまった。


それでも。

それでもこうして十数年を経て、
王子様に踊っていただく
それもあちらから誘っていただく、なんて
ほんとうに長いこと、踊り続けてきてよかったと思ったよ。

いや、踊り続けてきたのは
ただ好きだったからで
なんの努力もないのだけれど。

でもこうして
神さまはちゃーんとわたしの願い事を覚えていて
叶えてくれるんだということは
すごく嬉しいことだったし、
憂鬱な休み明けの暗くて寒い大雨の月曜日でさえ
この出来事を思い出すだけで
勇気が出るのだ。

宇宙の片隅で つぶやき合う永遠は
幻だと 知っていても

最近、ときめいた出来事はありますか?
(ノートや手帳の端で構いません
ひとこと書き留めておきましょう)


朝陽の中で微笑んで
作詞:荒井由実
作曲:荒井由実

『14番目の月』 1976/11/20

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