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MM

この物語はフィクションです。実在の人物、団体等には一切関係ありません。


嫌な音がする。すぐそこの路地。人を殴っている音だ。
隣を歩くユークがにこりと笑う。
「見に行く?」
ユークは言って、足を止める。
「そう言われちゃったしね。ちょっと待ってて」
持っていた荷物を預け、音がした路地の方へ向かう事にする。多分来た道にあったカフェにでも入るつもりだろう。


例の路地に入る。何か起きている時特有の湿った空気に、殴打の音がする。はい、暴行罪。というわけで現行犯逮捕……とまでは行かなくても助けてやるべきだろう。暴力に晒されるのは悪い事をした奴だけでいい。
「やぁ、何をしてるんだ?」
「っうっせーな!誰だあんた!」
「邪魔すんじゃねぇよ、いい所なんだからさぁ……殺っちまうか」
路地の一番奥では若い男が震えていた。ヤツカと同い年ぐらいだろうか。穏便に済ませてやるつもりではあったが、そうもいかなくなりそうな気配。
「ここがそういう暴力を奮っていい場所じゃないのはわかってるんだろ?……理由があれば、聞くけど」
「理由ゥ?ンなもん聞くなんて随分余裕じゃねぇか!」
2人組が大ぶりのナイフを取り出す。人に刃物を向けるな、とは教わらなかったらしい。何かがキマッてるみたいな動きをしていた。どこか焦点が定まらない目をした男が俺に向かってくる。単調で大振りな動き。一撃目を避ける。狭い路地では逃げ場が少ないけど、逆に言えば相手の動きも制限される、ということだ。いなした男の腕を掴み、ナイフは奪う。奥にいる被害者くんには早く逃げろと言ってやりたいが、通路をほぼ塞いでしまっているのでそうもいかない。
「……なにキメてるのか、教えてくれないかな」
後ろ手に固めるついでに肩は外しておく。ボコ、と鈍い音がするがまぁ、命に関わるようなことではない。呻く男①を足元に転がして、残りに向き合う。


あと一人残った男②はまだ冷静なようで、こちらに向かってくる様子はない。
「あー……お仲間、いいの?俺としてはさっさとどこかに行ってもらえる方がありがたいけど、どう?」
「オナカマァ?そんなんじゃねーよ」
「あぁ、じゃあ、友達。」
男②が尻ポケットに手を伸ばす。奥の青年が、「逃げて!」と叫んだ。男②が取り出したのがオートマチック拳銃……トカレフだったからだろう。
「むやみに銃を向けるなって、お母さんかお父さんに教わらなかったのか?」
銃を撃つのには何ステップか動作が必要だ。銃を抜く、構える、狙いを定めて撃鉄を下ろして……慣れてない、ついでに少なからずテンパった人間にはハードルが高いだろう予備動作。躊躇わずに近付き、手首を握る。
「っ……!いってぇな……っ!」
「そこの子にもっと痛いことしてたのは君だろ?この程度で文句を言うのはよくないなッ」
手首を掴んだまま、足を払う。格闘技の動きを習っておいてよかった。石畳の地面に叩きつけられるのはさぞ痛いだろう。かしゃん、と銃が地面を転がる。黒光りするトカレフ。安く買える場所でもあるのだろうか。
「なんっ……なんだよてめぇは」
「そこら辺の一般人。で、さっきの質問に戻るけど……何キメてるんだ?」
「アンタに、は……関係ねぇだろ!」
「なるほど。じゃあいいよ、勝手に漁らせてもらう。あのトカレフの入手経路も教えて欲しいけど……失礼」
肺の辺りを思い切り踏みこむ。肋がちょっと折れたっぽい音がしたが、死にはしないだろう。多分。
立ち上がっていれば首に一撃で沈ませてやったが、地面にのたうち回っているので仕方がない。カハ、と息を漏らした後で男②が沈黙する。
ポケットを勝手に漁り、目当てのものを見つける。透明の袋に入ったキノコと、薬のパッケージ。

「あ、あのっ……その、助けて頂いて……?ありがとう、ございますっ……!」
声をかけてきたのは奥で震えていた被害者くんだった。
「あぁ、大丈夫?立ち上がれるかな」
「エッ……あ、大丈夫ですっ!おれっ……その、」
まだ足は震えているように見えたが、被害者くんは一人で立ち上がる。少しばかり顔が腫れてはいるみたいだが、時間経過が解決するだろう。キノコと薬とその他諸々について聞きたいところではあるが、何かを知っていそうな気配もない。単に運が悪く絡まれてしまった、というくらいだろう。
「腫れちゃってるしはやく病院に行った方がいい。このことは他言無用でお願いしたいけど」
「もちろんですっ、誰にも、言わないです!てか……言えないっスよ……」
「はは、確かに。これに懲りたら気をつけなよ、路地には入り込まないように」
はい、はい、と一応返事を返してくれた被害者くんがバタバタと走り去る。可哀想な事をしてしまったかもしれないが、仕方ない。ついでにトカレフも回収しておく。こんなものを往来に放置しておく訳にもいかない。

押収したブツをコートのポケットにしまい、路地を出る。さて、どこのカフェにいるだろう。携帯も預けた荷物の中だった。来た道を戻ってみると、テラス席があるカフェにユークは座っていた。俺を見つけたようで、ひらりと手を振っている。
「こっちだよザクセン、お疲れ様」
「あぁ、うん。おつかれ」
「アイスコーヒーでいいでしょ?」
「頼んでくれたのか」
テーブルの上には、アイスコーヒーが入ったグラスがあった。氷も溶けていない。ついさっき届いたみたいな。
「そろそろかなーって思ったから」
「実は……エスパーかなにかだったり?」
「そうだよ?隠してたけどね」
「冗談に聞こえないなぁ……で、これ」
先程回収した小さな袋と、錠剤を渡す。トカレフはこっち、薬物はそっち。わかりやすい役割分担だ。
「ん……マジックマッシュルームと……睡眠薬だね。飲んだら帰ろう」
「ここで話せるようなモノでもないか」
「うん」
少し他愛もない話をして、カフェを出る。予め払っておいてくれてたみたいで、店員はありがとうございましたー、と気の抜けた挨拶をした。


ここから事務所までなら、そんなに遠くはない。毒にも薬にもならない話をしていればすぐの距離だった。
事務所につくと、ユークはスタスタとキッチンに向かい、透明のグラスに水を入れて談話室に戻ってきた。この前買っていたロブマイヤーのゴブレット。水を飲むのかと思ったけどそうでもないらしい。帰ってきた流れでいつものソファを陣取ると、先程渡した錠剤を躊躇い無く水の中に落とす。小さな錠剤が水に溶けると、鮮やかな青色に染まった。俺も正面に腰掛け、その様子を観察させてもらう。
「綺麗だね」
「うん、これ俺が関わったものだからね」
「なんだ……そうだったのか」
「……嫌だなー、なんか変な事に使われてたりしたら」
「睡眠薬って青くなるんだね」
「水分に触れると青くなる。お酒に混ぜたりして……婦女暴行とかに使われないように」
「そういうことか」
「飲んだらよく眠れるよ?いる?」
「そのグラスじゃなかったら受け取ってた」
「なにそれ」
「……もうひとつは?」
話を無理やり切り上げて、次を促す。ユークは何も入らなそうな鞄からカフェで先程俺が渡した小袋を取り出す。あぁいう鞄には何を入れるんだろうか。少なくとも今出てきたものではないことは確かだ。
「あぁ……つまりは幻覚剤の一種。より魔術的でサイケな幻覚を見れるらしいけど……昔のシャーマンとかはこういうものを用いてたとかなんとか。まぁ違法だね」
テーブルの上を滑らせ、マジックマッシュルームを寄越してくる。あっちに行ったりこっちに来たり、このキノコ達も忙しない。
「どこからこんなモノが入ってきたんだろうな」
「さぁ……どんなに取り締まっても、入ってくるものはあるよ。麻薬だって上手く使えれば薬になった」
「使い方次第ってやつか……でも、俺達が頭上に抱く麒麟殿はこういうものを許さないだろうしなぁ……ジェイドには?」
「いらないんじゃない?」
「同感。じゃあ……そういう事で。ディナーは何がいい?」
聞いてみると、少し悩んだ素振りを見せたあと、ユークは言った。
「んー……キノコのソテーとか食べたいかな」
「了解。そいつも入れてみる?」
「多分美味しくないと思うなー」
その日のディナーには前菜替わりにキノコのソテーを出した。メインは鮭のムニエル。ついでにキノコも添えて。そういえばあの睡眠薬が溶けた青い液体はいつの間にか消えていたが、誰か飲んでしまったんだろうか。そういえばジェイドがまたいつものソファで寝ていたしグラスは空だったけど、実はなにか関係があったりするのかもしれない。


キノコ尽くしのディナーを出したところ、魄さんは「俺はマツタケがいいねェ、土瓶蒸しとか炊き込みご飯にしてよォ」と呟いていて、ヤツカは「俺はたけのこ派ですね」と言っていた。
………
……

この物語はフィクションです。実在の人物、団体等には一切関係ありません。

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