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41年の歩み・ライブの普遍性 〜竹内まりや『souvenir the movie 〜MARIYA TAKEUCHI Theater Live〜 Special Edition』より〜

この日、私はラジオを聴いていた。
夏場の恒例行事だった。
日曜の午後のひと時、radikoから聞こえる軽快なトークにひとつ笑いながら、流れる音楽に身を委ねていた。

そんなとき、女性の声からとんでもない一言が発せられた。その言葉に、私は腰を抜かしてしまった。

「映像作品を出します」

その一言に、震えてしまった。

こんなことを書いて、このことを書くのはおかしいことだが、私は普段、あまりDVDを買わない。

その理由は、DVDの場合はテレビに繋いで観ない限り、大抵はディスクが手元にないと楽しめないことにある。私にとって、音楽的なことを楽しむ場合、WALKMANやサブスクでイヤホンから聴くことがほとんどである。移動中や作業中に流したり、時たましっかり聴くことの中で、音を謳歌する時間が流れてる。その場合、プレイヤーにCDから音源を取り込めば、手元にCDが無くても、数百キロ離れた場所でもそれさえあればいつだって楽しむことができる。

故に、DVDを意識して買おうということは、自分の中で滅多にあることではなかった。今時、プレイパスで楽しめたりするけど、スマホの容量を気にして素直に楽しめたことがなかった。

しかし、この映像作品の話を聴いた時、衝撃とともに「これは買わなければならない!」という使命感に駆られた。何故なら、この人が映像作品を出すということ自体、日本の音楽史における大事件そのものであるからだ。

2019年・竹内まりや 40周年イヤー

その人は誰かというと、シンガーソングライターの竹内まりやだ。
2019年、彼女はデビュー40周年を迎えた。

彼女の2019年の活動は、近年稀にみるほどの活躍をしていた印象を覚える。特に、テレビ出演が活発だったことは、その活動の最たる例だったはずだ。11年ぶりの地上波出演となったNHK総合「竹内まりや Music&Life ~40年をめぐる旅~」(2019年3月26日放送)では、38年ぶりとなるTVスタジオでの歌唱シーンが織り込まれるなど、彼女の歌と歩み・その40周年を多くの人に届ける大きな機会となった。

また、9月に発売された特別アルバム『Turntable』や新曲『旅のつづき』など、新たな音楽制作にも精力的に取り組んだ。年末に初出場した「第71回NHK紅白歌合戦」(NHK総合 2019年12月31日放送)では、2009年に発表した『いのちの歌』を披露し、大きな反響を集めた。

そんな彼女の2020年は、ライブから始まろうとしていた。昨年リリースのアルバム『Turntable』の購入者限定のプレミアムライブ「LIVE Turntable」が、2020年4月に東京・大阪のライブハウス2会場で開催を予定されていた。

個人的な話をして申し訳ないのだが、私はこのライブの大阪・Zepp Namba公演のチケットをこのことで、入手していた。手元に、そのチケットが今でもある。予定だったら、J列(10列目)の右側あたりで人生で初めて竹内まりやを目撃していたはずだった。旦那さんである山下達郎のライブは、過去に2回観に行っていた中で、いつかはまりやさんのライブを観に行ってみたいな…と淡い願望を抱くようになっていた。
そんな願望が、叶おうとした瞬間だった。

しかし、4月からの緊急事態宣言・イベント開催制限によって、そのライブは中止となってしまった。

緊急事態宣言・音楽がもたらす発見

4月から5月、街から人が消えた。
このことは、同時に街から賑わいが消えたことでもあった。沢山のライブ・演劇が中止・延期となり、公開予定だった映画は上映延期が決定するくらい、この時期にカルチャーは、報道で飲食業の苦悩が伝わった数と同じ、またはそれ以上に大きな損害を受けた。

まりやさんのライブの中止が決まったことと同じように、達郎さんのライブも中止が決まってしまった。4月からライブハウスでのアコースティックライブツアーが決まっていた達郎さんは、この時期、自宅からレギュラー番組「山下達郎のサンデーソングブック」(JFM系列 日曜14:00-14:54放送)を制作、放送を行い、リスナーからのリクエストで過去のライブ音源を3ヶ月以上かけて放送した。

この時期、芸術の必要性を実感する機会が多くの人にあったように思う。必要最小限を求められ、衣食住を中心とした生活を多くの人が強いられていたように思うのだが、そこで身体的な生活の充足は叶うのだが、心の面の充足が叶わない人は数多く居たように思える。

そこを支える存在として、芸術があった。
特に、音楽が心にもたらす大きな影響は計り知れなかった。ラジオ番組「山下達郎のサンデーソングブック」に寄せられたリスナーからの声には、自らの生活の中で音楽に支えられ日々頑張る声が多く届いていた。
いつのオンエアかは記憶が定かでないのが、読んでる方に正確な情報として伝わらないのが申し訳ないが、医療に携わる方からの声の後に流れた『希望という名の光(Acoustic Live ver.)』は、放送を聴いていて涙を流すほど感動した記憶がある。

そんな山下達郎は、2020年7月30日に初のライブ配信「TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING」を開催した。2018年に京都・拾得で行われたアコースティックライブと2017年に出演した「氣志團万博2017」のライブシーンを中心に構成された配信プログラムは、Twitterにトレンド入りする程の大反響を呼んだ。

同じ頃、奥さんの竹内まりやはある決断をした。それは、昨年公開された映画のパッケージ化というものだ。それはつまり、彼女のキャリアで初の映像作品をリリースするということだった。

竹内まりや 3回限りの伝説のライブ

その映画とは、2018年11月に2週間限定で公開されていたプログラム『souvenir the movie 〜MARIYA TAKEUCHI Theater Live〜』というもの。

この映画は、2000年に18年ぶりのライブとして、東京・大阪で開催された「souvenir 2000」と2010年の「souvenir again 2010」、2014年に33年ぶりに開催された全国ツアー「souvenir 2014」の3回のライブと本人へのインタビューを軸に構成された作品だ。

その中でも、2000年の「souvenir 2000」は結婚後メディアにほとんど出なかったまりやさんにとって初のライブであり、アルバム『VARIETY』以降の名曲が初めてファンの前で生で届けられる貴重な機会として、大きな注目を集めた。そんなプレミアムなライブだったことから、このことは伝説と語り継がれている。

この日の模様は、のちにライブアルバムとして「souvenir 〜Mariya Takeuchi Live〜」として、2000年11月に発売された。しかし、その日のライブ映像は長い間日の目を見ることはなかった。アルバムの初回特典として、一部の楽曲が商品化されることはあっても、その全容を目の当たりにすることは、長いこと叶わなかった。

そんなこの映画は、彼女のキャリア40周年を記念して作られたものだった。それと同時に、滅多にライブを開催しない彼女なりのファンへのお詫びも感謝の気持ちを込めたものが、この作品を作った理由だった。

そんな作品の映像化を望む声は多かった。
それは、近くに上映してくれる映画館が無くて観に行けなかった人や映像ソフトとしてまた観たいという声が集まったものだった。

その声に耳を傾けるうちに、自らが映像作品のリリースを拒み続けていることに疑問を抱く様になったと本人は語っている。しかし、その作品の中には、映像出演を嫌う旦那・山下達郎の姿も映っていた。そこで本人に伺うと「いいよ」という声が帰ってきた。

ありがたいことに「souvenir the movie」の劇場上映が好評で、上映期間を延長したりもしたんですけど、「自分の街には映画館がなくて観られなかった」「達郎さんがライブ映像をパッケージで出さないことはわかっているけれど、まりやさんのほうはせめて出してもらえませんか?」という声が「サンソン」(JFN系列で放送されているラジオ番組「山下達郎のサンデー・ソングブック」)にたくさん届いて。とは言え、私のバックバンドには達郎がいるし歌も歌っているので、ソフト化するには達郎の許可がないといけないなと思って本人に聞いたんですよ。そしたら「自分はメインではなくバックバンドなんだからいいよ」と。コロナ禍でライブも開催できないし、ファンの皆さんはきっと家でNetflixを観たりしているわけでしょう。だったら「souvenir the movie」が家で観られたらいいんじゃないかと、コロナによる自粛がパッケージ化を後押ししてくれた部分も大いにあります。
(音楽ナタリー『竹内まりや「souvenir the movie 〜MARIYA TAKEUCHI Theater Live〜 Special Edition」インタビュー』より抜粋)

これが、彼女の中でパッケージ化を後押しする理由となった。そうして出されたものが、このDVD/Blu-Rayだった。

『souvenir the movie 〜MARIYA TAKEUCHI Theater Live〜 Special Edition』について

この映像作品は、上記の映画に加え、映画には収録されなかったライブ映像と過去に制作されたMVを全作品収録した特別パッケージ。
まさに、映像盤ベストアルバム『Expressions』だ。

彼女の活動の中で、貴重なライブ映像が、惜しみなく収録されている。このライブでサポートとして演奏しているのは、普段は山下達郎の全国ツアーで演奏しているバンドメンバーであることから、彼らの国宝級の音・生のグルーヴを目の当たりにできる。

特に、「souvenir 2000」で観られる今は亡きドラマー・青山純のプレイは見逃せないシーンのひとつだ。彼だけで無く、ベース・伊藤広規やピアノ・難波弘之、ギター・佐橋佳幸などのバンドメンバーのプレイや表情は、曲を彩る重要なピースである。見逃せない部分が数多くあるのだ。

このメンバーのプレイの中で個人的に好きなものは、特典映像より『マンハッタン・キス』でのサックス・土岐英史のソロである。曲の切なさと世界観を彩る重要なシーンであり、曲の泣きのポイントのひとつなのだ。この音を聴くたびに、感動で毎回震えてしまうのだ。

楽曲もすごい場面がたくさん出てくる。
特に、「souvenir 2000」での『プラスティック・ラブ』の様子は、伝説のライブシーンとして語り継がれている。達郎さんのコーラスがまりやさんの歌声を超えてしまうほどの掛け合いは、このライブのハイライトとして映されている。

また、この映画で初めて解禁された「souvenir again 2010」から『マージービートで歌わせて』や「souvenir 2014」からの『静かな伝説(レジェンド)』の映像など、見所は数え切れない。

そして何より、この映像の貴重なシーンといえば、動く山下達郎を(合法的に)堪能できるということだ。映像作品のリリースを頑なにしない彼が歌ったりギターを演奏したり、歩いたりとその動く貴重な姿を今手元で堪能できる唯一のソフトがこの作品だ。

この作品がリリースされたこと、音楽的な濃さやその貴重さを並べても、このことが事件であることは間違いない。いや、音楽史に残るライブマスターピースとは、これのことかもしれない。そんな、貴重な作品なのだ。

曲の普遍性・色褪せない魅力

この一枚を観ていると、とんでもないほど彼女の歌は普遍的で、今でも色褪せない力強さを持っていることを感じることができる。

その要因とは何なのか?
その理由を、旦那であり竹内まりやのプロデューサーを務める山下達郎は、この様に語っている。

竹内まりやが、40年間続けてきた音楽スタイルはどなたにでも受け入れていただける、いわゆるミドル・オブ・ザ・ロード・ミュージックです。ですがそんな中でも、時代のトレンドには媚びず、追随せず、その先の普遍性というものを常に模索してまいりましたので、30年前の作品でもそれほど古びては聴こえません。(中略) 何より全ての作品に通底しているのが人間存在に対する強い肯定感です。この考え方が浮き沈みの激しい音楽シーンの中で長く受け入れられてきた最も大きな要素であると私は考えております
NHK総合「竹内まりや Music&Life ~40年をめぐる旅~」(2019年3月26日放送) より

また、この映画の中でも、山下達郎は彼女の音楽活動に関して、こんな意見を話している。

時代の幸運、シンガーソングライターというよりは、むしろ作家的な要素が非常に強かったということ、音楽的に恵まれた家庭環境、留学経験、そして何よりも人間存在に対する常にポジティブな視点からの作風と、色々要因は挙げられるでしょう。でも、彼女がこれだけ特殊なスタンスにも関わらず、40年もの長い間活動を続けることが可能だったことについて、私はそこにある重要な資産が隠されているように思えます。それは、音楽を作るということ、表現するということと音楽を商品として消費すること、所謂ショービジネスですね。その間には明確な、ある隔たりがあるのではないか、ということです。音楽はあくまで音楽でしかない。商品である前に何よりもまず音楽そのものの価値を常に問い続けないといけないという、まぁごく当たり前の、しかし現実的には難しい問題の重要性を彼女の40年間が意味直も証明する結果となっていると思います
(映画『souvenir the movie 〜MARIYA TAKEUCHI Theater Live〜』より抜粋)

この音楽に対する考え方やショービジネスという主義の中での、音楽そのものの追求が、彼女の音楽を特殊なものとして、普遍性を纏わせたのではないかと思う。

この達郎さんのインタビューにある「人間存在に対するポジティブな視点からの作風」という言葉には、彼女の音楽への思いやスタンスが込められているように思える。昨年放送されたNHKの音楽番組へのインタビューで、本人はこのようなことを語っている。

河口奈保子『けんかをやめて』に対して
奈保子ちゃん、今までハツラツ系の元気な曲だったんだけど、ちょっとしっとりした曲を歌ってみても面白いんじゃないかなと思って、ロッカバラードの『けんかをやめて』を提供しました。
NHK総合「竹内まりや Music&Life ~40年をめぐる旅~」(2019年3月26日放送) より

このように、人に対する面白さや作家的な視点から見た音楽が、彼女の音をより幅広く、豊かなものにしていったと言えるはずだ。そして、実直に音楽に向き合い、探求してきた中で、音楽に纏ったモノこそ、普遍性というものだった。彼女の持つ考え方や姿勢によって、竹内まりやは数多くの名曲を生み出してきたのだ。

ライブが素敵と言える理由

竹内まりやは、結婚後の音楽人生のほとんどをスタジオでの音楽制作で向き合っていた。そもそも、本人が様々なインタビューで語るように、山下達郎の音楽活動に支障をきたさない中で、自らの音楽活動を続けていくということが、彼女の音楽人生であり、やり方だった。

その中で、彼女は2000年以降、3回のライブを敢行した。正確なことを言えば、ミニライブやファンミーティング、山下達郎のライブへの参加などで、自らマイクを手にすることは何度かあったのだが、「竹内まりやのライブ」と銘打って、大々的に行ったものは、2020年現在では2000年、2010年、2014年の3回だけだ。

そして、このライブで彼女の曲を聴いていると、その音楽・歌声とともに、聴いている人それぞれの中に自らの思い出が浮かんで、それとともに音楽が会場内の人々を映し出している景色が見えてくる。

ライブの良さって、その場で同じ空間を共有することや、手拍子や手を挙げて盛り上がることにあるのは間違いないのだが、もっと奥深い話として、音楽がその人の人生を映し出し、共鳴することにあるのではないかと思う。

例えば、とあるバラードが悲しいときに寄り添ってくれたとか、ロックが勝負時に奮い立たせてくれたとか、そんな音楽が人の気持ちや生きる中の場面のサウンドトラックになって、その人を彩ってくれる。そんな曲が、ライブの中で歌われて、聴いている人の中でその思い出とともに時間が映し出される。その稀有な体験が、ライブの中にある素敵さなのではないかと、私は思っている。

彼女の場合、そんな要素がとても色濃く映し出されるのではなかろうか?そういう思い出って、事後報告的で後付けな側面を持っている。例えば、ライブで聴いて「なんかいいな」と思った曲が、その後の生活の中で共鳴して、誰かの中の思い出になることは、ライブがよくある世界の中ではあり得る話だ。

しかし、彼女の場合は、そもそもライブをしてこなかったことから、観客として観に来ている人たちの中に「竹内まりやの音楽と私の人生の繋がり」という景色が、胸の中に存在している。その胸の中の輝きが、ライブの中で光る。それを、ライブの中で聞こえる手拍子や客席の揺れている姿から感じるわけだ。

今の時代、観客の動員制限をしながらライブを開催する人たちが少しずつ出て来ている中で、その思い出と音楽の共鳴が起こる機会って、少なくなっているような気がしている。ライブのない中で、音楽はたくさん生まれていく。そして、いつかライブの中でその音楽と聴いていたころの自らが重なったときに、今までの人生と現在がちょっとでも素敵と思える時間がやってくるのかもしれない。

そんな景色を見てみたい。
そして、その共鳴は、音楽が存在し続ける限り、続いていってほしいなと思う。故に、ライブは無くなってはならない。素敵な、人生の華が照らされる場所だから。

このDVDの中で、それを強く感じたのは、竹内まりやの音楽が、ライブがそんな瞬間を写し取ったからであると同時に、距離を取らなければならないこの時代だからその瞬間が愛おしく思えたこと、また会える日が来るようにと願う思いから見た景色だったのだと思う。

最後に...

2021年、竹内まりやは7年ぶりとなる全国ツアーの開催を発表した。

「souvenir 2021 mariya takeuchi live」と題されたツアーは、来年4月から7会場13公演を予定している。その中では、彼女にとってライブ初開催となる横浜・ぴあアリーナMMや久々の名古屋での公演も控えている。

行けたらいいな。
なんせ、一度叶いそうで無くなってしまった幻のチケットを取った人間からしたら、その音を、歌を生で聴かなきゃ、やりきれない気持ちでいっぱいだから。そんなことを、そのニュースを知ったときに、考えていた。

来年、その素敵な時間がやってくる。
そんな未来に、胸をときめかせるこの頃です。

#Shiba的音楽レコメンド Vol.29 でした!
久々のDVDのレコメンド、いかがだったでしょうか? しっかり観ながら、振り返りながらこのことをまとめるのも、面白いことです。

年内、もしかしたらまだDVDが何本か??
そこは、この辺で留めることにしましょう。

毎度、最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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