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Mr.タスク

※ネタバレあります

Mr.タスクを観た。
最高のサイコスリラーだった。

あらすじ

ポッドキャストを運営するウォレス・ブライトンは、取材でカナダを訪る。取材でカナダを訪れる。とあるバーに立ち寄ったとき、航海の話を聞いて欲しいという元船乗りの老人がいることを知り、彼の家を訪ねることに。老人はハワード・ハウと名乗り、手厚いもてなしを受けるウォレス。
ハワードが体験した壮絶な航海の話を聞きながら紅茶に手を伸ばすが、それには睡眠薬が含まれていて、たちまち気を失ってしまう。目が覚めると車椅子に縛り付けられており、さらに足の感覚もなく、パニックになるウォレス。ハワードは「これから君はセイウチになるんだ。“Mr.タスク(キバさん)”」と告げる。連絡が途絶えたウォレスを心配して友人のテディと恋人のアリーはある人物と協力し、彼の追跡を始めるー。)

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サイコスリラーは高校から好きで「プライムビデオ」でよく観てた。それでもこんなに最高なのは初めてだ!『ミッドサマー』『プラットフォーム』『シャイニング』これらとは全く別の恐怖を描いた映画だった。

【以下ネタバレ】

序盤ではポッドキャストのネタのためにパブで見つけたチラシを元にハワードに会いに行くウォレスの"何かが起こりそう"と思わせる描写が小気味いいほど怪しく、自分の中の根本的恐怖に迫るハワードの昔話の語り口調は、カナダの僻地の誰もいなくても幽閉されそうな不気味で巨大な屋敷にしんと溶け込み、夜中の2時に観るにはすでに恐ろしかった。

中盤、足を切られたウォレスは絶望の悲鳴を上げる。そしてハワードが発狂し、俺はすでにロシアの海を屋敷の中に見た。狂ってるってこのジジイ。怖すぎるだろ!って思った。何がどうして「ドクイトグモ」だとか実は歩けるとか嘘ついてまでハワードをセイウチにさせるんだ。イカれてる。「人間はセイウチ」???
なにいってんだコイツ!なんのメタファーかも全然わからなかった。自分がセイウチの逆説的な表現で人間はセイウチと言ってる精神異常者じゃないか!

終盤、ハワードの過去を知る。ハワードは虐待を受け続け、病み、ウォレスを言葉の通りセイウチにしてしまった。人皮で作られたセイウチスーツに手足はいらない。もちろんぶった斬られた。そしてハワードはその助けられたセイウチを食って生き延びたという事実を知る。人の残酷さはハワードにあるのか、それとも社会か。それとも「人」自体にあるのか。そんなことを考える終盤だった。
しかし、ウォレスは自分にくっつけられた牙を使い、最終的にセイウチスーツを破り人間となって戦ったハワードを殺したのは最高に良かったね。なにを言ってるかわからないならほんへを見れよ。

[人間の本質]

この映画のテーマは人間の本質なのではないかと思う。序盤からネタを掴みに足を切った少年を訪問するウォレス。虐待された自分から逃げるために海に出たが、漂流した時に助けられたセイウチを食ってしまったハワード。しかしまたそれを受け入れられずMr.タスクを作ろうとする欲深いハワード。ウォレスの助けに目を背けたアリーとテディ。それぞれ七つの大罪に当てはまんじゃねぇかってくらい残酷さを持ち合わせていた。このストーリーを辿ると人間は残酷であるというのが監督の伝えたい人間の本質ではないか。しかし、アリーの最後の言葉はこのストーリーを完結させる。「泣くのもいい」「それが人間と動物の違い」であると。

人間は残酷さを持ち合わせ、気まぐれの優しさも持つ。その気まぐれは残酷だと思うかもしれないがされた側の当人にとっては優しさである。
人間の本質とは何か。この映画は最後に視聴者に哲学的な問いを投げかける。ぜひ視聴者自身が納得できるそれぞれの答えを出すといいかもしれない。

唐突にここは考察だが、つまり、人間はお互いのコミュニケーションによってそれぞれの本質を認識する。しかしハワードは虐待によってコミュニケーションを失い、死んだセイウチとの生活でセイウチに話しかけることでコミュニケーションが取れていたと錯覚していたのではないだろうか。
俺が映画ひとつ見て考えられる考察なんてこれくらいだ。飛ばしてくれてもいい。


ここまで見たあとの熱を持って書き上げることができた。もう飽きたので寝るとする。
見た諸君はぜひ人間の本質について考えてほしい。そんで俺と紅茶でもシバきながらそれについて語ろう。ブランデー漬けのやつね。

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