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【AZアーカイブ】新約・使い魔くん千年王国 幕間3 英雄ギーシュ

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「ふうーッ……もうじき、降臨祭か……」

グラモン元帥の四男ギーシュ・ド・グラモンは、士官用宿舎の窓辺で、溜息をひとつついた。

ここはアルビオン大陸南部、古都シティ・オブ・サウスゴータ。人口四万を数えるアルビオン有数の大都市で、サウスゴータ地方の中心都市でもある。先日連合軍によってクロムウェルの共和制政府より解放され、始祖降臨祭の準備で賑わっている。その戦いでは、このギーシュも活躍したのだった。彼は戦闘の様子を回想する……。

✡✡✡

この都市は、始祖ブリミルが最初にアルビオンへ降臨した場所であり、小高い丘の上を利用して建設されている。円形の城壁と五芒星形の大通りを有し、観光名所としても知られている歴史ある街だ。連合軍が上陸したロサイス港と、首都ロンディニウムを繋ぐ街道の中間点にあり、古来交通の要衝として栄えてきた。ここを抜けば、アルビオンの南部を制したに等しい。

連合軍6万人の軍需物資は、豊富とは言えせいぜい6週間分。最初から長期戦は不可能な話であり、短期決戦で一気に首都を攻略する腹積もりであった。それに一年の初めに当たる始祖降臨祭、ヤラの月の初日から10日間は、宗教上休戦せねばならない。ゆえに、このウィンの月いっぱいで戦争にメドをつけねばならないのだ。しかし、ロサイスに上陸してから10日あまり。総司令官ド・ポワチエ将軍は、軍議を続けていた。

「かなり警戒しておりましたが、激しい抵抗はあれっきりですな。時間と兵糧を無駄にしてしまいました。ロンディニウムに籠った敵は、まだ動きません。籠城戦の構えかと」
「ふむ、しかし我が方もアルビオンの南部全域を抑えれば、どうにか補給はできよう。ロサイスの戦いで敵艦隊に大被害を与え、空は制した。ひとまずこの都市を攻略する事に全力を注ぐのだ。ウィンプフェン参謀総長、周辺の鎮撫は進んでおるかな?」

「ええ、地域住民は連合軍の味方です。クロムウェルたちは無理な清貧を民に強制し、蛮族や亜人を派遣して食料を略奪させたようです。民心はすでに、敵側から離れているのが実情ですな」
「よおし、明後日より攻撃を開始するぞ! 艦砲射撃で大砲と城門・城壁を崩しておけ! 一番に突入した部隊には、立派な勲章を授与してやる!!」

かくして、上陸から15日目。ようやくシティ・オブ・サウスゴータ攻撃が開始されたのである。

その頃、シティ・オブ・サウスゴータでは、亜人どもによる略奪と破壊の限りが尽くされていた。アルビオンの北部、ハイランド(高地)地方に棲むオーク・オグル・トロルといった鬼たちだ。巨体怪力で山のように食物を喰らい、棍棒で人間を叩き殺すのが趣味という物騒な奴らである。そしてシティの中心部、市議会庁舎には、さらに異様な存在が二体いた。

青く輝くヒトデのような怪物は、ソロモンの72の霊の一柱、五芒星の侯爵デカラビア。獅子の頭から五本の山羊の脚が突き出た怪物は、同じく星辰の総統ブエル。共に医術や秘薬の知識に詳しく、多くの使い魔を操る魔神だが、彼ら自身にさして戦闘力はない。亜人の多い占領軍を抑えるための雑魚悪魔である。

「ああ、この都市は霊脈がよく通っていて、心地よいのう。わざわざ五芒星の結界まで張ってあるし」「ほんにのう。まぁ、まずは人間どもをこの街に引き入れて、エサにしちゃろうぞ」「亜人どもは血肉を食らうじゃろうが、わしらには魔力の高いメイジの霊魂がご馳走じゃ」「あやつらの死骸は秘薬の材料にもなるぞい。ひひひひひ」

城壁の外では、戦列艦による艦砲射撃が終わり、朝もやの中を兵士たちが突撃してくる。松下率いる千年王国軍団は、別働隊として市内上空を魔女のホウキに乗って飛び回る。彼らは魔法や銃弾を放ち、頭上から亜人どもを始末しているのだ。時々飛んでくるバリスタの巨大な矢は、メイジたちが協力して撃ち落す。

「……これは見事な五芒星の結界だな。うかつに踏み込むのはやばそうだ」
「伝説によれば、始祖ブリミル自らが設計したそうよ。本当かどうか知らないけど」

松下とルイズは、高みに立って地上を見下ろしていた。五芒星、ペンタグラムは明けの明星や霊魂、人体という霊的小宇宙を表す重要な図形だ。東洋では陰陽道において五行を表すシンボル、晴明桔梗紋(セーマン)として知られる。完全数たる四に一を足した、変化と転変の数。魔法学院の塔と同じく、四大系統と虚無を表すのだろうか。あるいは周囲の円形の城壁こそ、大いなるゼロ(0)を象徴するのかも知れない。

「一番槍に興味はないが、あの中心部に聳えるひときわ高い建物に、怪しい気配があるな。占い杖も反応している。青色と銀色のオーラが立ち昇っているのが見えるかな?」
「なんとなく、見えるわ。あれは確か市議会の庁舎だし、そいつらが亜人を指揮しているのかしら。そうね、頭を潰せば……でも、私は今、あんまり虚無の魔法が撃てないわよ」
「ふむ、偵察を出すか。どんな奴か分かれば、対策は立てられる」

メイジの一人が使い魔のカラスを飛ばし、庁舎内の偵察をした。やがて彼は、情報を松下に伝える。

「おっ、あれは第四使徒のギーシュじゃないか?」

ふと城壁の方を見やると、ギーシュ率いるグラモン中隊、総勢150名が突入を始めている。案外手際よく、20匹ほどのオーク鬼の集団を片付けていた。ギーシュの指揮が上手いというより、副官のニコラという軍曹が戦慣れしているお蔭だったが。やがて崩れた櫓の一つに、薔薇と豹をあしらったグラモン家の旗がひるがえった。

「へーえ、凄いわ! 一番槍じゃない! 私たちも負けていられないわ、手柄を立てなくちゃ」
「そうだなあ、ここはひとつ、彼と協力しようか。第二使徒シエスタよ、あの中隊に連絡してくれ。敵の大将は市議会の庁舎にいる、我々『千年王国』教団がご案内しよう、とね」
「分かりました、我らのメシヤ!」
「さあルイズ、ホウキ部隊を呼び集めよう。地上戦に移るぞ」

総勢1000名の千年王国軍団はグラモン隊と合流し、大通りを市議会庁舎に向かって進撃する。襲い来る亜人や敵兵を踏み潰し、大通りに面した建物を次々と制圧し、一同は聖歌を高らかに歌いながら行進する。市民は歓呼して解放軍を迎え、花を撒き散らした。

「こ、これが勝ち戦か! ぼかあ今、猛烈にカンゲキしている!」
「うはははは、初陣で幸先がいいですぜ、グラモン中隊長!」
「諸君、これは千年王国を築くための緒戦に過ぎない。共に団結し共に攻め、地上に天国を、万民に自由と平和をもたらそう!」
「はははは、何だか知らねえが景気がいいや、千年王国バンザーイ!」
「戦闘というより、凱旋式みたいね……気分がいいわ、みんなもっと歓声を!!」

群衆の多くの者は上着を道に敷き、他の者たちは葉のついた枝を野原から切って来て敷いた。そして、前に行くものも後に従うものも、共に叫び続けた。『ホサナ、主の御名によって来たる者に祝福あれ!今来たる我らが父祖、ダビデの国に祝福あれ!いと高き所に、ホサナ!』
―――イエスのイェルサレム入城:新約聖書『マルコによる福音書』第十一章より

ぶおおーーーーっ、という角笛の音が、市内に響き渡る。悪魔デカラビアとブエルの全身に悪寒が走った。

「な、何じゃ? このビビビと体に響く、いやな音は?」
「あ、あれじゃ! 来おったぞ、東方の神童が!」

松下は自ら嚠喨と角笛を吹き鳴らし、市内の住民に解放者の到来を告げていた。何万という大軍が続々と城壁を越えて攻め込むや、市民も隠し持っていた武器を手にして総決起し、連合軍と協力して亜人どもをそこかしこに追い詰め、掃討していく。市議会庁舎から見下ろすと、黒い大波が押し寄せてくるようだった。

「ははははは、これぞ『神の笛』だ! さあ市民諸君、暴虐を働いてきた敵兵をことごとく滅ぼし、この町を清めよう! 大いに叫べ、ハレルヤ、ホサナ!!」

「「HALLELUJAH!!HOSANNA!!」」(神様万歳!!救いたまえ!!)

「わしの家は叩き壊されたぞ!」「私の子供は食べられちゃったわ!」「俺の嫁は凌辱されちまった!」「メシもカネも略奪されたぞ!」「清めろ! 聖(きよ)めろ!!」「降臨祭の前の大掃除じゃあ!!」「打倒、クロムウェル政府!!」「打倒、共和制政府!!」「市議会庁舎へ向かえ! 占領軍の大将をぶっ殺せ!!」

まるでハーメルンの笛吹きのように、松下の後ろには市民や軍勢が続々と集まり、中心部を目指す。その数は130人ならぬ、数万人。松下はまた角笛を吹き鳴らし、士気を高める。

「あっぐ、苦しい!この音はたまらぬ、まるでソロモンの笛じゃ!」
「い、いかん、早く逃げ出さんと、リンチにかけられて嬲り殺されるぞ!」

そこで民は呼ばわり、祭司たちはラッパを吹き鳴らした。民はラッパの音を聞くと同時に、みな声をあげて呼ばわったので、石垣はみな崩れ落ちた。そこで民はみな、すぐに上って町に入り、町を攻め取った。そして町にあるものは、老若男女も牛も羊も驢馬も、ことごとく剣にかけて滅ぼした。
―――エリコの陥落と聖絶:旧約聖書『ヨシュア記』第六章より

「それ、市議会庁舎に攻め入れっ!!」

うわーーーっと目を血走らせた大群衆が攻め入ったから、たまらない。悪魔たちは空を飛んで逃げ出すが、どうしたことか庁舎の建物より高くは飛べず、城壁の外にも出られない。松下は慌てふためく悪魔を嘲笑い、ホウキで飛びあがって魔法の縄をかけ、降伏を勧告する。
「ははははは、結界をぼくが利用して、外へ出られないようにしたのだっ。この都市の住民は、みなぼくらの味方だからな。さあ観念しろ悪魔ども!」

「「お、お助けを、『悪魔くん』サマ!!」」
「サマはよけいだよ。どうせきみら悪魔は殺しても死なないんだし、ひとつ暴徒と化した民衆に嬲り殺されてくれないか? あれを抑えるにはそれしかないぜ」
「そりゃひどい! カミサマ、マツシタ様、お助け!」
「わ、わしらはあなたの手下になります! この都市もそっくり献上します! どうか民衆に執り成して、わしらばかりはお救いください!!」

『民の声は神の声』とは昔から言われているが、メシアに人民への執り成しを願った悪魔も、そうザラにはいないだろう。そこで松下はこう提案した。

「じゃあ、きみら自身の偶像をこしらえて、それを密かに身代わりにするんだな。そうしたらこの壷の中に大人しく封印されていたまえ。時が来たら出してやる」
「「は、はい! 東方の神童よ、感謝いたします!!」」

こうして、シティ・オブ・サウスゴータの攻略は、僅か1日で終了した。
悪魔どもが土の塵と藁でこしらえた生贄の偶像は、松下とギーシュによって破壊され、集まった民衆の前で灰になるまで焼き尽くされた。ド・ポワチエ将軍は彼らを英雄として賞賛し、多数の勲章を授与したのち、翌日シティの中央広場において、共和制政府からの解放を宣言したのであった。

「「連合軍、万歳!! 解放軍、万歳!!」」

集まった市民は、自由の回復を喜び、万歳をもってこれに応えた。

✡✡✡

「……と、早々に片がついたのはよかったが……随分のんびりしているなあ、連合軍は」ギーシュは、宿舎の窓から大通りを見下ろし、また呟く。

ここ、シティ・オブ・サウスゴータの解放が今月の半ば。しからばここに守備兵を5000も残し、全軍をもってロンディニウムを包囲するのが、常道であろう。ところが市内の食料庫や金庫はカラッポだった。やむなく連合軍は民心安定のため、食料などを市民に分配する。もともとギリギリだった兵糧は、これで半分に減った。破壊された建物の修復などもやらざるを得ない。ロンディニウムを包囲するには軍需物資がどうにも不足で、本国からの輸送を待つことになった。

そこへ、クロムウェル側から休戦の申し込みだ。期間は始祖降臨祭の終了まで。両軍とも体勢を立て直す必要があり、トリステイン・ゲルマニア両国政府もやむなくこれを受諾。シティ・オブ・サウスゴータは、復興特需と降臨祭の準備で、お祭り騒ぎの気分に満ちていたのだった。

「ああ、アルビオンはやはり寒い。3000メイルも上空の、高地だもんなあ。雪がちらついてきたじゃないか、白銀の降臨祭になるな」
熱いワインを啜り干しリンゴを齧りながら、ギーシュは呟く。あれから英雄としてさんざん祝勝会に連れまわされ、エールの飲み過ぎで腹具合が悪くなったようだ。しばらく飲み会はキャンセルしよう。

宴席ではバッチリもてたが、戦地ゆえモンモランシーやケティに会えないのは、少し辛い。大体アルビオンは料理も酒もいまいちで、女の子は美人でもみんなキツいのばかり。ええい、本国からの慰問団はどうした。手紙のひとつも寄こしたってよさそうなもんじゃないか。ああ、こっちから書くのを忘れていた。よし、ひとつ恋文でも書こうか。

と、ドアがトントンとノックされた。
「お、誰だい?」
「ゲルマニアの士官で、チェザーレという者だ。ミスタ・ギーシュ・ド・グラモンはこちらかな?」
「……何だ、男か。声は若いが、サインでも貰いに来たのかな。やれやれ、英雄は辛いヨ」
ギーシュは椅子から立ち上がると、金髪を櫛で整えてドアへ向かった。
「うっほん、どうぞ、入りたまえ」

しかし、ドアの向こうにいたのは、信じられないほどの美少年だった。満面の笑顔で握手を求めてくる。
「やあ、英雄殿、初めまして! ジュリオ・チェザーレです! ぼかあロマリア人の神官だが、ゲルマニアのブラウナウ伯爵に取り立てられてね、今はゲルマニア軍に属している。よろしく、ミスタ・ギーシュ」
「ああ、よ、よろしく、ジュリオくん」

彼の美貌と爽やかな笑顔、有無を言わせぬ勢いに、ついクラッと来たのはナイショである。

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