【AZアーカイブ】新約・使い魔くん千年王国 幕間2 ダニエル・ヒトラー
ガリア王国の真南、アウソーニャ半島に、ブリミル教徒の中心地・ロマリア連合皇国がある。その首都の郊外に聳え立つ、巨大な邸宅。そこに一人の少年がいた。つり目で金髪、アホ毛三本の小柄な少年である。
彼の名はダニエル・ヒトラー。いかなる歴史からも抹殺された、秘匿されるべき名前だ。父はドイツ第三帝国総統、アドルフ・ヒトラー。母はエヴァ・ブラウン。
彼らの背後にいたのは、ノストラダムスの予言書『百詩篇(諸世紀)』に記された悪魔の帝王シーレン。『ヨハネの黙示録』におけるサタンの化身、七頭十角の赤き竜である。ヒトラーは悪魔に唆され、失業者からドイツの独裁者となり、世界の王者となるべく第二次世界大戦を引き起こした。だがヒトラーは敗れ、シーレンの手によって密かに救い出され、アメリカへ逃れた。そして間もなく生まれたのが、旧約聖書の預言者の名を与えられたダニエルであった。
ダニエルは、悪魔の帝王から祝福を受け、強大な魔力と天才的頭脳、そして不老不死の肉体を得た。父の死後はその事業を受け継ぎ、世界を裏から支配する『死の商人』として、米ソの軍拡競争をエスカレートさせた。キューバ危機もケネディ暗殺も、彼の仕業だったという。ロックフェラーもロスチャイルドも、アイゼンハワーもフルシチョフもレーガンもエリツィンも彼にひざまずき、その秘密組織『アクエリアス教団』に参加していた。
……彼の目的は、人類世界の破滅と、悪魔による世界征服。多数の核兵器を作らせ、エイズを蔓延させ、株式市場を自在に操り、貧富の格差を広げる。この世を地獄に、悪魔の住みやすい環境に調える。全ては、彼が悪魔とともに推し進めた計画だったのだ。悪魔の祝福を受けて生まれた異能児。彼はまさしく『反キリスト』であった。
そこに現れたのが、『東方の神童』たる少年メシア、山田真吾。蛙男と悪魔メフィストを従え、妖怪たちを使徒とした彼は、古代帝国ムーの末裔であった。ポール・シフトによる天変地異によって世界が崩壊する中、彼は三種の神器たる『アロンの杖』を操り、悪魔の帝王シーレンを倒し、預言にあるとおり封印した。そして同じくムーの末裔であるダニエルを最後の使徒とし、ともに世界の再建を行うことにしたのだが……。
「……運命の神は、そうしなかった。これであの世界は不完全で、崩壊したまま滅びる。僕がここ、異世界ハルケギニアのロマリアに召喚されたことでな……」
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ダニエルは、外出する時は父アドルフの姿を借り、ブラウナウ伯爵などと名乗っている。その財力は今やゲルマニア皇帝に匹敵し、大陸中の軍需物資の流通を一手に担い始めた。
「山田真吾に敗北し、シーレン様が封印されたため、多くの力は失った。せいぜい不老長寿で、少々の魔法や幻術が使えるだけだ。だが……」
傍らの長剣を握ると、左手のルーンが輝いた。
「このルーン。この世界における伝説の使い魔、神の盾『ガンダールヴ』。あらゆる武器や兵器を自在に操り、触れるだけでその武器の情報を読み取り、主人を護る……。ふふ、ふふふふふ、ふふははっはははは!!」
武器と兵器、だって? よおく知っているよ、この僕は死の商人だったんだぜ? この世界の科学技術は地球の17世紀西欧程度、風石搭載船という飛行手段や強力な魔法はあるが、銃火器は未発達だ。
じゃあ、作ろう。地球の20世紀末、戦争の世紀の最先端技術を輸入して! この僕の天才的頭脳で、機械工学を飛躍的に発展させ、産業革命を起こして! 槍を突撃銃に、マスケット銃を機関銃に、大砲を高射砲に、馬車を自動車に! 戦術一つとってみても、地球では三十年戦争からたっぷり350年は経って進歩している。すぐに最強の軍隊が出来るぞ。
「人民の知的レベルが低く、支配はし易いが、技術的に規格品大量生産は困難? じゃあ、あれだ。『悪魔』を呼ぼう。地獄と地上の支配者、いずれは天国も奪おうという奴らだ。人間が出来うる技術が、堕天使に、悪魔(デヴィル)に、神々(デーヴァ)に出来ないはずはない」
武器の製造法と魔術を人類に伝え、堕天したアザゼルよ、シェムハザよ、マステマよ! 彼らに従った、天の隠された知識を司る『見張りの天使』グリゴリたちよ! 地獄の炎をフイゴで吹く、発明の才豊かなるグザファンよ!ゼウスによって天から投げ落とされた、イオニアの工芸神ムルキベルよ!
冥界の王にして地下世界の富の支配者、プルトンよ!!
いざ来たれ、我に従え! その技術力を十二分に発揮する場所を、戦場を与えてやるぞ!
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召喚から数ヶ月後。ダニエルは多数の悪魔を召喚して使役し、武器商人として暗躍していた。その過程でゲルマニアの秘密結社『薔薇十字団』を吸収し、その代表代行にもおさまっている。代表は、教皇自身なのだ。
先日は大発見があった。厳重に封印された地下墳墓(カタコンベ)から、大量の『オーパーツ(場違いな工芸品)』が発見されたのだ。教皇はそれを知っていたが、見つけたのはダニエルの使役する悪魔だった。聞けばゲルマニアの辺境やサハラ、『東方(ロバ・アル・カリイエ)』、そして『聖地』からもたらされたものだという。
固定化魔法をかけられ保存されているのは、全て『武器』だ。年代ものの日本刀のような骨董品や、考古学博物館行きのものさえあった。英国製の連発式小銃、旧ソ連産のAK小銃、壊れたミサイルランチャーにジェット戦闘機の機首。スカッドミサイルにパトリオット、懐かしのゼロ戦に、我が祖国ドイツの誇るティーガー戦車まで! これぞ『ガンダールヴの右手の槍』!『神の盾(エイジス)』!
「あっははははは、この国の地下に、地球から、『聖地』から流れ着いた現代兵器が秘蔵されていたとは! なんという皮肉! 地獄は、ロマリアと聖地の地下にあったわけだ! 地球でもそうだもんなぁ!」
「……相棒よ、ダニエルよ。始祖ブリミルの使い魔は、こんなこたぁしなかったぜ」
「そうか、じゃあ僕が記念すべき第1号だ。魔剣デルフリンガーよ、きみが溜め込んだ六千年の知識は素晴らしい。それを活用しなければ、いつまでも武器屋でほこりを被り、錆び付いたままだぞ?」
ダニエルがトリスタニアで偶然買い付けた、知性ある魔剣デルフリンガー。その知識は、ロマリアの図書館以上であった。なにしろ掛け値なしに六千年生きているのだ。僕が、ダニエル・ヒトラーが、偉大なる始祖ブリミルの使い魔ガンダールヴ! 召喚者は『虚無の担い手』!つまりロマリアの教皇、美しきヴィットーリオ!
「そして彼は、我が主人は、『千年王国』を望んでおいでだ。いかれた教皇よ、授けてやろう。我が父アドルフの望んだ、世界を支配する『鈎十字(ハーケンクロイツ)』の、反キリストの『千年王国』を!!」
「……キリストってのは、こっちでいうブリミルみたいなもんか?」
「まあね。メシヤとも言う。意味は『油を注がれた者』、世界の王たる救世主さ。ナザレのイエスはただの田舎大工だったが、神に選ばれてメシヤとなり、2000年後には、その教えは20億人に信仰されるほどになった」
デルフリンガーが驚く。地球とは、なんと人間が多いのか。
「20億!?」「解釈の違いで分派が生じ、互いに争っているがね。くだらんことだ。そして僕は『反キリスト』。メシヤの再臨に先立って現れ、地上を支配する存在だ」
「で、本物に負けるんだろ?」
「かもね。異世界での最終戦争では、結局そうなった。今回は分からないよ。メシヤらしき存在も掴んでいる。あのトリステインの異能児、松下一郎……!」
あいつも恐らく、地球から召喚された。『東方の神童』は山田真吾だったはずだが、もう一人いたのか。いや、並行世界の存在か? 確かに似てはいたが、纏う雰囲気が別物だ。異質すぎる。
『薔薇十字団』の名前にも喰い付いて来た。ビラを貼ったのはこの僕だ。リッシュモンとザガムを味方につけるとは思わなかったが、これでトリステインにも『薔薇十字団』が知れる。また武器が売れるな。アルビオンの方にも根回ししてあるが。
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そこへ、少年秘書のハナニヤ、ミシャエル、アザリヤが、揃ってやって来た。皆ダニエルが、孤児から引き立ててやった奴らだ。名前は勿論『ダニエル書』の登場人物からつけた。
「ブラウナウ伯爵。神聖アルビオン共和国から、使者が参ったそうですが」
「さっそく来たな。アポイントメントはある。よろしい、ここへお通ししたまえ」
ダニエルはいつも通り、幻術で中年貴族アドルフの姿をとる。
入って来たのは、白髪白髭の老貴族と、羽帽子の青年貴族。
「遥か空の上、『白の国』からようこそ。このブラウナウ伯爵に、何の御用かな?」「知れております、軍需物資の買い付けの交渉にね。ダニエル・ヒトラーくん」
「はは、それは有難う。きみたちは人間ではないね?」
「然様、わしは悪魔ベリアル。こちらはワルド改めベアード子爵、正体は妖怪大統領じゃ。きみを『反キリスト』と見込んで、助力に来た。あの3人の秘書も懐かしいのう、正体はわしの馴染みのグリゴリたちではないか」
悪魔ベリアル! たいした大物がやってきたものだ。善事には怠惰だが、悪事となると誰よりも喜んで行う。それが彼の楽しみなのだから。最終戦争でシーレン様に肉団子にされた奴とは、また別物のようだが。
「まあ、かけて下さい。珈琲でよろしいかな?」
「ブラックで頼む。おお、どっこいしょ、と。ふー……いよいよ、来るべきものが迫りましたのう」
「ええ。地上最後の革命の時が、ね」
「然様、一万年前から繰り返し預言されておった、東方の神童、悪魔くんが現れよった。ご存知の通り、トリステインに来ておるマツシタという餓鬼じゃ。40数年も前に、地球の日本で愚かな人間どもにかかって暗殺されたはずじゃが……生き返りよったか、なにしろメシヤじゃしのぉ」
「このベアードも、ひどい目に遭いましたよ。悪魔を召喚する『地獄の門』を押さえておりますからな、きゃつめは」
ベリアルがずずっと珈琲を啜る。
「ひとつ、あれに対抗するため協力しよう。まずは戦争が始まるから、たっぷり武器弾薬を送ってくれ。わしはアルビオンでクロムウェルの参謀をやっとるが、そろそろ潮時じゃ。ガリアへでも行こうと思うちょる」
「ガリアへ、ね。ジョゼフ無能王陛下はなかなか面白い人物のようだが?」
「ああ、いかれとる。弟を手にかけたカインよろしく、悲劇の人物になりきっとるよ。莫迦もあそこまで行くと変態じゃな。わしら悪魔は頭のいい奴は好きだが、狂人はあまり好まないんじゃ」
ダニエルは、気楽に悪魔と雑談する。なんとなくベアードは蚊帳の外だが。
「ま、僕や松下も似たようなものさ。精神的異能児だからね。それでも僕には生まれつき『世界を滅ぼす』、松下には『世界を救う』という使命がある。ジョゼフはそうした使命、心の拠りどころを失っているのさ。可哀想だねぇ」
「じゃあ、わしがたらしこんで世界征服でもさせてみるか。いや、すでにあやつには『使い魔』がおるな。『ミョズニトニルン』のシェフィールドという、いけすかん女じゃ」
「おお、彼も『虚無の担い手』か。ロマリアの図書館にも『虚無の使い魔』の資料があったよ。まったく、心に虚無がある人間ほど操りやすい者はないというのに、『悪魔』くん。ミョズニトニルンは確か、あらゆる魔道具を自在に操るんだろう? 武器商人のお得意様じゃないか」
「やれやれ、人間のくせに悪魔のようじゃな、きみは」
ベリアルが苦笑した。頼りにはなりそうだ、この『反キリスト』は。
「……で、悪魔ベリアル閣下。きみの最終的な望みは、なんなんだい?」
ダニエルの問いに、ベアードの隻眼がぎらりと光る。それはこっちも聞きたかった。ふっふっ、とベリアルは笑う。
「神が降す滅びの運命から自由になること。わしは自分の生きたいように生きる。人間や天使を騙して堕落させ、破滅させるのはわしのライフワークじゃ。神に命令されて告発者(サタン)にならずとも、わしは断じてこの生き方を貫く。それにわしとて、炎と硫黄の海で永劫の責め苦を受けた末、永久に消滅するのはごめんこうむる」
「それで、『聖地』を狙っているわけか?」
「察しが早いのぉ。あそこは『神の門(バーブ・イル)』、あるいは『悪魔の門(バーブ・シャイターン)』じゃよ。実際には様々な時空間を繋ぐ最大の『虚無の門』、『世界の扉』なのじゃ。この異世界は、特に地球といろんな場所でリンクしちょるからの。よく迷い込む奴がおるし」
「すると、あそこは……」
「わしらが地球に堕とされた最初の場所、《バベル》の底に通じておる。イラク中部あたりになるな。それ以外にも、様々な地球上の地域、特に戦場に通じておるようじゃ。ブリミルとやらも、六千年ほど前に初期の人類を連れてやってきた、当時のメシヤじゃったんじゃろ」
「戦場、とね」
「戦場の時空は歪みやすいからのう。今もなおあの辺りは戦争が絶えず、おぬしら武器商人のいい市場になっとる。わしら悪魔のせいというより、人間の馬鹿さ加減のせいなんじゃが」
「道理で現代の兵器が流れ着くわけだ。中東戦争や湾岸戦争は、僕が引き金を引いてやったんだがね」
「そうじゃったのか、ははははは。それで、ある伝説にはこうあるのじゃ。『正しい方法で、あの門を越えてやってきた者とその子孫が、その世界の強大な支配者になれる』とな。ブリミルにしてからそうじゃ。異界から地球に行った奴では、バベルの塔を築いた巨人ニムロドがおるし、その子孫たるバビロンやアッシリアの諸王、ペルシア帝国の始祖アケメネスなどがおる。一度異界に来てから向こうへ戻ったのはアブラハム、ヘラクレス、アイネイアス、それにキリストとムハンマドぐらいかのう」
ダニエルとベリアルの対話は続く。
「……支配地域は、中東や地中海地域近辺に限られるようだが? 世界といえば世界だろうけれど」
「インド以東のアジアには、別に門があるのじゃよ。須弥山、シャンバラ、崑崙、蓬莱といった仙界じゃな。ラーマ、釈迦、周の文王、漢の劉邦、匈奴の冒頓、モンゴルのテムジン、毛沢東などが通ったようじゃ。わしの望みはあそこを『正しく』潜って地球上に復活し、好き放題に振舞うことさ」
「正しく?」
「あそこを発見したのは、天使じゃった頃のわしなんじゃ。神がわざと時空のつなぎ目を残しておいたのかも知れぬ。正しい入り方をせんかったせいで地獄に堕ちてしまい、何度か出入りしとるうちに、わしは悪魔になった。バビロンやソドムやフェニキアを堕落させて遊んでおったら、ソロモン王に封印されてしもうてなぁ。大分力を削がれたが、その後どうやら復活して、今はここに逃げ込んで来ておるというわけじゃ」
いかれているのはあんたもだよ、悪魔。それじゃあ、神の掌の中じゃないか。黙示録の四騎士は、ユーフラテスのほとりに繋がれているというじゃないか。神の門から、悪魔が湧いて出ようというのかい? まあ、いいか。
「なるほどね。だが正しいやり方でなくとも、ハルケギニアと地球と行き来する方法はあるわけだ」
「まあの。一番手っ取り早いのは、月蝕の時にその影へ飛び込むことなんじゃが。ただし出入り口が、ちゃんと地球の陸上や空中につながっておるとは限らぬ。バミューダ・トライアングルや、ハワイの火山口、南太平洋のルルイエなんかにつながる可能性もあるでな。地獄からじゃと、案外楽に来れるんじゃ。コキュトスの悪魔大王が多次元チャンネルになっとるし」
「はっはは、悪魔が召喚しやすいわけだ」
ベアードは黙ったままだ。ベリアルの持つ知識は恐ろしい。
「しばらく『門』は封印されておったが、近年活発化し始めおってな。それを求めて、わしら悪魔界の巨頭連もボツボツ動き出しておるよ。アメリカからサタンが、イスラエルからベルゼブブが、エジプトからスフィンクスが、チベットからアガルタが。また崑崙の夜叉族も、蓬莱の八仙も動き出しておる。こうした魔道の王者たちが数千年の眠りから目覚め、次元の異なる頭脳で暴れ出せば、二つの世界は再び混沌に帰るじゃろうて……ふふふふふっ」
世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。東方から移動してきた人々は、シンアル(シュメル)の地に平野を見つけ、そこに住み着いた。……彼らは「天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。全地に散らされることのないようにしよう」と言った。主は降って来て、人の子らが建てた塔のあるこの町を見て言われた。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱(バラル)させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう」主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。
―――『バベルの塔』:旧約聖書『創世記』第十一章より
その記された文字はこれである。メネ、メネ、テケル、ウパルシン。
その事の解き明かしはこれである。メネは、神があなたの治世を数えて、これをその終わりに至らせたことをいう。テケルは、あなたが秤で量られ、その量の足りぬことがあらわれたことをいう。ペレス(ウパルシン)は、あなたの国が分かたれて、メデアとペルシアの人々に与えられることをいう。
―――『バビロンの王ベルシャザルの酒宴』:旧約聖書『ダニエル書』第五章より
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