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【AZアーカイブ】新約・使い魔くん千年王国 第十七章 さらに先へ

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始祖ブリミル降臨祭まで、あと三日。トリステイン王国の王宮、その執務室では、アンリエッタ女王とマザリーニ枢機卿が始祖像の前で謀議を続けていた。女王が纏うのはウェールズ皇太子と戦死者を悼む喪服、しかし腹の底は漆黒。乱世での小国の元首は、そうでなくては生き残れない。

「……では手筈通り、マツシタが始末されたとの情報が届き次第、タルブを急襲させます。実行部隊はマンティコア隊のド・ゼッサール隊長に任せます。一気呵成にやらねばなりませんね」
「ええ、陛下。すでにタルブとラ・ロシェールにはスパイを放ち、リッシュモンとモットを寝返らせてあります。チュレンヌは意外に兵法の才があったようで、警備隊長をしているそうですが。守備兵は500名ほど、メイジはほぼ出払っていて、残るフネも小型船が数隻。問題なく奪えますぞ」

「アルビオンでのマツシタと異端軍団の始末はブラウナウ伯爵に一任しましたが、大丈夫なのでしょうね? 万一彼を取り逃せば、悪魔の力で復讐してくるでしょう。それに、ルイズのこともありますし」

ゲルマニアの大貴族・ブラウナウ伯爵の魔手は、すでに松下の背後、トリステイン王国政府に伸びていた。自分に生意気な口をきく異端者・マツシタ一味を抹殺できる。そう聞いて、女王は伯爵からの提案に飛びついたのだ。枢機卿は無表情に、女王の問いに答える。

「伯爵はゲルマニアとロマリアを味方につけております、万が一にもマツシタに逃げ場はありますまい。無論ミス・ルイズ・フランソワーズは、マツシタから引き離しておくよう言ってあります。『虚無の担い手』とはいえ、こちらはマツシタほど危険でも異能でもありませぬからな」

女王はそれを聞き、にっと唇を吊り上げた。
「ええ、彼女の『虚無』の力をこちらに引き寄せておけば、我が国は国際的発言力を増せるはず。この件は表に出せませんが、ゲルマニアに対してもあくまで強気な姿勢を崩さないこと。アルビオン戦役終了後の会議では、有利な条件で領土を得てみせるわ。私もテューダー王家の血をひくのだし!」

上機嫌にコロコロと笑う、若く美しい女王。だが松下を取り立てた枢機卿は、浮かぬ顔だ。
「……しかし、やはり惜しい気もいたしますな。マツシタの政務や魔法の才は、まさしく悪魔的な異能。ロマリアから異端容疑を受けたとはいえ、『使うべき物は使う』の精神から言えば、生かしておくのが得策やも……」
「おや枢機卿、大した入れ込みようね。けれど彼の革命思想は、国家にとっては害毒よ。クロムウェル以上にね。あのまま振舞わせればトリステインの、いえ、ハルケギニアとブリミル教のためにならないわ。もちろん彼のもたらした『東方』の技術や知識は、おいしい所だけ頂きますけれど!」

おほほほほほ、と女王が『いい気味だ』とばかりに笑った。マツシタめ、何が『新しい権威と新しい王国が現れ、天地が更新され、人間も覚醒して新しくなる』だ。『粉挽きどころか、奴隷や乞食だって解放され、気軽に私と会話できる』だって? 冗談じゃない。人間社会の秩序とは、本来人民に不平等を強制するものだ。万人平等の千年王国なんて、実現できるはずがない。

ふぅ、と枢機卿は溜息をついた。女王と教皇とゲルマニアに逆らえるほど、彼の権威や権力は強くない。

「……王とは、国家とは、そうしたものやも知れませんな。正義は我々、負ければ悪魔ですか。人民はどう思いますでしょうな、この意外な事件を」
「王権は神と始祖から付与されたもの。王は人民に拘束されるべきではないし、人民も王に反抗すべきではないわ。いいこと枢機卿、あなたも、母君マリアンヌ太后も含めて、この国内に私以外に絶対者がいてはなりません。自分を救世主だなんて称する人間は、始末されて当然。そう、私が国家よ!」

おっほほほほほほ、とアンリエッタ女王は、激務で血走った目のまま高笑いした。

全ての人は、上に立つ権威に従うべきである。なぜなら神によらない権威はなく、存在する権威は全て神によって立てられたものだからである。従って、権威に逆らう者は、神の定めに背く者である。背く者は、自分の身に裁きを招く事になる。…あなた方は、彼ら(権威ある者)全てに対して義務を果たしなさい。すなわち貢税を納めるべきものには納め、恐るべき者は恐れ、敬うべき者は敬いなさい。
王権神授説:新約聖書『ローマ人への手紙』第十三章より

さて一方、ギーシュはジュリオやジェシカと共に、密かにブラウナウ伯爵と面会していた。ハルケギニアには珍しい黒髪にちょび髭、身長175サントほどの、痩せぎすの中年男である。その正体は、ロマリアの教皇が世紀末の地球から召喚した悪魔的天才児、『ガンダールヴ』のダニエル・ヒトラーだ。

ギーシュは伯爵から、どーんと金貨の詰まった袋を受け取り、目を白黒させている。
「い、いやあ、こんなに頂いちゃって、よろしいんでしょうか伯爵」
「気にする事はない。お近づきのしるしさ、未来の元帥閣下! 部下のジュリオがくだらん事を喋ったようで、失礼したね。神より名誉と富がお好みかな? 若い者はそうでなくては、覇気がなくっちゃならんよ! それ、もう一杯」
伯爵は手ずからギーシュに酒を注ぎ、何度も乾杯をする。

「まあ、どーんと構えていたまえ。任務はさして難しいことではない。ちょっと彼を、我々が指示する場所へ誘導すればいいだけのことだから」
「はあ、はい……」
しかし、伯爵の差し出した羊皮紙の勅命書には、《教皇・女王・皇帝》の三つの印璽が押されている。これでプレッシャーを感じないハルケギニア人はいまい。そして、絶対に断れない命令だ。

伯爵はニヤニヤしながら、硬直しているギーシュに語りかける。
「いいかいギーシュくん。人生は短く、かつ儚い。今までの戦場で見たとおり、人間は大抵どんな力を持っていても、脆く死んでいくのだ。そして死んだら、生は、自分というものは、永久に帰ってこない。ならばこの命のある間、人生は楽しまねばウソだよ!」
「は、はい、よく分かります」
「そのためには、まずカネがなくてはならん。それともう一つ重大な事、すなわち自由だ。今きみが悪魔の束縛から離れ、自由になる時が来たのだ!」

「あ、悪魔……。つまりその、マツシタのことですね」

「そう。きみも聞いているだろう、マツシタやクロムウェルの言い草を。まあいつの時代にも『夢想主義者』ともいうべき連中がいるものなんだ。なるほど、彼らの言う事は人間を幸福にし、かつ理論上は正しいのかもしれないが、現実には決してそうではない、むしろ害悪の元だ。彼らは現実から遊離し、観念を弄んでいるに過ぎんよ」
「た、確かにそうです。それに僕も随分マツシタに苛められました」
うむうむ、と伯爵は頷く。
「ならば分かるだろうギーシュくん、彼らは『救世主』などではなかったのだ。このように世界を混乱に陥れているものが、どうして世界を救うものであろうか!」

伯爵はどん、とテーブルを叩き、ずいっとギーシュに顔を近づける。
「きみが今マツシタを敵の手に渡せば、くだらん革命ごっこも速やかにケリがつき、多くの民草は無用に殺されずにすむ。しかもきみは自由になり、3万エキューというカネを貰って、悠々と栄光に満ちた人生を楽しむことができる。今のチャンスを除いて、きみが自由になれる日がいつ来るであろうか! さ、ゆくのだ! 我々はきみの働きに期待している!!」

一方的に発破をかけられたギーシュは、松下に感づかれないよう術をかけられ、連絡員のジェシカとともに宿舎へ戻された。金貨の入った袋は、怪しまれるということで伯爵が一時預かり、当面必要な分だけカネを渡されたが。

ジュリオはそれを見送り、主人に呟く。
「……いいのですか? あんな男で」
「いいのさ。『東方の神童』ことメシヤは、悪魔の力では始末できない。『人間』でなくては殺せないのだ。それも、人間に裏切られて死ぬという悲劇的英雄の筋書きを設定する必要があったのだよ。ギーシュ・ド・グラモンには小悪党の才能がある、立派にユダの役を果たしてくれるさ」
「ユダ、ですか。二千年前『東方』に現れた救世主を裏切り、十字架につけさせたという男ですね……」

ダニエルから重用されているジュリオは、メイジではないが様々な知識を授けられている。機転も利くしルックスもいいし、手駒としては役に立つ男だ。少々無駄口が過ぎるが。

「しかしダニエルさまは、いったい何がお望みなのです? ゲルマニアの皇帝位ぐらいは買えるほどの富、ロマリアの教皇聖下という権威の後ろ盾。そしてエルフさえも倒せるであろう、恐るべき武力と知力。強大な魔力に不老不死の肉体、それに『ガンダールヴ』。これ以上、何が必要で?」

ジュリオの問いに、伯爵……いや、ダニエルは薄く笑う。
「ははは、きみにはそれを問うだけの力はないね。まあ見ていたまえ、今に世界は大変革を迎えるだろう。素晴らしい世界になる。何なら孤児院の暴れん坊だったきみを、教皇なり皇帝なりに据えることもできるよ。ジュリオ・チェザーレくん」
「僕も暗殺されそうだから、高望みはやめておきますよ。狂言回しがせいぜいの役目です」

「先生、我々(神にのみ仕える選民)はカエサル(ローマ皇帝)に税金を納めてもよいのでしょうか」「偽善者たちよ、なぜ私を試そうとするのか。デナリ銀貨には何が刻まれているか」「カエサルの肖像と銘が刻まれています」「ではこうするがよい。カエサルのものはカエサルに納め、神のものは神に返せ」
神のものは神に:新約聖書『マタイによる福音書』第二十二章より

こちらは松下の宿舎。ギーシュはジェシカを連れて、『信者』たちの集いに帰ってきた。
「おお、よく帰ってきてくれたわねぇ!この放蕩娘、心配ばかりかけて!」
「ごめーん、この半ズボン売れなかったの。一応はマジックアイテムなのにねえ」
ジェシカが家宝を持って戻ってきたので、父親のスカロンは涙ながらに抱きしめて叱る。シエスタも喜んでいる。ギーシュによれば、郊外でアルビオンの兵士たちに攫われそうだったのを、通りかかった自分が偶然救い出したのだそうだが。

「いやあ、彼女が第二使徒シエスタの従妹だったとはねえ。世の中は狭いものだなあ」
「ふーん、本当かしら。まあ無事でよかったわ。けどあれよ、やっぱりこの半ズボンはジェシカに履かせて客引きした方がいいわよねえ」

「あらルイズちゃん残念、男でないと履けないのよぉ、その『魅惑の妖精の半ズボン』は。でも魅了の他にサイズ自動調整の魔法もかかっているから、このスカロンだって履けるの」
「是非ともやめてほしいわ、我がトリステイン王国の名誉のために。あ、でもこれ、四百年前に美少年の給仕が時の王様から賜わったそうよね……ああ、爛れているわ」

「んじゃあ英雄ギーシュさま、これを履いてみませんこと? 薔薇のような美しさをいや増し加え、万人から愛されること請け合いよぉ!」
「やめて! ギーシュの変態度が増し加わるだけだわ! そうでしょ、マツシタ!」

「いいからきみたち、静かにしろ。仕事の邪魔だと言っているだろうが」
松下は職務に忙殺され、ギーシュどころではなかったりした。

夜空に満開の花火が打ちあがり、人々は歓声をあげ、乾杯する。シティ・オブ・サウスゴータは、ハルケギニア最大の祝祭『始祖降臨祭』を迎えた。正月とクリスマスが一時に訪れたようなお祭り騒ぎが、これから十日間も続くのだ。連合軍が駐屯したお蔭で、街の人口は倍近くに膨れ上がり、いたるところに兵隊の泊まるテントや天幕が張られている。それらを目当てに商人が集まり、街はかつてない活気に湧いているのだった。

「始祖ブリミル降臨から、今年で6243年目というが……そんな昔のことが今も記憶され、祝われているとはな。神話みたいなものじゃないか。ある国の神話的皇祖の即位紀元さえ、せいぜい2600年ちょっとだ」
「我々ハルケギニア人の始祖であり、神に最も近い方の降臨祭よ。始祖以来続く四大王家もトリステインとガリアに残っているのだし、始祖の実在を疑う人はいないわ!」

祝杯をあげる松下やルイズの目の前で、ぞろぞろと街の大通りを行進するのは、醜く奇怪な仮面を被った男女たち。その服は羽根や貝殻、葉っぱや鈴などでゴテゴテと装飾され、手には木の枝や棍棒を持っている。まるでオークやオグル、トロール鬼どもが、再び練り歩いているようだ。黒猫やライオンなど、獣の姿をした者もいる。
「なんだ、あれは? 仮装行列か?」
「へえー、アルビオンでは、まだこんな野蛮な風習が残っているのね! 本で読んだ事があるわ、あれは『冬の悪鬼』たちよ」
「冬の悪鬼……」

ルイズの蓄えた無駄知識は、なかなか侮れないものがある。
「アルビオンは標高3000メイルの高地だから、冬は長く厳しいの。食料も乏しくなるし、嵐や豪雪や雪崩の被害は激しく、病気にも罹りやすくなるわ。それにアルビオンには、今もハイランド地方にいるような恐ろしい亜人が多かったの。彼らは原住民から『山の精霊』として崇められていたけど、それを征服してアルビオン王国ができたのよ。だから降臨祭ではああして『冬の悪鬼』が地上を再び練り歩き、最後に『始祖』によって退治され、季節の変わり目を迎えるってわけ。それでもまだ、本当の春は遠いのだけれど……」

なるほど、あれは日本のナマハゲのような『来訪神』が、ブリミル教に取り込まれた姿か。そういえばヨーロッパでも、ああした土着の鬼神が祭になると練り歩くという。

と、やがてヒトデのような姿をした二体の悪魔が現れた。民衆はそれらを嘲り、石を投げつける。

「おお、あれはデカラビアとブエルの仮装だな。こうしてぼくらの戦いも、民間に語り継がれていくのか」
「あっち側から来るのは、蝋燭の灯を持っているわね。きっと春の太陽をもたらす『始祖』の軍勢だわ」
よく見ると、『始祖』の軍勢の先頭に立つのは、松下やルイズ、ギーシュなどの仮装をした人々だ。解放軍の先頭に立って戦った記念であろう。彼ら彼女らはもはや、この街の英雄なのだ。

その頃、ロンディニウムのハヴィランド宮殿では。神聖アルビオン共和国の元首、神聖皇帝オリヴァー・クロムウェルは、心底怯えきっていた。黒髪の美人秘書、ガリアから派遣された魔女・シェフィールドにしがみつき、ひざまずいて懇願する。

「しぇ、シェフィールド殿、ががががガリアは本当に、トリステインを叩いてくれるのでしょうな? 連合軍はもう、すぐそこまで迫っているのですぞ? どうかお願いいたします、せめてこの私だけはお救いください!」
「ええ、勿論。タルブであんなことが起きていなければ、我々はとうにあの国を潰していたわ。それに安心なさい、ベリアル老によればゲルマニアの本国も、密かにトリステインを攻撃するそうよ」
「げ、げ!? げげげのゲルマニアが、でございますか?!」

くすり、と魔女が笑った。しがみつくクロムウェルの顔を爪先で蹴り飛ばし、話を続ける。
「そうよ。サウスゴータの敵軍は、私がこの『アンドバリの指輪』で反乱を起こさせるわ。そしてアルビオンの精鋭軍と秘蔵艦隊とゲルマニア軍とで、混乱するトリステイン軍を殲滅。トリステインはアルビオン・ガリア・ゲルマニアの三国で分割される予定ですって。そのあとは三国連合して、エルフと戦うばかりよ。どう、安心した?」

クロムウェルは鼻血を垂らしながらも、喜悦の表情を浮かべる。
「は、はははは、凄い! ジョゼフ陛下とベリアル閣下は、そこまで策を巡らしておられるのか! かかかかか勝てる、これでこの戦は勝てる!! うはは、はははは」

魔女は喜びに打ち震えるクロムウェルに背を向け、主人との連絡のため自室へ向かう。
「まあせいぜい、道化の偽メシヤを演じていなさい。オリヴァー・クロムウェル」

ここはガリア王国、ヴェルサルティル宮殿のグラン・トロワ宮。国王ジョゼフ一世は、愛人モリエール夫人を連れて、部屋に築かれた巨大な箱庭を眺めている。

「これは陛下、ひょっとしてハルケギニア大陸の模型なのですか?」
「そうだよ、夫人。ここに引いてあるのが国境線、ここに守備兵。これが首都だね。見てみたまえ、こちらの島では戦争が始まっており、この小さな国は島国に主力を送り込んで手薄になった。それというのも、両隣の大国と同盟や条約を結び、安心しているからなのだが……。そこで突如、二つの大国は手を結ぶ! しかも攻め込まれた島国に味方してね! さあ大変だ、この小国はたちまち風前のともし火となる!」

モリエール夫人は、ふと首を傾げる。
「……え、それはまさか、トリステイン王国のこと? 島国とはアルビオン、では両大国とは……」
「ん、ああちょっと待ってくれ、独り言を言わせてくれ」

国王は『島国』に置いてある、黒衣の美女の人形を取り上げ、耳に当てて喋りだした。
「……おお、そうかそうか、『ミューズ』!そんなに傀儡は喜んでいるか!
サイコロの出目も彼の命を救ったようだ、そちらへは我らの艦隊が行けなくなった!そう、まさしく賽は投げられたのだよ、ミューズ!まぁ、いずれ全て余のものになるさ、ハルケギニアもサハラも『東方』も! さらに先へ(プルス・ウルトラ)!

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