ラブドールと山寺宏一

ラブドールが仰向けになっていた。
決して新しいとは言えなくて、けれど「ダッチワイフ」のような昭和にあったビニール袋の粗雑なものでもない。シリコン製、初期のラブドール。今のに比べたらデキは雲泥の差。こんな店があるのか確かではないけれど、「ラブドール風俗」に私はいた。店員が8000円払えなんて言うの。ちょっと高いよな。古いし。楽しみでいったはずの風俗でおばちゃんがでてきて、娯楽からチャレンジに変わる感じ。それを唇を重ねる寸前に強く感じた。彼女は舌を絡めてこない。私もわざわざする必要もないからしなかった。そんな事をしていたら隣から店員たちの雑談が聞こえてきた。
「山寺宏一って、在日らしいよ」
ああ、そう。私は本当にこの類の話どうでもいい。母親が「あの人、絶対整形だよ」って言う時ぐらいどうでもいい。だって、在日だって別にいいし整形しててもいいんだから。本当にいらない。けどなんで山寺宏一を引き合いに出したのか、それがとても気になって私はその話が引っかかっていた。

しばらくすると、店のドアが開いた。
山寺宏一が入ってきた。
予約していたんだ、多分。こんなマニアックな風俗店に通っていたなんて。週刊誌に売っても一文にもならないだろうけど、友達に話すには本当にちょうどいい。なんて少しウキウキして頃にはもう萎えてた。山寺宏一はお気に入りの女の子がいるらしい。店員が車椅子に座っている女の子を持ち出してきた。私のよりもずっと新しくて綺麗な子。限りなく人間に近くって、「オリエント工業が作ってるらしいよな!」なんて無意味な情報を私は脳内で反芻させた。その子をお姫様だっこのように抱えたと思ったら、そのまま外に出て行ったのだ。私はそれをなぜか追いかけた。彼は、雑居ビルの階段を降りると自前のスポーツカーの助手席にその「女の子」を乗せてどこかに行ってしまった。遠くには海が見えた。初夏のあたたかい日。

嗚呼、山寺宏一、どこへやら

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