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首を借りる

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第15回を見た。緊張感溢れる、素晴らしいドラマらだった。主役は、上総広弘。ここまでは、存在感があり、好感を持たせる人物だけに、予備知識を持たないで見たら、その結末にぎょっとし、考えさせられ、考えるほどに恐ろしい物語なのだ。

個人的に真っ先に思い出したのは、なぜか『三国志演義』第十七回に収められた小さなエピソードだった。頼朝に重なるのは、あの悪人の曹操。戦場で苦戦し、食糧難に直面したかれは、責任者である王垕という男を呼び出し、「お前の首を借りる」という一言で、殺して当面の危機を乗り越えた。長い物語の中でこの経緯を伝えたのはわずかに数行の文字、思えば事件にはまともな名前さえ付けられていない。しかしながら、表現のインパクトは、「借りる」という言葉にあった。返せるはずもない首を借りるのだ。冤罪だと知りながら、目的達成のためなら躊躇わない、まさに支配者の理屈なのだ。

このエピソードは、江戸時代の出版物で探してみたが、案の定大きく取り扱われていない。そもそも殺された王垕という人物の名前について、「王厚」(『通俗三国志』)だったり、「王垢」(『絵本通俗三国志』)だったりして統一されていない。画像はついに得られず、この事件前後の曹操を描いた一枚を参考に掲げておこう。(『三国志画伝』より

一方では、広く読まれた中国の現代コミック「連環画」に描かれた曹操と王垕との対話風景は、このようになったのだ。(十一回「戦宛城」より)

大河ドラマのテーマは、頼朝よりも周りの13人。そのため、広常の最後の一瞬は、頼朝への理解やら恨みやらというよりも、ある意味での仲間の義時に向けられ、理解の笑みだった。物語の本流に収斂された上手さが光る。広常殺しの理由はいまだ歴史の奥に埋まれ、そもそもそこまでの規模の反乱があったかどうかさえも分からい。(「上総広常の粛清」)すべてはドラマの創作、フィクションの力なのだ。歴史の本筋を変えないで物語を編み出す、その魅力は不気味なほどに伝わった。

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