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夕遊の言の葉

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言葉や外国語、海外生活に関する記事をまとめてみました。
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#読書

ファンタジーと歴史とSFと。ケン・リュウ『母の記憶に』古沢嘉通他訳

有名すぎるくらい有名なケン・リュウの小説。これまで、なかなか時間とタイミングがなかったですが、とうとう読めてよかったです。短編集なので、ビギナーにもやさしいですし、いろんな物語がまとめられているので、タイトルを確認しつつ、好きなから読めるのもいいです。 ケン・リュウは、中国出身の作家さんでアメリカに住んでいて、たくさんの作品を書いているうえに、英訳した『三体』を各方面に宣伝して世界的大ヒットにしただけじゃなくて、各地の作家さんの作品が国境を国境を超えて読まれ、メディア化され

南の島の生命力と詞の世界。『雨の島』呉明益(及川茜訳)

台湾の呉明益さんの小説は、日本語訳がいくつかあります。現実とフィクション、現在と過去が行き来する独特の文体と世界観で、私が好きなのは『自転車泥棒』。台湾原住民の言い伝えと、日本植民地時代の銀輪部隊の歴史、現代台湾の自転車王国状況が入り混じった、不思議な小説です。 『雨の島』は事前情報がなくて、時間があれば……という程度で読み始めたら止まらなくなりました。なんせ、台湾の自然描写がすごい。木や植物、動物の野性的な生命力と、その源泉の太陽の強さとまぶしさ、圧倒的な水分の多い筆力が

耽美をめぐる社会情勢と魅力『BLと中国』周密

以前から興味を持っていた分野なので、すごく読みたかった本ですが、発売前から重版がかかるほどとは。ドラマ『陳情令』の原作『魔道祖師』や『天官賜福』の作者・墨香銅臭さんのインタビューが掲載されていた『すばる』2003年6月号もすごかったですから、当然といえば当然なのかも。 さて、周密さんの『BLと中国』は、日本でいわゆる「BL」とされる物語が、中国では「耽美」(Danmei)と呼ばれている、その語源からたどります。日本が新しいもの=外来語を使って新しさや付加価値つけて表現し、そ

好みすぎる中国古代史ミステリー。『蘭亭序之謎』唐隠著、立原透耶監訳

中国の長い歴史の中でも、一番華やかな時代のイメージがある「唐」。7世紀から10世紀まで、日本でいえばざっくり奈良・平安時代です。このミステリーの舞台は、めちゃくちゃ栄えていた唐が、楊貴妃を愛したことで有名な玄宗皇帝の時代に起きた安史の乱の後、だんだん力が弱まって、帝国としてのまとまりが崩れていく時代です。 そして、この本の謎の中心になる「蘭亭序」は、有名な書聖・王羲之の作品。王羲之は4世紀前半の人なので、日本でいうと大和朝廷の頃。前方後円墳が作られていた時代です。王羲之の死

あまりにも台湾的な探偵物語。『台北プライベートアイ』紀蔚然(船山むつみ訳)

最近は、評判のいい中国語の本がガンガン翻訳されて、読むのが追いつかない、嬉しい悲鳴の日々です。こちらの本も、もうタイトルだけでも、絶対おもしろそう。そこに、『辮髪のシャーロック・ホームズ』を翻訳した船山むつみさんの名前が加われば完璧です。今回読んだ『台北プライベートアイ』は、日本語で翻訳されるより先に、フランス、トルコ、イタリア、韓国、タイ、中国(簡体字)で翻訳されている作品だとか。 『台北プライベートアイ』は、原作が『私家偵探』という台湾のミステリー小説。台湾の輔仁大学と

英語的感覚を可視化する。『英語独習法』今井むつみ

最近、ラジオ代わりに聞いている言語学系のyoutubeに出演されていた今井先生。めちゃくちゃおもしろい方だったので、本を読んでみました。期待どおりに著書もおもしろかったです。 今井先生を知らないと、タイトルの「独習」の文字を見て、「ゼロから一人で英語を勉強できる本」と勘違いしてしまいそうです。でも、この本をざっくり読んだ印象は、そこそこ英語のできる人が確実なレベルアップを目指す本です。しかも、ライティング重視。この本を読んで、自分に足りない部分に気づいて、英語レベルを自分な

台湾グルメと鉄道の旅と百合。『台湾漫遊鉄道のふたり』楊双子(三浦裕子訳)

予告されたときから、すごく楽しみにしていた本。『台湾漫遊鉄道のふたり』というタイトルもそうですが、表紙のデザインがレトロかわいくてステキ。台北駅がモチーフになっていて、昭和のおしゃれな女性2人が楽しそう。広告のキャッチコピーも「グルメ、鉄道、百合」って情報量多すぎで、わくわくしかありません。 舞台は昭和13年5月、作家の青山千鶴子は台湾の講演旅行に招かれます。妖怪と言われるほど食いしん坊な千鶴子は、台湾の珍しい食べ物に興味津津で、片っ端からチャレンジしたがります。でも、当然

いい批評はいい紹介。『文学は予言する』鴻巣友季子

読み応えある鴻巣友季子さんの本。たくさんの海外の小説を読んで、翻訳されてきた方なので、話題も豊富で、内容深くて、何も考えずに読んでいるだけで楽しいです。しかも、次に何を読もうかな?と考えている人にもちょうどよくて、タイトルだけ有名で知っているけど、鴻巣さんの紹介で予想と全然違う内容なことを知って、興味が湧いたりもします。 この『文学は予言する』は、国内外の鴻巣さんが注目する作品をディストピア、ウーマンフッド、他者の3テーマ別に紹介しています。ディストピアでは、鴻巣さんイチオ

心のよりどころを求める人たちの暮らし。『信仰の現代中国』イアン・ジョンソン

最初、この本は著者のイアン・ジョンソンが、外国人の目で見た不思議な、理解しにくい中国を書いたノンフィクションだと思っていました。でも、読んでみたら全然違って、道教の道院や仏教の寺院、そしてキリスト教の教会で活動する普通の人たちを何度も訪問して、根気強くインタビューして、彼らの活動を記録した本でした。 この本は全部で七部(章)に分かれているのですが、それぞれのタイトルは月の暦、啓蟄、清明、芒種、中秋、冬至、閏年と文学的です。そして、第一部の「月の暦」から始まり、全て二十四節気

あたたかな終幕。『天官賜福』6巻、墨香銅臭

『天官賜福』の台湾版(平心出版)6巻は、第114章からラストまで。外伝もあります。いやあもう、余韻がすごくて。気持ちを落ち着けるために2度読んでも、はぁ……ため息しか出ません。 以下、自分のための備忘録なので、気になることしか書いていません。余談だらけですし、ネタバレもあります。ご容赦ください。 ■ まず、すごく些細なことから。要所、要所でいい活躍をしてくれる雨師篁が、6巻も最初から登場でうれしいです。それに関連して、翻訳のbugみたいなものも発見。中国語の小説をこんな

つながる想い。『天官賜福』5巻、墨香銅臭

『天官賜福』台湾版(平心出版)の5巻は、第91章から113章まで。先が気になりすぎて、久しぶりに睡眠時間削りました。ものすごくシリアスな展開が続いたかと思うと、いきなりコメディがきたりで、感情の整理が追いつきません。 ネット小説は1回の更新ごとに小刻みに、緩急あるフックが仕込まれるので、上手い作品ほど途中で止まることができません。ジリジリとワクワクと、しんどい地獄が圧縮されたこの作品を、リアルタイムで読んで、次回更新まで耐え忍んでいた猛者の皆様には尊敬しかありません。 以

楽しすぎる中国語の世界。『SNSで学ぶ推し活はかどる中国語』はちこ

『中華オタク用語辞典』がすごくよかった、はちこさんの待望の(!?)続編。待ちに待った『SNSで学ぶ推し活はかどる中国語』を購入。一気読みしたので、そのおもしろさの1万分の1だけでもご紹介です。 中国語で推し活は「追星」。「星」がスターだから、日本人にも結構わかりやすいです。そもそも、オタク的な活動についての言葉は、日本由来なことが多いので、オタクが「宅」や「二次元」だったり、同担がそのまま「同担」だったりするのは日本人にわかりやすいです。何より、こういう言葉は、中国語にあん

スーパーすぎる語学習得エピソード集『語学の天才まで1億光年』高野秀行

大好きな高野秀行さんのアドベンチャー・ノンフィクションは数多く。『アヘン王国潜入記』、『西南シルクロードは密林に消える』、『幻のアフリカ納豆を追え!』などなど。誰も行ったことのないところに行って、誰もやっていないことをやって、それをおもしろおかしく万人向けに書ける高野さんの本は本当に大好きです。 アジアやアフリカへ行って、数カ国語を駆使して冒険する高野秀行さんのノンフィクションにはファンも多いですが、今回の本は、高野さんの冒険の必須アイテムの現地語マスターについてまとめた初

楽しいし、かわいい世界のことわざ。『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った』金井真紀

なんかもう、タイトルだけで絶対買いたい本。それにイラストもかわいくて、大好きしかないです。金井さんは、いろんな国のことわざに、かわいいイラストをつけて紹介してくれるので、見ているだけで楽しいです。わかりみのあることわざも、意外なことわざもほどよくブレンドされています。 例えば「表面にふりかけたパクチー」というのは、表面だけ取り繕うこと。鮮やかな色彩のタイらしい、タイ語のことわざ。イラストのかわいさも半端ないです。 見たことのない文字はアムハラ語のもの。2000年以上前に古