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Extra.パワードスーツとともに(3)身体拡張としてのパワードスーツの歴史とその問題点


パワーアシスト技術

パワードスーツは、身体装着型ロボット技術「ウェアラブルロボット技術」の一種であり、特にパワーアシストを主目的とするものを指す。実際に、ナビゲーション・ロボットや、非言語型情報支援デバイスなど、感覚面や情報面をアシストする研究も進められている。
パワーアシスト技術の構成方法は、前田(2004)によると、
・能動義手
・能動装具
・閉構造外骨格型
・開構造外骨格型
・遠隔臨場制御型
の5つに分類されている。

能動義手
身体の欠損部位を機械によって代替する。その目的から、通常は人間の能力を超えないことを前提とする。「義手」としているのは代表的に用いるだけで、脚部の場合も同様である。ただし、基本的には不可逆的であり、SF的にはパワードスーツというよりは、サイボーグの一種とみなされる。

能動装具
身体に外部から取り付けて、不足した身体能力を補うもの。現実ではリハビリテーションの補助として考えられている。基本的に身体を支える機能は有していない。

閉構造外骨格型
全身あるいは身体の一部を構造部で完全に覆ってしまう外骨格構造。現実的には関節の可動範囲の問題などで課題が多い。『宇宙の戦士』などのパワードスーツがこの代表である。

開構造外骨格型
身体の末端部などでのみ接触する外骨格構造。身体との接触部分を減らすことで、閉構造外骨格型の問題を回避できるため、現実の研究やSFでも取り入れられることが多い。『バブルガムクライシス』のモトスレイヴや、『エイリアン2』のパワーローダーがこのタイプである。

遠隔臨場制御型
操縦者と操縦されるロボット(通常はヒューマノイド)を通信で結び、操縦者の動きをロボットにトレースさせる方式。現実的には遠隔地にあるロボットを動かすことが考えられるが、SFでは搭乗したロボットの操縦方法として用いられることが少なくない。

リサーチ・コンサルティングサービスのフロスト&サリバンでは、用途によってパワードスーツを以下の6つのカテゴリーに分類しているが、これは主に装着部位によっている。
・全身パワードスーツ
・四肢サポートスーツ
・腰背中サポートスーツ
・パワードグローブ
・身体拡張型ロボットアーム
・工具保持スーツ

パワードスーツ開発

開発史的には所謂パワードスーツよりも、能動義手の方が登場は早く、歴史も古い。

第一次世界大戦で多くの負傷者が出たため、義手の研究が進んだ。これが第二次世界大戦後に、電動やガス圧の義手へとつながっていく。中でも、残された四肢の筋肉の筋電を制御に利用した義手の開発は1955年から始まり、現在に至るまで、継続されている。現在では電極の埋め込みにより神経接続などに発展している。

パワードスーツの本格的研究は、ようやく1960年代になってからである。つまり、SFでの描写の方が先行しており、それを後追いする形になっている。

1962年には海軍研究所の依頼でコーネル大学航空研究所によって「マン・アンプリファイアー」研究計画が開始された。この研究の最終目的は、『宇宙の戦士』のパワードスーツのような外骨格型スーツの開発だった。しかし1964年に計画は中断された。

ゼネラル・エレクトリック社はアメリカ国防総省高等研究開発局(DARPA)の支援の下に、「マン・アンプリファイアー」と同様の研究を行っていたが、陸軍戦車走行技術センターからの依頼によって、四足および二足歩行機械の研究へとシフトした。この二足歩行の強化服として1966年に企画されたのがハーディマンである(四足歩行機械は「GE Walking Truck」と呼ばれた)。これが本格的なパワードスーツ研究の最初と言われている。ハーディマンは、油圧駆動の開構造外骨格型パワードスーツで、人間の25倍の力をだすことを目標としていたが、実用化には至らなかった。『エイリアン2』のパワーローダーは、このハーディマンを直接のヒントとしてデザインされている。その意味では、現実の研究が始まって以降は、SFと相互に影響しあっていると言える。

1991年には米軍が「スプリング・ウォーカー」という歩行補助装置を研究、同じ頃にロシアでも同様の研究が行われていたとされている。

その後、アメリカ国防総省高等研究開発局(DARPA)が、2001年から歩兵の能力を向上させる開構造外骨格型パワードスーツの開発研究を再び行っている。『宇宙の戦士』のような戦車並みの防御力や戦闘ヘリ並みの機動力などは始めから想定しておらず、兵士の疲労を削減し、若干機動力をあげる程度を想定している。そもそも兵士は敵の攻撃の直撃を受けないのが基本なので、重装甲は必要ないという思想である。これは、前述のように、アメリカのSFにおけるパワードスーツ描写に影響を与えた可能性が高い。

日本では主として介護分野での利用を前提として研究が行われた。1980年代からはじまり、1990年代半ばには、神奈川工科大学の山田圭治研究室で、ゴム式やスライドボックス式などのアクチュエーター(駆動装置)を用いたパワードスーツの研究が、1998年からは東京電機大学の山田孝之研究室で電動式の開構造外骨格型装置「HARO(Human Assisting RObot)」の研究が始まった。

しかし、この時点では安全性確保の点から、動作速度を犠牲している点や利用者を介護者に限定されている点などで課題を残したままであった(パワーアシストスーツではないが、非介護者が機械的サポートを受けた場合に生じるアクシデントの一面を、1991年のSFアニメ『老人Z』はブラック・ユーモア満点に描き出している)。

その後も佐賀大学の木口量夫研究室での上肢運動補助用の外骨格ロボット、筑波大学の山海嘉之研究室及び同研究室発のベンチャー企業サイバーダインによる下肢運動補助用の外骨格ロボット「HAL」、東京理科大学の小林宏助研究室の骨格を持たず装着者の補助筋肉として機能するソフトアクチュエーター「マッスルスーツ」などが研究された。

これらの研究成果は、HALなど一部が実用化され、介護現場に導入されるようになった。日本では、2016年度からは、介護ロボット等導入支援特別事業も実施され、1事業所につき、20万円を超える介護ロボットについて最大92万7000円まで助成が行われた。

2015年には、本田技研が、「倒立振子モデル」に基づく歩行訓練機器「Honda歩行アシスト」を発表。股関節の動きを角度センサーで検地し、制御コンピュータが左右のモーターを駆動して、脚の動きをサポートする。
同年には、HAL医療用下肢タイプが、緩徐進行性の神経・筋疾患患者が歩行機能の改善を目的として使用する医療用歩行補助器具として厚生労働省から認可を受け、医療現場で使用されることとなった。さらに2016年9月からは健康保険での使用が可能となった

20世紀後まではパワーアシストは介護者に使用が限られていたが、技術の進歩により、現在では非介護者や患者が機能回復を目的として装着することが可能となった。

そもそも『宇宙の戦士』のようなパワードスーツは、詳しくは後述するが極めて難しいことはすでに明らかであり、ここにきて、SFで描かれた最も現実的なパワードスーツがまさに現実のものとなる世界が目の前に来たと言える。

そして、医療・介護現場につづいて、2010年代後半からは他の分野での利用も始まった。

2015年にはクボタが、ブドウやナシなどの棚栽培における上向き作業のサポートをする「ラクベスト」を発売した。

「ラクベスト」は同年、「第45回機械工業デザイン賞」の「日刊工業新聞創刊100周年記念賞」を受賞した。

2018年には、大和ハウス工業が、工場での労働者の作業負担を目的として、HALの「腰タイプ作業支援用」を全国9工場に計30台導入した

2019年には、日本航空グループのJALグランドサービスが、国内空港における貨物搭載などのグランドハンドリング業務における作業者の負担軽減を目的として、ATOUNが開発したパワードスーツ「ATOUN MODEL Y」を羽田・成田の両空港で10機ずつ導入した。

2019年には、サーコス・ロボテクス社(Sarcos Robotics)は、前年のアメリカ空軍との提携に継いで、ピュージェット・サウンド海軍造船所(PSNS & IMF)内での作業をサポートする全身型の強化外骨格の開発で提携したと発表した。同社が開発している強化外骨格は、『エイリアン2』のパワーローダーを洗練したようなスタイルで、まさにハーディマン以来、アメリカ軍が目指していたものと言える。

問題点とその解決

機械的サポートして大きな力を発揮することを目的としたパワードスーツは、いくつかの問題を抱えていた。

まず、制御系の問題である。何らかの原因で制御が不完全になったり、あるいは制御不能な状態になったりした場合、操縦者である人間の身体を損傷する可能性が高い。ハーディマンが実用に至らなかったのも、当時はコンピュータやセンサーの技術も未熟であったので、この問題を解決することが困難であったと考えられる。

この問題解決の鍵となっているのが、義手でも用いられている筋電センサーである。人間が筋肉を動かす際には微小な電流が生じる。その電圧を測定するのが筋電センサーであり、その信号をコンピュータのよって処理することで、パワーアシストスーツを制御している。かつてはゲル上の物質を塗るなどで皮膚の電気抵抗を下げないと筋電を正確に測ることが難しかったが、現在では技術の進歩により、表面の電気抵抗が高い状態でも、正確に測ることが可能になった。これによって、筋電センサーを利用した制御が非常に容易になった。

次に、構造上の問題である。操縦者の身体に密着する能動装具や閉構造型外骨格では、操縦者の関節とパワードスーツの関節の位置、可動域が一致しなければ、操縦者の身体に負担を与えることになる。このため、現実の研究では、特にこの問題が発生しやすい閉構造型は忌避される嫌いがある。

この問題は3Dプリンターの登場によって構造体を安価且つ速やかにカスタマイズして製造できる目途がつくことによって解決されつつある。

次に動力の問題がある。ハーディマンは油圧駆動であり、現在の主流は電動モーターなどであるが、電源の容量や重量は大きな課題となる。燃料電池等の技術によってある程度は解決されるであろうと考えられるが、現在は、限定的な機能のパワーアシストスーツについては、無動力のものが開発されている。先の分類で言えば、「能動装具」と呼ぶのが一番近いだろう。

2013年、北海道大学発のベンチャー企業スマートサポートは、同大の田中孝之研究室と共同で、ゴムの張力を利用して身体の曲げ伸ばしをサポートする「スマートスーツ」を開発した。ゴムが負荷になりそうに見えるが、25%ほど負荷を軽減できるという。

2014年には、今仙技術研究所と名古屋工業大学の佐野明人研究室その共同開発による、「受動歩行」の理論に基づいて重力とバネでだけで歩行をアシストする無動力歩行支援機「ACSIVE」を発売した。

2015年、ダイヤ工業が広島大学の栗田雄一研究室と共同開発した「アンプラグド・パワードスーツ」は空気圧式の人工筋肉を使い、歩行時に地面から受ける反動をもとに空気圧を生み出し、反対側の脚を振り出す動きをサポートする。

2017年には、アメリカのEkso Bionics社が、フォード社と共同で、ばね動力のベスト型パワードスーツ「EksoVest」を開発、実証テストを行った。製造工程における事故の現象と、労働者の疲労の軽減、生産性の向上に効果が確認された。これは自動車工場において多く見られる上向きの作業時に、上半身と両腕の固定をサポートする機能を中心に、極めて限定した機能に絞って開発されている。また同社は、医療用に歩行補助器具として「EksoGT」という商品も販売しており、こちらも仕組みとしては同様のものである。

これらは、エフレーモフが描いた《踊る骸骨》に極めて近いものと言える。

【このシリーズの参考文献】

・永瀬唯(1996)『肉体のヌートピア―ロボット、パワードスーツ、サイボーグの考古学』青弓社
・小山猛,山藤和男,田中孝之(2000)「介護用装着型ヒューマン・アシスト装置に関する研究(第1報,コンセプト,システム設計と実機の開発)」日本機械学会論文集C編66(651),p3679-3684
・前田太郎(2004)「パワードスーツのサイエンス: 創作と創造の狭間で」計測と制御43(1),p38-45)
・木口量夫(2006)「パワードスーツ」計測と制御45(5),p436-439
・氷川竜介、井上幸一、佐脇大祐(2013)「日本アニメーションガイド・ロボットアニメ編」文化庁・森ビル株式会社
・稲見昌彦(2016)『スーパーヒューマン誕生!人間はSFを超える』NHK出版
Andrew Liptak(2017)「18 suits of power armor from science fiction you don’t want to meet on the battlefield:A staple of sci-fi warfare」
・https://www.sarcos.com/press-releases/u-s-navy-partners-with-sarcos-robotics/
・https://www.sarcos.com/press-releases/sarcos-robotics-awarded-second-exoskeleton-development-contract-for-united-states-air-force-logistics-applications/

(完)



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