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ラオス初の義足ランナー(とそのコーチ)を応援する意義

この記事は昨年2020年2月に執筆し、その後掲載がされなかったので、5/27のオンラインイベントのために新たな情報を加筆修正したものです。

オリパラを取り巻く環境

ついに我々は2020年を迎えた.夏にあるオリンピックパラリンピックに向けて選手たちはより一層練習に励み,メディアたちは注目選手を我先とばかり取り上げている.我々Xiborgもサポートをしている選手の恩恵を受け,開発している競技用義足に取材申し込みをたくさんいただいている.ありがたい.

一方で,2020年以降の話も徐々に耳にするようになり,一部の人たちは真剣に"レガシー"について考え始めている.もしかしたら,2020年以降日本に残るもの多くは,すでに今メディアバリューがすでにあるものではなく,これから徐々に大きく育つプロジェクトなのかもしれない.ただ,こういった地味な活動は初期の段階では人の目に止まる事は少なく,アンダーグラウンドで地道に活動を続け,なおかつ実を結んだものだけが日の目を浴びる.私自身,メディアに取り上げられるものはトップアスリート向けの活動や乙武義足プロジェクトに関することが多いが,2020年以降の社会を本気で考え,昨年から地下で根っこを広げながら,いずれ地上で大きな花を咲かすであろうプロジェクトをラオスという国で始めた.

ラオス はOECDでいう最貧国の一つとして知られる.ちなみにリオパラリンピックに最貧国から参加した義足ランナーはゼロである.オリンピックと同じく,パラリンピックも経済的に豊かな国であり,アスリート育成に熱心な国がメダルを取得する傾向がある.さらには,開発途上国の中には障害者の人権すらしっかりと認められていないところも少なくなく,障害者がスポーツをする事は日本よりも格段に敷居の高いことだ.それは経済発展を優先することで,社会福祉やスポーツは後回しになりがちだからだ.一方でパラスポーツは,ロンドンでのオスカーピストリウス選手のオリンピック参加やChannel4のSuperhumansのプロモーション以降,一部のパラアスリートはスポンサーがつき,プロのアスリートとして活動できるようになってきた.私にとって,スポーツとはただ単純に見ていて楽しいという事以上に,経済的・政治的合理性を超えたところで人のプリミティブな部分で共感できる普遍的な魅力があるところだ.それは,同じ身体を持った我々が,身体を動かすことによって感じる心地よさや達成感,または人智を超えたパフォーマンスに敬意をもてることに共通性があるからだと思う.ラオスは障害者がスポーツをすること自体まだまだ困難な状況ではあるが,先進国が辿った順序ではなく,逆にパラスポーツを推し進めることにより社会課題を解決するような,リバースイノベーションのスポーツ版みたいな事ができないだろうか.つまり,ラオスのような国からパラアスリートが生まれ,世界で活躍するその姿をみて切断患者が自分も走れることを知り,さらには障害にかかわらず普通に走ることをスポーツとして楽しむことがあたりまえの社会につながるのではないだろうかと考えている.

最近ではSDGsをキーワードにダイバーシティやインクルージョンを推奨する流れが国連から生まれている。実はパラリンピックとSDGsはおそらくオリンピックよりも相性が良いと考えている。日本でもスポーツ庁がスポーツ実施率を上げるべく様々な施策を講じており、障害者スポーツにおいてもこのことが重要視されている。誰もが健康で十分な福祉を目指すSDGsのゴールなどにパラスポーツは非常に重要なキーワードだと考えている。

ラオスという国

ベトナム戦争を経て、ベトナムやカンボジア,タイなどの周辺諸国は劇的な経済成長を遂げている.タイのバンコクやカンボジアのプノンペンの都市部だけみれば、途上国というイメージはなく開発が進んでいる.一方でアジア最貧国でとして名前が上がるのがミャンマー,バングラディッシュ,ブータン,パキスタン,東ティモールなど,そしてラオスだ.人口は600万人,面積が236,800km^2と千葉県と同じくらいの人たちが,千葉県の40倍以上の土地に住んでいる.社会主義国家で国としての産業や海外資本の企業の参入も少なく,従来の東南アジアの雰囲気が首都ビエンチャンでも残っており,実は海外からの観光客も多い.ベトナム戦争のせいで地雷やクラスター爆弾の不発弾の被害者も多く、切断患者も多い.障害者は通常このような経済後進国では日本とは環境が大きく異なり、スポーツどころか就労も比較にならないくらいに難しい問題である.

なぜラオスか

障害者スポーツの環境
ラオスパラリンピックコミッティーは存在しているが,選手たちはまだまだ恵まれた環境にあるわけではない.そんな中JICAの支援をうけ,ADDPという日本のNGOが障害者スポーツの支援をすでにしており,障害者陸上のチームがある.そのコーチが日本人パラアスリートの羽根裕之さんである.ラオスに競技用義足をつけた義足ランナーがいるなら,障害者陸上チームで障害者陸上に精通したコーチをうけらえる環境がすでにあったといえる.

義足作りの環境
国の厚労省にあたる所轄の中にCOPEという義足製作所があり,ポリプロピレン(PP)を使った義足を長年作っている.義足づくりに関して,すでに現地で環境が整っているのと,長年ここで活動をしてきたADDPがこれらのステークホルダーと信頼関係がすでに構築されていること.そして,そのADDPが今回の活動に全面的に協力していただいた.

PPソケットに板バネを付けることの意味

International  Commitee of RedCross(ICRC)が紛争地域などに支援に入る時,採用しているのがポリプロピレン製の義足テクノロジーだ.安価で作り方も比較的容易で設備さえあれば比較的簡易に作ることができる.

紛争が収まり,ICRCが撤退した後もPP義足は現地に定着し続けることが多いため,ベトナム戦争後のカンボジアやベトナム,そしてラオスなど世界中でこのPPでできた義足がいまだに使用されていることが多い.ICRCが介入する国は比較的政治的に不安定で経済的に恵まれていないことが多い.このことからPPソケットに競技用の板バネを取り付けることができれば,経済的に恵まれていない国でも義足ランナーが生まれる環境を作ることができ,さらにそのムーブメントがスケールすることもできるのではないかと期待もしている.

PPはポリマーなので,日本のパラアスリートが使用してるカーボン製のソケットと比べ,耐久性も強度も劣る.今回のプロジェクトはPP ソケットの技術的な課題に対するチャレンジでもあった.

PPソケットへの板バネの付け方

上述の通り,一般的にPP義足はカーボン製のものよりも強度も耐久性もが弱い.そもそもPPという素材の強度が弱いということもあるが,それだけではなくPPは水分や紫外線の耐候性が低いため,安価ではあるが競技用義足を取り付けるには向かない素材といえる.そんなPPソケットに競技用義足をつけたことがある田沢義肢装具士製作所の柴田義肢装具士に取り付け方をラオスに行く前に教えていただいた.ちなみに柴田さんはラオスのCOPEの立ち上げのメンバーでもあるとのこと.作り方は,現地のクリニックで行われているソケット作りを一工夫することにより,現地の義肢装具士ができるようになることが望ましいと考えた.詳しいことは割愛するが,金属パーツをソケットの後方に乗せ,熱で柔らかくなったPPの板を後方から,型に巻き,内側の空気を抜いた.また金属パーツの周辺は大きな力が加わるから,PPの板を2重にした.

通常Xiborgのアスリートはトップスピードでも最大200~300kgfの床半力を受けるので,600kgfの加圧試験を行い,壊れないということを確認して現地でのワークショップに挑んだ.

ラオスでのワークショップ

今回のプロジェクトの目的はラオス史上初の義足ランナーを誕生させること.ワークショップは3日間行われた.

1日目
関係者が集まり,オープニングセレモニーが行われた.ラオスではこういった主要な機関から要人を招待し,このような会を行うことは非常に重要な儀式のようだ.

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その後,担当義肢装具士のKi Sansathitと事前にソケット作りの打ち合わせし,作業に取り掛かった.患者はCOPEが事前に募集をかけ,断端の状態や残存機能,走ることへの熱意から選定し,Sitくんが選ばれた.この日は断端の採型後,石膏でオスの型を作った.その後,ソケットと断端の間のショック吸収材として働くソフトライナーを型に巻きつけ,その型の後方に我々が自作した金属パーツを乗せ,日本で行った実験と同じようにパーツ周辺を2重にして熱したPPの板を巻きつけ,初日の作業を終えた.

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2日目

PPの余計な部分を切り取り,縁を綺麗にやすりがけを行い,徐々にソケットの形ができあがる.ラオスでは日本で使われているようなシリコンライナーが使えないため,義足が走行中に脱げないようにベルトも取り付けた.
完成したソケットに競技用の板バネを取り付け,施設内で軽く試走を行った.試走をしながら,取り付け角度や義足の長さを調整し,走りやすいアライメントの調整を行った.


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3日目

競技場にいき,羽根コーチと一緒に軽くトレーニングを行った.事故にあって数年ぶりに走る感覚を味わって,終始楽しんでいた.50m走の測定を行い,8.09秒を記録した.

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魚を与える支援と魚の釣り方を教える支援

途上国への支援を,無人島に漂流した人たちを支援することに例え,魚を与えるか釣り方を教えるかという問いをよく耳にする.その日に何か食べないと死んでしまう人には釣りどころではなく,すぐに食べられる魚のほうが重要だ.一方で継続的な活動にしていくためには,魚の釣り方を伝えた方が長い目でみれば生命が持続するという考え方もある.どちらかが大事ということではなく,どちらが重要なタイミングかということだろうか.Xiborgはラオスに居続ける事はないため,我々が国からいなくなったとしてもラオスの人たちが自分たちで続けていけるようにしたいと考える.今回のプロジェクトは,現地のクリニックでPPソケットに板バネをつける技術移転を行ったので,我々がいなくても板バネさえあれば彼らの手だけで義足ランナーが生まれる下地ができたといえる.

課題

今回は,安価なPPソケットが現地で使われているため,そのままPPソケットを採用したが,ソケット自体の耐候性に関しては未解決のままだ.今回作成したソケットがどれくらい持つものなのか,経過観察が必要である.また,日本の義足とは異なり,シリコンライナーではなくソフトライナーと呼ばれるショック吸収材がソケットと断端との間に使われているが,おそらく激しく走れば摩擦も生まれ,断端に傷もできるようになるだろう.これに関しても要経過観察事項だ.

今回は下腿義足のみを対象にしたが,実は大腿義足ユーザもラオスには多く存在している.大腿義足には板バネのほかに膝継手も必要になるため,さらに難易度が高い.これらのことにも取り掛からなければならない.実際今回のワークショップでは2名が選出されたが,もう1名の下腿義足ユーザは断端が短く,さらに膝関節が硬直していて,ほぼ大腿義足の制が求められたため、今回はあきらめたという経緯がある.本人は走りたいという希望を持ちながら,それをかなえてあげられなかったことが今回悔やまれる

また,本プロジェクトはADDPが社会的な意義を感じ,手弁当で行った部分が多く,本当なら国が自発的にこのような活動を行うことが望ましい.継続的に義足ランナーが生まれる環境にはまだまだ時間がかかりそうだ.

最後に,本文章は義足ランナーという言葉を使っているが,義足アスリートとは区別した表現だ.競技用義足を与えられた切断患者が急にアスリートになれるわけではない.厳しい練習を続け,身体をきたえあげて,はじめてアスリートとよばれるようになる.今後Sit君が義足のアスリートになれるかどうかは、練習環境だけでなく、就労環境や彼自身の才能や努力にも依存するものであり、暖かく見守りたいと思う。

2021年今

新型コロナウィルス感染拡大により、東京オリンピックパラリンピックが2021年に延期された。これは誰もが2年前には予測できなかったことだ。ラオスでもロックダウンにより活動中止が余儀なくされた。そしてSit君の姿は練習場にはなかった。

東京オリンピックパラリンピック開催が危ぶまれる中、コーチの羽根さんの記事が掲載された。

日本では、行動が制限されてはいるものの、WPA公認の大会は運営の尽力により開催され、選手たちはパラリンピックを目指して練習を続けていける環境はある程度保たれている。一方でラオスでは、パラリンピックに出場するための標準タイムを切るレースに出ることすらできない状態だそうだ。我々は今一度オリンピックパラリンピックの社会的意義やスポーツの本来の意義に立ち返り、その社会課題に向けて行動をすべきと考える。そのために、まずはこの活動を周知すべく以下のイベントを企画した。是非レガシーに一つとして、このような活動があるということを1人でも多くの人に知ってもらいたい。

https://xxiborg05.peatix.com/view



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