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良い人からの卒業

いい人でいることをやめます。
イエスマンをやめます。
優等生をやめます。

31歳にもなると、そこそこ自己理解も深まってきて、最近思うのは、とりあえず何でも屋さんをやめたいということ。

私の特技は、物覚えが早いこと、理解力があること、器用なこと、環境適応能力が高いこと。
結果、なんでも卒なくこなせる人材ではあると思う。

前職の上司は、私のことをスペックが高いCPUだと例えていた。(直接言われたわけではない)

うーむ。単純に喜べない。
要は、処理能力の高いパソコンみたいなものってことだよね?!と。
それって、別に私じゃなくてもよくて、より優れたスペックが現れたら、私は用無しってことだよね?!と。

でも、仕事において、大事なことでも雑務でも、頼まれたことは何でもきっちりとやってしまうのは、結局自分が選択していることなんだよなーと最近思う。

それは、自信がないから。

仕事を断ったり、やりたくない、とつっぱねても通用するだけの、自分のバリューが発揮できてないから。

だから、いい人でいること、何でも屋さんでいることは、私にとっては逆に楽な選択をしてるだけなんだと気づいた。

本気で断りたかったら、それ以上に大事な仕事をしていると証明する必要がある。
優先順位付けをして、上司や同僚と議論する必要がある。
結局それをやる方が私にとってはハードルが高く、何でも引き受けてしまう。


でも、何でも屋さんで、何でもそこそこできるけど、特にコレといったバリューがない人材って、今後どれだけ生き残れるのか。

同じように、人生においても、周りにあわせることでいい人だ思われていて、そんな私に惹かれてきて周りの人は、どれだけ本当の友達と言えるんだろうか?

わがままでも、身勝手でも、自分の意見言って、尖って、それでも自分の周りにいる人がいるとしたら、その方が何百倍も貴重じゃないかな?と。


ということで、少しずつ、ノーと言うことに挑戦しようと思います。
まずは、気心が知れた人から練習しよう。旦那さんを練習台に( ⊙‿⊙)

つづく


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