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熊料理の記録

ひょんなことから熊肉と熊骨をもらった。
狩猟で獲られたツキノワグマだ。
半ば押し付けられたような格好だが、触ったことがない食材を料理するのは大好きなので引き受けてしまった。

不定形な肉を塊にしてラップで包んである

まずは肉だ。
肩から腕にかけての肉と言われた。
となると比較的硬めの肉質なので煮込むのが正解だろう。

ポリ袋に入った骨たち

続いて骨。
平たい骨は明らかに肩甲骨なので、残りは上腕骨、橈骨と尺骨のセットであることがわかった。

冷水に漬けて30分もすると血が底に溜まる

焼いて食べた人によると状態は良いとのことだったが、最初の写真を見てわかる通り血が浮いているし、完璧な血抜きではなさそうだ。
冷水に浸して放血すると、肉から血が抜ける。
この作業を4-5回繰り返す必要があり、これだけで一晩かかった。

骨を血抜きするとアクの量が格段に減る

骨も当然、放血しなければならない。
写真で見るだけで血が抜けて肉の色が薄くなっているのがわかるだろう。
血が抜けたら一度サッと茹で、しっかり洗ってから本番のダシ取りを行う。
先達が行ったネット記事を読むと、この手間を省くと動物園のような匂いがするようだ。
幸いここまでやると嫌な匂いは全く出なかった。

骨と香味野菜のダシ、表面には熊脂が浮く

ゼラチン感がスゴい。
ラーメンにでもなりそうだが、味見すると独特の金属っぽい癖がある。
料理人の直感として野菜が合うと感じたので、熊汁に仕立てることにした。
なお、熊は脂が旨いのでなるべく残すようにした(最後に減ってしまったが)。
熊そのものは「徳山鮓」で食べたことがあり、味は知っているのだ。

汁にするので肉は小さめに刻んだ

肩肉を煮たものと、骨の周りについていた肉を集めると結構な量になった。
これを軽く下味をつけた熊ダシで煮る。

プルドベアーになった

骨はすっかり出し殻になった。
少量の骨で大量のスープがとれた。
割れば骨髄からもダシが出たかもしれないが、この太い骨を割るには薪割り用の斧が必要だろう。
そんなもの、ウチにはない。

ツルツルになった骨たち

さて、熊ダシだけで味付けするには旨味のニュアンスが乏しい。
なので昆布ダシと混合ダシを加えることにした。
まず、利尻昆布10gと水1リットルを用意し、それをジップロックに入れる。
そして低温調理器で60度に保って、2時間加熱する。

昆布ダシのためにこの機械を買ってもいいと思う

こうするとクリアでありながら濃厚な昆布ダシが取れる。
あらゆる料理に使えるが、これに豆腐を入れれば極上の湯豆腐になる。
試してみてほしい。
そして昆布ダシに混合節を入れ、少し強めに煮出す。
本枯れ節のような品のいいダシは合わないと感じ、サバ節やソウダガツオ節の分厚い風味がほしかったので混合節を選んだ。

野菜はアクセントになるよう大きめにカット

そこに野菜を加えて一晩置く。
グラグラ煮てしまうと野菜が痩せるし、香りが抜ける。
予熱でゆっくり加熱するくらいが丁度いい。
野菜はこの手の汁には風味として必須のゴボウとニンジン、それと黒丸大根が冷蔵庫にあったので入れることにした。
これらは具にもなるが、もっと重要な役割は最後の風味付け。
熊汁は大量にできるので、友人たちにプレゼントするつもりだが、これ以外の具が必要なら各人で加えてもらえばいい。

和ダシに浸った野菜はこのまま一晩置く

一晩経ち、野菜にはダシが染み、ダシには野菜の風味が移っている。
このまま味付けすれば最高の味噌汁になるが、今回は熊汁である。
冷蔵していた熊ダシと熊肉を加える。

冷蔵しておいた熊ダシ

熊ダシと鍋に加えて加熱すると、一気にアクが浮いてきた。
野菜のポリフェノールと反応したのだろうか?
さすがにこの量は放置できないので取り去ったが、お陰で油がかなり減ってしまった。

大量のアク

アクを取り除き、最後の課題は味付けである。
そのまま味見すると、味噌だったら間違いないことがわかる。
実はこの時点まで味噌味にしようと考えていた。
前述のとおり、熊ダシには少し金属的な風味があって、味噌じゃないと厳しいと思っていたのだ。
しかし、味噌は風味も旨味も強いので、その味で塗りつぶされてしまう。
幸い昆布&混合節のダシと野菜のダシが合わさると、いい感じに熊ダシの癖を抑えてくれた。
料理としての旨さは劣るが、熊の味をしっかり感じられるよう、塩ベースにすることにした。
これから先、味噌味の熊汁を食べる機会はあるだろうが、塩味が食べられる機会はまずないだろう。
食べる人たちが得られる経験値を優先したのだ。

完成した熊汁(塩味)

加熱し続けていても、撹拌の手を止めると直ちに表面に膜を生じる。
飲み口はすっきりだが、ゼラチンはかなり含まれているようだ。
試していないが、そのまま飲むより雑炊にしたほうが熊らしさが感じられるのではないか?と思う。
友人たちの反応が楽しみだ。

さて、ここからは閲覧注意になる。
ちょっとグロいので、スクロールには注意してほしい。










勘のいい人はわかっているかもしれないが、肩から腕にかけての肉と骨があるのだから、あの高級部位はどうした?ということである。
そのとおり。

熊の手の甲
熊の手の平

こんなの誰が料理するんだよ!ということで、結局僕に押し付けられ、興味に負けて受け取ってしまった。
受け取った以上、ちゃんと食べられる料理に仕上げなければならない。
ネットで一通り調べたが、あまり詳しい情報はない。
これまでの知識と経験で補い、試行錯誤しながら作業するしかなかった。
まずはお湯でしっかり茹で、毛を抜くところからだ。
茹でる前はフニャフニャで柔らかかった手が、ガッチガチに固くなった。

この産毛(剛毛だが)が全然抜けない

最初のうちはペンチで抜き、冷めたら毛穴が締まるので再び茹でて抜くを繰り返し、途中から魚用の骨抜きに代えて産毛を毟った。
握力がなくなるほど、2時間は格闘したと思うが、これ以上は無理だった。
特に指の間の毛が全然抜けない。
ここからバーナーで焼くという情報もあったが、毛根が残ると舌触りがジャリジャリするので、僕は表皮を削ぐことにした。

やっと食材っぽくなってきた
指の付け根に苦労の跡が伺える

カミソリ並みによく切れる包丁で表皮を削ぐ。
手の平のシワシワ部分は分厚い角質なので、全て削ぎ落とした。
特に指の付け根の窪んだ部分の掃除には苦労させられた。
ここまでやってバーナーで炙り、わずかに残った毛を焼いた。

肉質はゼラチンの塊で、筋肉部分はそれほど多くないように感じたので、赤ワイン煮にすることにした。
ゼラチンは旨いけれど風味がないので、赤ワインや香味野菜で補うのだ。
熊の手を赤ワインでマリネし、香味野菜を焼く。
それを圧力鍋に入れて30分加熱したものが、これだ。

神社に鬼の手として奉納されてたモノか?
なんて禍々しい…

鍋から取り出しつつ、悪魔の手かよ!と一人でツッコミを入れてしまった。
圧力鍋の高圧モードで30分も加熱すれば、どんなに硬い部位でもトロトロになるものだが、さすが熊の手、ガッチガチでまるで硬いゴムの塊だった。
この時点で何とか爪だけは外すことができた。
これまでに何度も茹でこぼしているので問題ないはずだが、感覚的に不潔なので早く外したかったのだ。
そして、さらに30分、それでもダメなのでさらに50分、圧力鍋で3回加熱して、やっと柔らかくなった。

左が骨、右が肉

人間の手もそうだが、熊の手も中に小さな骨が大量に入っている。
可食部と同じくらいの量の骨が入っていた。
最終的に食べられる部分の重さは100gほど。
多大な労力に比して、成果はとても少ない。
なるほど、これを料理として出すなら高くなるわと理解できた。
次にやるなら(当分やりたくない)ツキノワグマの小さな手ではなく、ヒグマの大きな手をやりたい。

煮汁を濾し、塩やバルサミコ酢で味付けし、煮詰めてソースを作る。
そこへ一口大にカットした熊の手を入れて馴染ませる。

ミロワール近くまで煮詰めたソースを肉に絡める
熊の手の赤ワイン煮、完成!

やっと完成した。
ほとんどがトロトロのゼラチンで、赤身はさっくりして割合としては少し。
我ながら赤ワイン煮にしたのは大正解で、レストランで出てきてもおかしくない程度に仕上がった。
一人で食べてもつまらないので、熊汁を取りに来た友人たちに一口ずつ食べさせてやるつもりだ。

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