【ショート】架空の恋

私は二階造りの一戸建てで、友人と4人でルームシェアしている

ルームシェアとは言えども寝室は区切ってないため、寮のように、ベッドが4つあり、一つの部屋に4人の価値観が混在している

部屋の一角はA子の趣味でインスタ映えな写真が撮るための撮影スタジオっぽく機材や背景スクリーンなどが置かれてファンタジーな部屋になってしまっている

他の2人も好きなぬいぐるみやかわいいベッドカバーなど女の子らしいものが溢れんばかりに飾らせているが、私のシンプルな白いダブルベッドしかないスペースは非常に殺風景だ

『仕事から帰って寝るだけの部屋だし、物はなるべくない方がいい。身軽に動けない。』と思っていた

今日のスケジュールを見ると、珍しく仕事帰りに予定が入っている
今日はハタチの頃、アルバイトしていた居酒屋の飲み会に5年ぶりに行く予定だ

私はアルバイトを辞めてからは疎遠になってしまったが、私はオープンの日は毎回出勤していて、働いていたメンバーはみんな歳が近くて、ほとんど毎日ずっと過ごしていて大学の講義以外はずっと一緒だった

居酒屋のメンバーと言えばお酒を好みそうだが、意外にもお酒を飲まないメンバーで、夜の遊びとは言えどもカラオケやビリヤードダーツにボーリング、スロット、ネカフェで漫画やネット三昧などハタチになったばかりに私には
仲間と過ごす大人の夜の世界は輝いていた

6歳上の店長のGさんは職場メンバーからの信頼も厚く、お客様にも好かれているイケメンだった

私はホールのリーダーで、店長と仕事をすることが多く、店長の代理やサポート業務もあったため、その分店長にやたら一人だけとても厳しく指導されていたこともあった
理不尽にみんなの前で怒鳴られることもあり、私は仕事ができない自分への悔しさと店長の厳しさに唇を噛み締めて黙っていた

働き始めて2年目に入る頃、調理場のベテランのNくんと波長が合い、普段過ごすことが増え、いつも仕事の話やG店長とのトラブルもずっと辛抱強く最後まで私の話を聞いて励ましてくれていた

『俺、お前のこと親友だって思ってるよ』と言ってくれるほど、Nくんとは仲良くなったが、若かった私には日々の仕事とG店長しか見えていなかった

3年目を過ぎたある日、他の従業員達に『お前ら仲良すぎない?付き合ってんの?』と聞かれたとき、私は職場でG店長に不真面目だと思われたくなくて、『職場恋愛なんてあり得ないです』とNくんの前で言い切ってしまった

その日Nくんと2人きりでいつも通り帰ろうとするとNくんは『少し話さない?』と公園に誘われた

ブランコに2人で座り、自動販売機で買った缶コーヒー二つのうち一つを私に渡してくれた

N『俺、実は嘘付いてたんだ』
私『嘘?』
N『そう、俺りっちに嫌われたくなくて嘘付いた』
私『よく分からないよ』
N『俺りっちが好きなの。仕事に一生懸命で、頑張ってて…でもりっちはG店長に認められたくて必死じゃん?だから相談役として…ずっとずっとそばにいたらいつかは振り向いて貰えるかと思ったんだ。最初から。ズルイだろ?』

私はNくんの気持ちに気付かず、親友だって言う彼の優しさに甘えていただけだと気付いた

私『うんん、ズルくないよ。でもなぜ今話すの?』
N『俺実は最近告白されたの、昔好きだった人に。りっちのことは大好きだけどそろそろ踏ん切り付けてちゃんと向き合って貰わなきゃって思ったんだ。1年…1年俺は待ってたけど』
私『私はG店長に不真面目だと思われたくなくてNくんの気持ちを傷付ける発言をしてしまったし、それにあなたの優しさに甘えてしまってズルイのは私の方やん。だって私が認めて欲しいのはG店長だからな…ごめんね』
N『うんん…これからも親友でいてくれる?』
私『うん、同じ形ではないけど、君が辛いときや嬉しいときは真っ先に駆け付けるよな』

現在Nくんはその時お付き合いした女性と結婚し、私はその後居酒屋を辞めてG店長とも疎遠になった

Nくん元気かな?と思いながら懐かしい居酒屋に着く
足はたくさん歩いた道を忘れていないようだ
はやる気持ちを『平常心』と呟きながら扉を開ける

すぐG店長が目に入ったあと、Nくんが手招きしている。他のメンバーも相変わらずだ。
日々仕事に追われていた私はハタチの頃にタイムスリップしたかのような気持ちを抱いた

『居酒屋で働いてるのに俺ら一緒に飲んだことなかったよなー!これが初めての飲み会じゃねー?』と盛り上がる先輩達と昔話に花を咲かす

歳を取ったのか生活リズムが変わったからかみんな22時頃には体力が尽きそうだった
『そろそろ帰るか!歳はとりたくねぇなぁ!』とわいわいお会計をしたあと、それぞれの帰り道に別れて行った

私はG店長とNくんと一緒の帰り道だ
気を張っていたのか解散した途端に珍しく酒が回る
私『ちょっと公園で頭冷やしてから帰るわ!Nくんは奥さま心配するから先に帰りなよ!』
G『N、俺が付き添うから、お前はりっちが言うように先に帰りな』
N『…分かりました。絶対!りっちに手を出さないで下さいよ!』

(何言ってるんだNくん、あの店長だぞ。私があんなに嫌われてたのに手を出される訳がないやん)

G『ほら水飲め』
私『ありがとうございます』
G『…ほら、肩貸せ。水飲んだらタクシーで送るから、帰るぞ』
私『うう…タクシー高い…』

聞きたいこといっぱいあったはずなのに
2人の関係性もあの頃のままか
何故だかそうタクシーに揺られながら外を眺めている隣の店長の横顔を眺めていた

G『ほら、着いたぞ、降りろ。玄関まで送ったるから』
私『はい〜』足元がふらふらする
G店長の体の厚さこんなんだったんだなぁと肩を貸しながらしっかりチェックする
イケメンの体なんぞ次触れるのはいつか分からない、刹那も堪能するぞと思ったのも束の間

(はぁ〜イケメンにくっついていられたのは一瞬だったなぁ…酔ってなければワンチャンあったかもしれないのにアホやわ、私)と不純な私に対して律儀に玄関まで送ってくれた

私『こんなところまですみません。嫌いなやつを送ってくれてありがとうございました!』
G『…じゃあ、タクシー待ってるから俺行くぞ』
私『はい!』
G『顔上げろ』
私『んん?なん…』

何でしょう?と言い切る前に柔らかいものに口を塞がれた
一瞬なんだか分からなかった

なんだってぇええ!?G…貴様…ここでチューかぁぁあああ!?
もう部屋に連れ込みたい、いや、部屋にはルームメイトがいたじゃねぇか!んじゃ、もう少しイケメンの唇を堪能したい!と躍起になった瞬間

ひょいとGさんは体を離し『じゃ』とタクシーに戻って行った

はぁぁあああ?なんだあの男
気を持たせるだけ持たせて立ち去りやがった
くそー!もっと堪能したかったイケメンの唇…
怒り心頭で家に入ると『おかえり』と穏やかに笑う恋人が待っていた

(あ、まずい…そう言えば恋人がいたんだった私…チューは浮気か?不可抗力か?下心あったからな…線引きが曖昧だ)と焦りながら恋人に『ただいま』と返す

部屋ではルームメイトが騒いでいる声がする
恋人『飲み会楽しかった?』
私『うん、昔気になっていた人にも会って懐かしかったよ』
恋人『ねぇ、りっち』
私『ん?』
恋人『架空の恋ならしてもいいんだよ。恋はしなくちゃダメだよ』
私『え?どうして?』
恋人『恋をしないと…人は止まってしまうから』

え?ってところで目が覚めた

『架空の恋』
※りっちの壮大な夢で全てフィクションです

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