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怪談 〜夜の病院〜
それは僕がまだ研修医で、とある総合病院に勤務していたときのこと。
僕の所属する病棟は、院内でもICUに次いで重症患者さんの多いセクションだった。
さらにその病棟の中で、もっとも重症の方が入る部屋が決まっていたのだが、
基本的にはその部屋は、もう助かることのできない方とご家族との時間を創ってあげることが目的のような部屋だった。
その部屋には、嘘か本当か、妙な都市伝説が囁かれていた。
人工呼吸器を使うと、なぜか勝手に設定が変わってしまう、というのだ。
もちろん、そんな話を信じる事もなく、「どこの病院にもそういうのありますよね〜」的な感じで流していた。
ある時、残念ながらもう助からない状態で運ばれてきた患者さんを、僕が担当することになった。
患者さんが入るのは、例の部屋。
もう真夜中で、呼吸器を設定して、退室。
身寄りは高齢のお姉さんだけで、翌日まで来られないというお話だった。
ちょうど24時も回ったため、帰る前にもう一度容態を診ておこうと思って部屋に入ると…
設定が変わっている!
患者さんの容態を変化させるほどの設定変化では無かったが、僕が設定した数値と明らかに違う。
背筋が寒くなってナースセンターに戻り、ちょうど準夜勤と深夜勤の看護師さんが申し送りをしていたので、
「せ、せ、せ、、、
設定が変わってたんです〜💦」
と報告した。
看護師さん達は、あんまり興味も無さそうに、
「あぁ、あの部屋ね」
みたいな反応。
ガクブルの僕を尻目に、準夜勤の看護師さん達は
「おつかれ〜」
と帰り始めた。
暗い医師官舎までの道のりを戻りたくなかった僕は、ナースセンターでカルテを書いてグズグズと明るい病棟にいた。
すると、帰ったはずの準夜勤の美人看護師さんが、顔面蒼白で戻ってくるではないか。
「ちょっと、先生。一緒に帰ろ!」
看護師さんに腕を引っ張られるようにして、職員駐車場まで連れて行かれた。
車まで、あと10メートルくらいのところで、彼女はキョロキョロと当たりを見回し、押し込むように僕を車に乗せ、近くのコンビニまで連れて行かれた。
コンビニの前で缶コーヒーを飲みながら、話を聞くと…
申し送り後、彼女がナースセンターを出て、車まで行くと、後ろから
キーコ キーコ ・・・
と何かを漕ぐような音がしたそうだ。
まあ空耳かと思って車の鍵を開けようとした瞬間、
なにかに足をギュッと掴まれ、
「おねーちゃん、僕と あ そ ぼ 」
三輪車に乗った可愛らしい子がこっちを見上げている!
ひ〜!!!
ぶっとんで、ナースセンターに戻って、僕を連れ出した、という訳だった。
そんな話を聞かされて、テンションだだ下がりの僕をおいて、車で颯爽とコンビニをあとにした彼女。
真っ暗な道を、病院の横にある医師官舎まで戻る僕の足取りは、とんでも無く重いものだった。
ようやく官舎にたどり着き、ドアを開けた瞬間。
ジリリリーン
と官舎に備え付けの黒電話がなって、もう腰が抜けそうになった。
出ると、病棟からの電話。
「例の患者さんが亡くなった」と。
病棟に戻り、亡くなった患者さんのお姉さんに電話すると、
「あぁ、さっき弟が子供の頃の姿で私に会いにきてくれました。
大好きだった三輪車に乗って・・・」駐車場まで看護師さんに引っ張られて連れて行かれたとき、肘にオッパイが当たってちょっと嬉しかった感覚なんて、どこかに吹き飛んだ。。。
おしまい