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宗教的な遺跡の保存と活用~ローマのカタコンベにおける研究の事例~

Barbara Mazzei

Pontifical Commission for Sacred Archaeology, via Napoleone III, 1, 00185 Rome, Italy
(Received 23 October 2014, revised )

概要
ローマのカタコンベは、ローマにおける最も重要な初期のキリスト教的建造物であり、毎年数千人の巡礼者が訪れる。それらの地下の性質は、保存の状態に影響を及ぼし、そういった特定の状況は、その完全性の喪失を抜きに変化させることはできない。唯一の実行可能な解決策は、持続可能な保存の形式が見つけられることであると考えられる。こういった理由により、近年私たちは多種多様な実験に着手してきた。
キーワード:ローマのカタコンベ、環境状態、保存、巡礼


1. 導入


 教皇に委託された貴重で巨大かつ崇高な財産の知識と保護への有効かつ確かな補助の要請のために、教皇庁神聖ローマ帝国考古学委員会(Pontifical Commission for Sacred Archaeology)は1852年から、イタリアのカタコンベにおける保護、監視、科学的な発掘の責任を負っている。ローマのカタコンベのその巨大な遺産は石灰華の岩で覆われた約60の墓地遺構から構成されている。それらは大きさや地形上の造成に置いて大きく異なる。壁画(約400も描かれた墓地構造物)は分散・分布・年代において均一ではない。それらの始まりは3から5世紀の間に遡り、時折のフラスコ画は6-7世紀のものであり、それは地下遺跡への最後の巡礼の証明である。
 この時代の後に、ローマのカタコンベは、アントニオ・ボシオがそれらの再発見の試みを始めた1578年までローマの地下に遺棄され忘れ去られていた。しかし、19世紀の中頃のギオバーニ・バッティスタ デ ロッシの科学的な手法により、我々はローマの初期のキリスト教の共同墓地の概要を知るに至った。


2. 事例研究

2.1. 地下遺跡の強化と保存


 今日、五つのカタコンベのみが訪問者に対して恒常的に公開されており、他の幾つかのみは申請によって訪問することができる。公共のカタコンベは非常に多様化されており、つまり訪問者の一部はただ観光を目的に訪れ、また一部は文化的な関心から、そしてそれ以外の多くは宗教的な理由に因る。彼らは各々に異なる期待や要求を持つが、その全ての要求を満たすことは非常に難しい。
 遺跡の特定の環境状態に際し、人と芸術品の両方の保護に適用された制約が存在する。訪問には常にツアーガイドが同伴し、訪問者は長時間地下の画廊に留まることはできない。幾らかの巡礼者のグループのみ、特別に選ばれた小部屋でミサを挙行する許可を得る。
 地下環境における最も主要な劣化要因は非常に高い数値の湿度であり、約96%である。訪問者の単純な存在だけでなく、それらの空間を来訪に適応させるための全ての種の介入もまた、微気候の状態の著しい変化を引き起こしうる。多数の入口、照明設備、換気システム等々は重要な変化の現象を引き起こす。
 文化的遺産の保護は、遺跡やその付属物の統一性とそれの特性の保存を意味するが、『文化的遺産は、その所有権から切り離して、彼らの絶え間なく発展してきた価値と信念、また知識と伝統の投影や表現と人々が見做している、過去から受け継がれた資源の集団である。それは時代を通して人々と場所の相互作用に起因している環境の全ての側面を含む。』。宗教的な目的で利用された歴史的遺産の成果は、特別にまたは主に信奉者によって享受されており、また公共の利用を目的にされ、彼らの事実上のDeputatio ad Cultum(礼拝の目的地)を超えている。
 それ故に保護活動は完全な状態と実現性の正しい兼ね合いを見つけなければならず、また何らかのかたちの干渉を始める前に、その影響を判断することはいかなる時も非常に重要である。


2.2. 古代と現代の研究


 カタコンベの発見の瞬間から、考古学者の興味はそこに維持されてきた絵画の形跡の保存へと向けられてきた。その時に利用できる技術では、壁画たちの劣化の進行を阻止することはできなかった。単純な水彩による模造品や複製の作成は、それらの重要な証拠を保存する唯一の方法であった。
 後に、その絵画たちを古物研究の蒐集に保管するために摘出するという、失敗に終わる試みも幾度にもわたって存在した。より高度な発明の開発により、複製は写真的手段によって作られた。そして、それらの白黒写真や水彩で描かれたものもまた、非常に貴重な壁画の考証ではあるが、写真の撮影や表面の稚拙な手入れが行われると、絵画に破壊をもたらす。
 20世紀初頭における考古学的な発掘の例により、真に緊急な修復もまた実行されたが、使用された材質は絵画の有効な保存において不適切であった。過去20年ではより信頼できる保存活動が着手されてきた。すなわち、それらは絵画の保護に使われる材質の徹底的な診断に助けられ、また、描画に使われた技術の分析によって先導された。これに関して、最近、石灰をベースにした漆喰の科学技術と、表面された装飾の作成のために古代のfossores(墓堀り人夫)によって使用された壁画の手法に関する、非常に興味深い研究が実施された。この研究は未だに発展途上ではあるが、カタコンベ内のフレスコ画の炭酸ガス飽和の手法を整頓しているように思われる。地下において高い数値を示す湿度のせいで、漆喰の硬化に長い時間を要することは、微細層序の中で炭酸飽和がより進行することを許していると見える。
 意図的な石灰塗装の技術に起因する他の特徴がないことから、この仮説は除外されている。
 多数の診断の試みもまた、専ら侵害的、破壊的ではない手法や技術を用いて、描画に使用された無機性の顔料の同定のために実行され、そして、完全で明瞭な色彩の特性分析を得ることを可能にした。
 同様に、様々な変化と損傷を装飾された表面にもたらしていた過程も考慮された。
 カタコンベの保存において最も影響力のある要因の一つは、来訪者にとって必須の照明である。照明の問題は19世紀の終わりから考慮されてきた。当時、アセチレンガス灯が使用されていたが、生じた過度の輝きと大気に放出された酸性の気体が有害であると考えられた。そこで、画廊と広場にはガス灯、絵画のある小部屋には獣脂の蝋燭を使用するというのが、見つけられた解決策であった。しかし、蝋燭は壁画の黒膜を急速に発達させた。数少ない場合でのみ黒膜は練り消しゴムで除去できたが、ほとんどの場合では絵画に残ってしまい、薄く密な層になった。
 また、電気の到来によって新しい問題も生じた。電気設備はほぼ絶え間なく作動しており、光合成的な有機体(萎黄病(カビ)のような)の大きく制御不可能な成長の状態を生じさせる。絵画上の微生物の成長は審美的かつ構造的な損傷を引き起こす。審美的な損傷として、絵画の表面の顔料の退色やシミ、生物膜の形成を考慮することができる。対して、描画の層の亀裂や崩壊、水疱や絵画の土台の変質、または絵画の層の支持からの剥離に至っているバインダー(展色剤)を、構造的な損傷として考慮できる。
 今日においては、生物的劣化は「岩へのラン藻類の攻撃」と呼ばれるヨーロッパの研究の中で研究されており、つまり、高い湿度、安定した温度、人工的な光源が、シアノバクテリア、緑藻類、珪藻植物、そして苔癬のような光合成微生物の成長を許すのである。生物膜の発達を減らす方法として単色の照明は検証されてきた。ブルーライト照明は最も効果的な解決策であったが、来訪者に対する影響が強過ぎた。
 そこで、従来の白熱電灯を発光ダイオードに替えるという妥協策が取られてきた。LEDは紫外線または赤外線を発さず、熱を生成しない。また、空間が無人の場合、特にその後数時間、照明は消されている。
 その他の非侵害的な解決策は、最小限の微気候の制御に基づいており、前回のESRARC 2013シンポジウムで発表されたサン・カリクストゥス近くのカタコンブで実施された進行中の研究から得られたものである。
 ローマのカタコンベで最もよく見られる被害である、炭酸カルシウムのさまざまな種類の被膜は、地下という特殊な環境と常に関連している。結晶の成長は絵画の細部のわかり易さに影響し、漆喰の成分と構造を変化させることがある。過去において、この種の損傷は空気の循環に帰されていた。この発達を阻止するためには、カタコンベへの入口で回転する扉の種類を使うことや、個々の部屋への通路をカーテンで覆うことが考えられる。だが不幸なことに、この単純だが効果的な解決策は今のところ用いられていない。
 フレスコ画の可読性を回復するために、あらゆる種類の酸の溶媒を使用する前に、機械的な除去でテストした後に、いくつかの試みが行われた。しかし、それらが絵画の保存の状態を悪化させてなくとも、その結果は非常に不十分であった。近世において、秀句者は彼らの限界を理解し、また、多くの場合において、むしろより損傷を与える行動をとらないことに決定した。
 この頃は、ICVBC(全米研究評議会)との協同の試行企画が、炭酸カルシウムの結晶化の進行の研究を開始している。
 聖マルコ、マルセルリアン、ダマススのカタコンベの十二使徒の小部屋の微気候のセンサー網を用いた監視が、周期的な表面の文様の変化の検出に結び付けられている。後者は非侵害的な技術の兼備によって実行され(例えば、比色分析の測定とデジタルのマイクロ写真測量)、また、古代の表面と最近塗られたフレスコ画の両方から取られた標本の実験室の調査(例えば、剥片の断面における、フーリエ変換赤外分光法、X線回析法、環境制御型走査型電子顕微鏡による分析)。最初の結果は、そのような異常な環境の監視に伴う運用上の問題点に興味深い見識をもたらしており、例として、考慮するパラメーターの選択や、本来の場所の実験(例えば、顔料と方法と時間の妥当性)で用いるデータも含んでいる。モニタリングは、長い期間の保存計画や、保存の面と地下埋葬室の描かれた遺産の振興などの間の実行可能なバランスの見通しに対して意義深いと推測される。
 更に、自然劣化は環境状態によって引き起こされるが、保存状態における最悪な変化は過去に行われた不適切な修復に起因する。
 酸性の洗浄により負わされた損傷も既に見られるが、他の深刻な損傷は、絵画の支持の保護を意図した行動によって作られていた。そのフレスコ画の崩壊の阻止のために、大量のセメントの壁土が作られてきた。時折、このセメントの壁土は絵画を覆ってしまい、それらはその下に敷かれている本来の壁土を傷つけることなく取り除くには非常に硬くなる。
 そのうえ描画された層を強化する試みは、ビニール製接着剤で行われてきた。接着剤の層は黄色くなり、またガラス状化しており、そして現在、顔料がそれに同化されているため除去することが不可能である。
 他の多くの絵画は、通常は屋外で修復作業が行われ、地下の環境においてとは異なる反応を起こしてしまった。屋内で作業が行われても、高い湿度のせいで効率は良くなかった。
 使用される方法論に関して、非常に慎重になることが必要であるというわけである。多くの場合において、最も成功した方法論の選択は本来の手法の実践に近く、修復作業で使う原料に対して特にそうである。我々は時折、過ちを犯す危険よりも干渉することを好まない。


3. 結果


 以下のような手法は近年非常に実用的になっており、新しい技術のおかげで、私たちは以前の修復作業で未解決のままの古い問題を解決できるようになった。
 実に、ローマのカタコンベにおける保存活動の最後の新分野は、レーザーによるクリーニングの方法論である。この方法論の結果は思いがけず良好であった。
 レーザーによるクリーニングの最初の応用は、聖テクラのカタコンベ(白か黒の、カルシウムの外皮の密集によって完全に隠されて、わからなくなっている絵画のある対の部屋)で実行された。
 早期のクリーニングの作業は、外科用メスや他の機械的な手段を用いた従来の手法を用いて実行され、より深いクリーニングは非常に侵害的であると思われたため、上述の硬い外皮の不完全な除去に留まった。しかし、歴史的、芸術的な関連性は、部分的に見える人物やシーンを調べた初期の段階から明らかであった。これは、教皇庁神聖ローマ帝国考古学委員会を、保存状態を査定し適切な保存処置を明らかにするための調査活動を喧伝することに導いた。
 このように、レーザー除去技術の組織的な実験が実行され、安全な外皮の除去の方法論を明らかにし、小部屋の壁画のレーザーによる全面的な修復の実行を可能にした。レーザー処置は使徒たちの初期の肖像や、歴史的かつ文化的に非常に重要な価値を持つ他の絵画の要素の発見を可能にした。
 レーザー除去技術の成功した応用にならって、聖なる考古物に対する教皇の任務は、ドミティッラのカタコンベの小部屋dei fornaiの壁画の保存問題において、類似した方法のアプローチを採ることを決定した。これは、比較的薄いが頑強な炭酸カルシウムの沈殿物で固められた炭化付着物の存在に関係しており、それは描画された小部屋の多くに共通する問題を代表する。
 また、この2つ目の研究事例においても、修復作業は、適切なレーザー数値の決定と操作上の質の実証という科学的なノウハウの当充によって助けられた。この診断試験と修復作業の結果は絵画の年代の解明を可能にした。
 地形的要素からは4世紀中頃と考えられるが、装飾の特徴、特にキリストが讃えられている後陣や、2組の使徒の間に安置されている宗教的設備の使用、使徒の原理であるペテロとパウロが前景に座っていることなどから、世紀末の数十年に対応していると考えられている。この二つの層の壁土の発見と実行の技術の研究の詳細化は様々な疑念を明らかにした。
 更には、レーザーによるクリーニングは、カタコンベの芸術において最も物議を醸すものの一つを明らかにした。50年前のアウレリアヌスの地下墓における修復作業は、図像的な題材の理解を妨げる薄い凝結を除去することは出来なかった。レーザーによる除去は、我々が、オデュッセウスと魔女または女神キルケーの物語と、預言者ヨブの人生の逸話の二者択一の仮説の除外に際して、最近の出来事に適合された不干渉的な方針を論証することが、正しい選択であったと確信を持って認めることを可能にした。
 この修復における重要な結果は、文化的遺産のこの種の価値設定化の明確な影響をもって、考古学的または図像学的な研究を高める。


4. 結論

 ローマのカタコンベはローマにおける最も重要な初期のキリスト教的建造物であり、毎年数千人の巡礼者が訪れる。それらの地下の性質は、保存の状態に影響を及ぼし、そういった特定の状況は、その完全性の喪失を抜きに変えることはできない。
 唯一の可視的な解決策は実行可能かつ持続可能な保存を明らかにすることであると考えられ、また、この分野における全体論的な手法は選択ではなく緊急かつ必須の要求であると考えられる。


※フーリエ変換赤外分光法
赤外分光法とは、0.8~1000μmの赤外領域の光を用いる分光法である。最もよく利用されるのは、中赤外の領域(2.5~25μm)で、この領域の吸収スペクトルは、分子振動のなかでも、双極子モーメントの変化を伴う振動によって生じることから、振動スペクトルとも言われる。分子に赤外線を照射すると、赤外線の振動周期と原子の振動周期が一致する場合に、個々の原子、原子団はそれぞれの周期に応じてエネルギーを吸収し、振動は基底状態から励起状態に変化する。この吸収が赤外線スペクトルの吸収となって現れる。原子は分子構造に応じた固有の振動を持っているので、スペクトルを解析することで分子構造に関する知見を得ることができる。
FT-IRは波長を変化させて試料に赤外線を照射するのではなく、連続光を試料に照射し、干渉パターンをフーリエ変換することで分子構造に応じた吸収スペクトルを取得し、物質中の原子団(基)の情報を得る手法。連続光による全波数域の入射光を同時に測定できることから、短時間で高感度の測定が可能。

※X線回析法
一定波長のX線を分析試料に照射すると、散乱されたX線は、物質の原子・分子の配列状態によって、物質特有の回折パターンを示す。XRDは、この回折パターンから物質を構成している成分の格子定数を知る手法である。

※環境制御型走査型電子顕微鏡
低真空SEMの一種。一般の低真空SEMと違って、試料室の圧力が数千Paまで高められるようにしてある。蒸気圧の低い物質では室温で液滴が観察された例もある。圧力が高いので、二次電子の検出にはガス増幅を利用した検出器(ESD)が使われる。


元の論文

これは個人的な学習のための抜粋かつ超拙訳です。

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