新書400pの同人誌を書いた時の話(前編)

とあるカップリングにハマって、新書400pの同人小説を書いた。

いつか誰かの参考になればと思うので、その記録を残そうと思う。

初めに断っておくと、「初めて同人誌を出す!」という人はまず挑戦しない方がいい。絶対にやめた方がいい。ただ何冊か出していく中で、長編にチャレンジしてみたいな!とか、100pとか200pやってみたいな!という方の参考になれば幸いである。

生憎とプロ作家ではないので、小説の書き方とか物語の作り方とかはあまり参考にならないはずだ。どちらかといえばスケジュールの組み方とかモチペーションの保ち方とか、分厚い小説っていいよね!という話が多くなると思う。

1章を読めばほぼ書けたも同然だと個人的には思うが、せっかくなので前編では準備段階の話を、後編では中身の書き方についてまとめようと思う。

長編字書きが1人でも増えることを願っている。

序章:新書400pを書くという決意

小説を書くきっかけって、様々だと思う。

自カプに萌えたからとか、自カプのこんなシチュエーションが見たい!だとか、いずれにせよ自カプに対するたくさんの愛によって成り立っているものだ。小説を書く人の大半が、きっとそうした溢れ出る情熱を胸に筆をとっているのではないだろうか。

そうして出来上がった小説を、ネットにアップするのが容易な時代になった。twitterやpixivやprivetterといった様々な媒体でありとあらゆる作品を目にすることができるようになった世界で、「同人誌」として本にするのってたくさんのハードルがある。

「何ページくらい書けばいいの?」「印刷費っていくらくらいかかるの?」「どうやって原稿を作ればいいの?」「表紙は?」「そもそも縦書き?」「フォントは?」「字間とか行間とかってどうしたらいい?」

この世にはあらゆる便利なソフトがあり、同じ小説同人作家たちは一太郎やwordといったソフトを使っている人が多い。テンプレートもたくさん出ていると思うので、まずは調べるというところが一つのハードルだと思う。ちなみに私は(使っている人がほぼいない)InDesignというAdobeのソフトを使っている。これは敬愛してやまない京極夏彦氏がそのようにしているからなのだが、その理由は下記のリンク先を読めばわかる。

さすがにこのすべてを真似するのは狂気の沙汰だが、「見開きや1ページの終わりで必ず文章が終わる」というルールだけは私も徹底している。しかしやってみると意外とできる上、こうすることによる文章での演出というのが可能になるので、いっそう表現の幅が広がった。

前置きが長くなったが、実際に私はこれまで何冊か同人誌を書く中で、どうしても新書400pの同人誌を出してみたいと長年思っていた。理由は簡単で、人生で多大なる影響を受けた京極夏彦氏の作品「姑獲鳥の夏」が大体そのくらいだからだ。あと単純に、新書400pという物語を書き切るという体験をしてみたくなった。マラソンを始めた人がフルマラソン42.195km走ってみたいな〜と思う感覚と同じである。

つまり、再録では意味がないのだ。

ちなみに私は再録本を出したことがない。なぜなら上記理由により、版型を意識しながら執筆をするというのは小説を書くことと同時に他の頭を使う。萌えが爆発して情熱のままに書き散らした文章を後から校正することほど地獄なことはないので、そういうのはおとなしくweb小説として出して、初めから「これは本にするぞ」と決めて一から書くようにしている。

また、これは個人的な感覚だが、新書400pという壁に挑戦する際、「連載形式にして少しずつ出していこう」というのはやめた方がいいと思う。

想像して欲しい。自分がいざ高い山に登ろう!という時、「登ります!」と宣言し、「今日はこのくらい登りました」「今日は中間地点に来ました」「後もうすぐ、七割くらいかな」みたいに少しずつ実況したとしよう。最初は応援してくれる人もいるかもしれない。「頑張れ!」「もうすぐですね!」「登りきるの楽しみにしています!」しかし、人というのは飽きる生き物だ。ましてや小説というのはどうしたって漫画よりもなかなか閲覧されにくい。そんな中、自分的には本当にしんどい七分目くらいに到達した時、ふと一番最初に宣言した時よりは声援の声が小さくなっていることに気づいたらどうなるだろうか。

書ききれなくなるのだ。

仮に連載途中で、「なんかつまらないな」「読むのをやめよう」そういった声が来てしまったら、きっと筆を折ってしまうこともあるだろう。また、新書400pの文字数は28万字くらいである。それだけの文章を書いていると、物語の整合性が取れなくなる、伏線が回収できなくなるといった恐れがあるので、やはりすべて書き切って修正してから世に出したほうがクオリティは担保されるはずだ。

ここまできて、めんどくせえな、と思った方もいるだろう。めんどくせえのである。批判されるかもしれないが、私は「こういう話を書きたいな」から始めたのではなく「新書400pの自カプ本を作りたい」から始めている。最初からゴールは新書400pを書くことなので、このnoteもそういった内容になる。

しかし一番初めにページ数を決めると、良いことがたくさんある。

①印刷所で見積もりを取りやすい

②スケジュールを立てやすい

③物語を組みやすい

詳細の理由は後述するが、こうした理由からむしろ私はページ数を決めずに書くことは絶対にない。デメリットがひとつもないのだ。ただこれはなんというか、同人小説をイベントで出すという絶対の意思に基づいて行われるものなので、ライトに同人活動をする人には向かない。しかしこの活動をしたことによって意外と仕事にも役だったりするので、割と合理的手法だと思う。

次章からは具体的に書いた方法について記していく。

第1章:絶対に締め切りに間に合うスケジュールの立て方

さて。新書400pを書くという決意をした次にすることは、スケジュールを立てることである。スケジュールを立てずに書き始めると、断言してもいい。絶対に終わらない。せっかく組み立てた物語が世に出ないなんてあまりにも悲しすぎる。お願いですから完成させてください。

というわけで、「こうすれば絶対に締め切りに間に合うスケジュールの立て方」を伝授しようと思う。この方法を取ってから、私は一度も締め切りを破ったこともなく、入稿前に焦ることもなく、なんなら締め切りの三週間前には完成することができるようになった。嘘くせえな。でもなんと嘘ではありません。

方法は以下の三つを守ることだけである。

①先に締め切りを決めろ

②己の書く速度を知れ

③「絶対に原稿しかやらない日」が何日取れるかで逆算しろ

④変動するスケジュールをコントロールしろ

一番初めにすべきなのは【①先に締め切りを決めろ】要するにさっさと見積もりを取るのである。ページ数さえ決まっていれば、よほど特殊装丁でない限りざっくりとした締め切りはわかるはずだ。装丁に悩んでいても、大体の印刷所が「箔押しの場合は+4日」とか書いてくれているので、およそ「4月の中旬が締め切りなら上旬くらいに出来上がってればいい、それなら余裕を持って3月までにはとりあえず本文は終わらせておこう」という具合だ。ここで大事なのは、己を過信しないこと。人はサボる生き物である。そして予定は常に変動する。イベント参加を決めたら、早いうちに見積もりを取り、スケジュールを立ててしまった方が気が楽だ。

まず最も大事なのは、【②己の書く速度を知れ】すなわち、自分がフルで一日かけて書いた場合、どの程度の文字数を進めることができるのかというのを客観的に計測することである。

例えば目標が5万字だったとしよう。たかしくんは1日に5千字を書くことができます。それではたかしくんが原稿を終えるために必要な日数は何日でしょうか?

人はゴールが見えなければやる気を持てない生き物だ。1日に頑張るだけ頑張る!なんて風にしたら速攻映画みたり漫画読んだりゲームしたりしてしまう。そして「なんか今日はやる気でなかった」「締め切りまで三日しかない!」「徹夜で眠い!」「ウワアアア」なんてことになるのだ。

ちなみに、1日かける時間を簡単に計測する方法がある。ワンドロ・ワンライ(1時間で作品を書き上げる企画)だ。例えばワンライで3000字書けるとしよう。丸1日原稿に時間を費やせたとしても、せいぜい人間が集中できるのは6時間程度だ。とすると1日で1万8000字かける計算になる。仮に5万字の小説を書くとすると2.7日、約3日で書き上げられる計算になるのだ。

どうだろうか。「あれ?意外といけるな?」と思ったのではないだろうか。

その気持ちが何より大切だ。

さて、計測ができたら次はスケジュールを組んでいく。そこで大事なのが【③「絶対に原稿しかやらない日」が何日取れるかで逆算しろ】すなわち、確実に6時間集中できる日数を確保するのだ。よく「土曜日は午前中美容院に行って午後に原稿できるな!」とスケジュールを組んだりすることもあると思うが、これは意外と難しい。美容院に行くとなんとなく買い物がしたくなって、外でお茶して、帰ってくる頃には夕方だ。当然原稿なんてやる気がしなくて、結局他のことをして1日が終わってしまう。

普通のカレンダーに入れると埋もれてしまうので、私はスマホの付箋アプリを使って原稿スケジュールを立てている。以下はリアルに使っているスケジュールである。

画像1

こんな感じで締め切りまでに何日使えるかを逆算していこう。早い段階でこれができていれば、空いている日がすぐわかるのでそのほかの用事を入れやすくなるし、逆に「死ぬほどやばいから今回は無理だな、ページ数を減らそう」という判断をすることも可能だ。

そして一番最後。【④変動するスケジュールをコントロールしろ】である。これこそが脱稿できるかどうかの肝になる。どれだけきっちりスケジュールを組んでいようが、人間なので「予定なら1万字数かけるはずだったけど筆が乗らなくて無理だった」なんてこともあるし、「体調崩しててできなかった」「急に仕事が入った」なんてこともザラにある。そうなった場合、早めにこのスケジュールを修正すればいい。初めに「絶対に原稿しかやらない日」が何日取れるかで逆算」しているので、逆にいうと「ちょっとの隙間時間でなんとか作業ができるかも知れない日」がまだ存在する!実は最初にそうやってスケジュールを組むのは、こうした「余白」を残しておくことで気持ちに余裕を持たせるためでもある。意外と寝る前の二時間で集中して5000字進めたな、なんてこともあるので、これによって無理なく進めることが可能になる。

初めに1日で書ける量を計測しているので、数値的根拠やブレも少ないというのが特徴だ。自分にあった組み方をすることができるだろう。

この方法でやれば、ほぼ絶対に締め切りに間に合うと言えると思う。ちなみにこの手法は同人誌作成に限らず、勉強や仕事においても非常に有効な手法だ。仕事に関しては自分一人の問題ではないためそううまくいかないこともあるが、自分のペースで進めることができる自習や資格試験の勉強などには使えるので試してみて欲しい。

第2章:ぶっちゃけ富豪の遊びだよね

さて、1章ではスケジュールの話をメインで書いた。正直ここまでくればあとは書くだけなので1章だけで400pの新書はできたも同然だとは思うが、せっかくなので他にも同人誌にまつわる話をしようと思う。

1章の最初に「さっさと見積もりをとれ」と書いた。同人誌を数冊出している人には釈迦に説法だろうが、このくらいの分厚さの本を出す場合、ほぼ確実に本文用紙は「書籍誌72.5kg」とか「淡クリームキンマリ70kg」とかをお勧めする。薄くて淡い黄色なので目が疲れない。軽い。ページをめくりやすい。いいことだらけだ。

しかし、見積もりをとってみると気づくと思う。

400pの本、めちゃくちゃ高い。

いや最初見積もりした時まじでびっくりした。そりゃ当たり前だ。同人誌とは労力の有無に限らず、単純に「使用している紙と印刷に関わる費用」なのだ。漫画の1ページと小説の1ページ、どう考えても漫画の方が工数やかける時間も多いが、1ページは1ページである。(ほとんどないが)乱暴に言えば紙が同じなら金額も同じになるのだ。

小説を書くものなら誰しもが悩む「正直読む人いるのかな」「こんなに高いのに買ってくれる人いるのかな」「在庫を抱えたらどうしよう」こちらに関しては、同人暦●年だけれども「一生わからん」という答えしかできない。

理由は明確だ。ジャンルによって動向が全く違うのだ。

自分の作風が受け入れられるか、小説を読む人口がどのくらいいるのか、長編が受け入れられる世界か、などなどジャンルによって全く違うので何も当てにならない。人の経験はもちろん、自分の過去の経験すら当てにならない。

ではどうするか。

最大限の努力をした上で、覚悟を決める。

以上である。

ここにカレーの店Aと店Bがある。店Aはいつもいい匂いがしていて人もたくさん来ているので、ランチに立ち寄ってみたらなかなか美味しかった。店Bは新しくできたばかりだが、とても綺麗な雰囲気だ。だがメニューなどはどこにも載っていないし、HPにも詳細の記載がない。今度大切な友人がカレーを食べたいというのでせっかくだからご馳走してあげようと考えているあなたは、さてどちらの店を選ぶだろうか。

「ご馳走する」すなわち、金銭負担をするのはあなたで、かつ相手は「大切な友人」である。そうなった場合、果たしてパッと見た目が綺麗な店Bを大事な局面で選ぶだろうか?

同人誌とは、通常の商業誌と違って値段が高い。大量生産していない分、1冊あたりの印刷単価が高いのでそれは当然のことだ。当然予算にも限りがある。そして自カプを愛するという大切な人格に与える栄養とも言える同人誌を買うという局面で、見た目が綺麗という情報しかない店Bを選べるだろうか。

富豪であれば両方買って終わりだ。中には綺麗さを重視して店Bを選ぶ人もいるかも知れない。けれど大半の人は店Aを選ぶだろう。そのほうが「味の担保」がされていて「人が来ている」というエビデンスがある。そうしたものに人は安心するのだ。

「最大限の努力」すなわち、「うちはこんなカレーを出す店ですよ」ということを事前に知ってもらうことが何よりも大切なのだ。

特に時間をかけて読んでもらわないと味が分かりにくい小説の場合、事前にどれだけの人に味見をしてもらうか、というのが大事だ。そのためにまず本を出すと決めたら、ワンドロ・ワンライに参加してみたり、ネットに短編を上げてみたりして少しずつ味を知ってもらうのがいい。そうしていくうちに、どれだけの部数が出るかがなんとなくわかってくる。これができる限りの「努力」だ。

さまざまなジャンルを渡り歩く中で、たくさん感想をもらえたこともあれば一切感想がもらえなかったこともある。ジャンルによって受け入れてもらえる作風が違うと断言できるのはそうした理由だ。もちろんどのジャンルに行っても超人気の神字書きというのは存在するが、そうした神のことを考えていても自分が神になれるわけではないので考えても無駄だ。

つまり、最終的には「1冊も出なくてもいいから本を作るという覚悟」を持てるかどうかだ。初めから印刷費が出せないだとか、売れるかわからないからどうしようかな…と悩むくらいならぶっちゃけ出さない方がいい。その場合は薄めの印刷費があまりかからないような本を出してみたりして、ゆるく活動したっていいじゃないか。

もちろん、努力をする上で「さすがにこのくらいは…」という目安もわかるだろうし、ある程度目処は立つとは思うが、それでも新書400pというのはそりゃもう結構いい値段がするので、受注販売という手法ができない同人誌においては、もう金額や在庫を抱えるリスク諸々をただしっかりと「覚悟」して望むことが大事だ。

ぶっちゃけ富豪の遊びだ。

私は当たり前に富豪ではないので、ただそのギリギリ感を味わいたいだけのドMなんだと思う。実際やってみるとわかるが、「まじで1冊も出なかったらこの分厚い本に囲まれて生活しなくてはならない」という恐怖の中、1冊目を手に取ってもらった時の喜びというのはとんでもねえものなのである。全員神様に見える。

さて、後編以降は肝心の中身について書きたいと思う。

400pの新書を、せっかく努力をして作ったのに自分が納得できないものだったら悲しいし、手に取ってくれた方にも申し訳ないと思うのだ。所詮趣味だし、プロではないので「絶対に面白い話だ!」とか「最高傑作だ!」なんて言えるものを作れるわけはないのだろうが、それでも自分が納得できるものを世に出したいし、それこそが自カプへの想いの発露でもある。

これまで長編をそこそこ書いてきた中で、物語を作るコツみたいなものや実際に面白いと感じるコンテンツの特徴、(僭越ながら商業誌であっても長編としては面白くないな、みたいなものがある理由も含めて)趣味の範囲ではあるが書きたいなと思っている。

後編はこんな感じで進めていこうと思う。

第3章:「文章書き」は長編小説に向かない

第4章:世界を構築するたびに脳汁が出る

終章:同人活動は人生で役に立つ

1冊でも多く分厚い自カプが増えることを願って。

(後編へ続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?