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大学の先生が講義・演習にウィルクラウドを取り入れてみた〜臨床判断と看護成果の言語化を期待して〜

 ウィルクラウドとは訪問看護ステーションが使う看護記録のクラウド型電子カルテである。東京医療保健大学の西村礼子先生が担当する基礎看護学の授業ではこのウィルクラウドを授業設計の中に取り入れている。臨床で使う電子カルテであるウィルクラウドをなぜ基礎教育に取り入れたのか、実際に運用している西村先生にお話を伺った。

東京医療保健大学医療保健学部看護学科・大学院医療保健学研究科准教授 西村礼子さん
専門は基礎看護学・看護教育。主な研究テーマはシミュレーション教育におけるフィジカルアセスメントの看護実践能力、ICTを活用した授業設計の学習効果、解剖生理学に基づく臨床判断がシミュレーションでの看護実践能力に与える影響など、Competency_based education(CBE)のための教育介入の効果検証を行う。現在は、文科省「大学教育のデジタライゼーション・イニシアティブ(スキームD)」にて「看護実践能力(コンピテンシー)基盤型システムによる学習・教育の構造・過程・成果の可視化」に取り組み、看護教育のDXを目指す。

https://researchmap.jp/nishiaya

臨床に繋がる学生への教育に有効

「基礎教育と臨床教育を繋げるために、ウィルクラウドが活用できると思っています。既にその手応えを強く感じています。」

 看護学生は、3年あるいは4年間の基礎教育を終えると、そのほとんどは臨床に飛び出していく。しかし現代の医療は、高度化、複雑化し療養環境の多様化や専門性の高まりもあり基礎教育(学校での教育)と臨床との間にギャップが大きくなってきていると言う。学生がうける演習などでは、看護教員が看護に必要な情報だけをまとめたA4 1-2枚の演習用患者情報から看護展開を訓練することが主流である。しかしいざ実習に出てみると看護のためだけに整理された情報やペーパーなど存在せず、診療や栄養、リハビリ、検査データ、文書関連など”膨大で多様なデータ”の中から看護展開に必要な情報を取捨選択することを迫られる。しかも学生は実習に行って初めて電子カルテという存在に触れる。3-8日間の実習のうち電子カルテという存在に慣れることに1日を要してしまうことも珍しくない。受け持ち患者さんと1-2回ほどしか会えない実習もある中で、事前情報収集から患者さんへのインタビューやニードのアセスメント、問題の明確化やケア提供を遂行するには時間が足りない困難もある。

「事前にウィルクラウドを使い演習を行うことで、そもそも電子カルテにどんな種類や量の情報が存在するか知っている・説明できる・操作できる状態で実習に臨むことができるようになりました。そうすると、患者さんのベッドサイドにいってインタビューしたり観察したり臨床判断をする時間を費やせると考えています」

どのような授業への取り入れ方をしているのか?

 西村先生がどのように授業に取り入れているか伺った。2年生の基礎看護の授業において学生個人ごとのアカウントを発行し、先に用意されている4人の模擬患者のカルテから情報収集と要約、健康問題や緊急度・重症度を推論するトレーニングを、グループワークやディスカッションを踏まえ行っている。そうすることで事前学習で教員のサポートなしで看護過程に必要な情報の取捨選択やまとめができる、という到達目標に至っているそう。

 更にこれまで臨地実習の最初の1日目を「電子カルテとは〜」という説明に費やし、各病棟で各教員もしくは各指導者さんが学生それぞれに教えていたところ、実習前に学内で電子カルテという存在の理解も、そこから情報をまとめ記録に落とし込む訓練もできているため、最初の1日目のオリエンテーションの時間を大幅に省けることになるという。

 一方で学内で使うウィルクラウドと様々な実習先施設で使う電子カルテはメーカーがそれぞれ違う。そこにギャップはないのだろうか?

「もちろん使い勝手も画面構成も違うでしょう。でもトレーニングが済んでいる学生は”おそらくこんな情報がどこかにあるだろう””こういう情報が欲しい”ということを考えながら探索的に情報収集をすぐに始めることができるのです。今の学生は生まれた時からネオデジタルネイティブ世代です。試しにウィルクラウドとは別の電子カルテソフトを活用するよう指示し片方の説明しかせずにワークをしてみたのですが、”全く”問題なく使いこなしていました。学生に聞いてみると「え?だってアプリの違いみたいなものでしょ?」と当然のように適応していました(笑)
 彼らにしてみれば日常生活で紙に何かを記録していくほうが珍しいでしょう。紙だけの学習ではかえって臨床とのギャップを産んでしまう。また電子カルテを使い自ら探索的に学習することが、主体的に看護展開することのアクティブラーニングに繋がっていると考えます」

その他の教育用電子カルテサービスとの違いは?全人的な看護実践の学習として

「ウィルクラウドと既存の教育用電子カルテサービスと両方使っていますが、入院医療に限らない”あらゆる場面での看護”への学びに、ウィルクラウドの強みや特徴があると思います。」

 既存の教育用の電子カルテサービスは病院の電子カルテに近い形となっている。つまり急性期や慢性期の”治療”中の看護展開には最適かもしれないが、患者さんの環境や生活、習慣、社会資源について、全人的な側面での情報収集や整理し看護展開トレーニングするには難しい面があると言う。特に基礎看護学では、”あらゆる場面での看護”をする基盤のため、入院治療の看護だけに特化した思考過程を育むことが求められているわけではない。そこで、ウィルクラウドは生活やその人らしさにまつわる情報を載せるだけでなく、「環境・心理社会・生理・健康関連行動」と4つの側面から健康問題をアセスメントをすることができる。加えて標準装備であるオマハシステムを使い、患者さんの身体的状態だけでなく「その健康問題についての患者さん(ご家族)の知識や理解はどうか?、どんな行動ができてるか?」と評価することとなる、それは”患者さん(家族)の持つ能力を引き出し自立的な生活を支える”という看護の基本について学ぶ重要なポイントのようであった。

 西村先生は文科省の科研費をとり臨床判断の研究もされている。曰く、エキスパートの看護師は患者さんのところに行く前から事前の情報や背景から”おそらくこういうことが起こるだろうな”という気づきや予測をもつ。そして実際に観察した環境や習慣や症状言動と合わせ臨床推論、健康問題の優先順位の取捨選択を行っている。プロの看護師はこれを常に行っているが基礎教育ではこのトレーニング機会がまだ少ない上、臨地実習ではその診療科に関する以外のフィジカルイグザミネーションやインタビュー技術が抜け落ちる課題を感じていたとのこと。

「基礎看護学においては診療科を限定せず看護展開を行います。ウィルクラウドから探索的に情報収集をし、”この患者さんに起こりそうなこと”を予測しながら、健康問題の抽出や今まで気づいていなかった問題の想起、そこで患者に対してその場で何をするべきか、分析的に思考を繋げていくトレーニングに使えるのです。」

授業の準備や、アクティブラーニングにかかる手間はどう変わったか?

 演習やアクティブラーニングのためには入念な授業準備が欠かせない。デモとなる事例の準備や、学生全員へ情報やプリントなどを配布することなど手間が大いにかかる部分であるが、クラウド型電子カルテを導入することでその手間は改善されたのであろうか。あるいは逆に大変になったことはないのだろうか?

「私自身は、12年前からアクティブラーニングをしていますが、きちんとしたアクティブラーニングの授業設計と準備には通常の授業の3〜5倍時間がかかるというのがこれまでの正直なところです。このままでは看護教員は疲弊をしてしまうと思っていました。そこで2015年よりいくつかのクラウドサービスを活用し、結果的に余計にかかっていた手間分が減り、元に戻るくらいになりました。つまりクラウド型サービスを利用することで逆に大変になる、という恐れは不要だと思います」

 今の文科省の言う”個別最適化”のためのコンピテンシー基盤型学習を進めるためには、まずは評価項目・評価基準・評価内容を抽出し、学生毎に習得した能力をどの単元で習得したか可視化しないといけないとのこと。しかしそれを可視化するには紙ベースでは不可能に近いという。例えば1学年120名の学生を受け持っていた場合、2学年を教えるとなると240名となる。その240名の事前課題、定量的・定性的評価となる講義中の発言や評価、事後課題など含め、診断的評価・形成的評価・総括的評価を240名全て紙で配布・収集・データ化するには、不可能に近い作業量となる。そして2022年1月7日デジタル庁・総務省・文部科学省・経済産業省の「教育データ利活用ロードマップ」を実現するには、クラウド型サービスがなければ達成できないという。
 しかし、既に2015年よりいくつかのクラウド型サービスを活用している西村先生が、そこに加えてウィルクラウドを新たに導入したのは、どのような意味があったのだろうか?

ウィルクラウドで看護の成果を学生に伝えることができるようになった

「とにかくすごく効果的だったと思うのは、”看護成果を学生に伝えられる”ことなのです!今の基礎教育の大部分は健康問題に対して計画を立案・実施・評価することが学習目標や目的になっています。でもさらにもう一歩踏み込んで、私たちが看護行為を行い、患者さんに”良い影響を与えたか?悪い影響を与えたか?影響がなかったか?”という看護成果の可視化が重要だしそれを学んでほしかったのですがこれまでうまくできませんでした。そもそも臨床現場の電子カルテにおいてすらそのような情報が揃う期待も難しいのです。でもウィルクラウドではそれが可能になりました!」

 西村先生はウィルクラウド導入以前より、シミュレーション上の看護行為により患者さんの状態変化を学生が意識できる授業設計など取り組んでいたが、なかなか学生には伝えられないことが多かったと言う。そこでウィルクラウドにおいて、脳梗塞のデモ患者を用意し再梗塞の起こりそうな場面や、あるいは糖尿病のデモ患者さんで心不全が起こりそうな気づきの場面と臨床判断・介入した時の場面の看護記録を用意、その時系列から看護介入により患者さんにどのような影響があったのかをディスカッションを行った。それを踏まえシミュレーション教育に繋げてみたという。そうすると、学生たちは患者への看護行為後の変化を気にする発言が増え始め学習目標に沿った効果を実感したそう。様々な情報の中から看護記録を時系列に情報収集したり、さらにその後の経過を踏まえバイタルサインの変化や患者さんのADLや治療内容の変化、そして看護問題ごとのスコアの変化から、”患者さんへの看護実践影響や成果”を実感として学習させるには、ウィルクラウドならではの効果だったと西村先生は期待を寄せる。

さらなる活用の計画と期待:組織マネジメント学習や実践のポートフォリオとして

「今後について、ウィルクラウドの”スコア画面”を使い、個人と組織(看護チーム単位)の成果可視化に期待を寄せています。臨床に出たあとも続く生涯学習のためには自己評価ができないと進まないわけですが、ウィルクラウドでは知識のテスト結果ではなく”実践のパフォーマンス結果”を確認し自分の強みや不足に気づくことができます。それは「実践能力のポートフォリオ」になるものだと考えています。一方で実践を裏付ける知識のポートフォリオはウィルクラウド内にはありませんから、それはラダーなど知識のポートフォリオになるものと合わせていくことが必要だと思います。」

 ウィルクラウドでは、看護師個人および事業所など看護チーム単位において「看ている疾患分類割合」「年齢構成」「立案している健康問題の傾向」「ケア介入前後の前後評価」「介入卒業の理由」など様々なスコアをモニタリングできる。西村先生はそれを実践のポートフォリオに繋がり、知識だけでなく実践経験とパフォーマンスを評価・振り返ることへの第一歩になると言う。
 また、看護はチームでの活動であるため、看護師個人の実践能力可視化がされると、それを集合させた組織全体として”患者良い影響を及ぼせている?”かどうか、組織マネジメントについても学生たちが学ぶことができると期待を寄せている。

ウィルクラウドに興味を持った皆様へ

 ウィル訪問看護ステーションは、「全ての人に家に帰る選択肢を」広げるため、臨床実践だけではなく基礎教育へも寄与したいと思っています。訪問看護のケア実践のために開発した「ウィルクラウウド」は基礎教育や調査・研究においてもご活用いただけます。
 ウィルクラウドに関心を持って頂けましたら、オンラインデモなどすぐにご用意可能ですのでお気軽にお問合せください。お待ちしております。




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