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友愛の政治経済学――『Brotherhood Economics』冒頭の註解 1

 基本的に社会運動とは距離を取るノンポリ――それがぼくの立場だ。とはいえ、研究対象が絡むのでそうも言っていられない。賀川豊彦は社会運動家であり、本書『友愛の政治経済学』は、賀川なりの「キリスト教社会科学」である。有神論的「経済」観という点では、前アメリカ大統領候補者バーニー・サンダース(ユダヤ教に基づく経済倫理の提唱)に似ているかもしれない。または、現在、巨大な力である「イスラム経済圏」を理解する手掛かりになるかもしれない。

 以下は、賀川豊彦『友愛の政治経済学(原著"Brotherhood Economics" (London, 1937)』の第一章までの要約と註解である。演習クラスで用意したレジュメを多少修正して使用した。この連載は、全5回を予定している。(リンク:番外篇

 本書の監修者は、野尻武敏(のじり・たけとし:1924- 2018)、経済学者である。賀川が関わった「コープこうべ」の協同学苑長をつとめた。同所には「賀川豊彦」や阪神淡路大震災に関する史料展示室がある。野尻の挙げている書誌情報を列挙しよう。

• Toyohiko KAGAWA,Brotherhood Economics(London, 1937)全訳。
• 1937年、米国コールゲイト・ロチェスター神学校にて、ラウシェンブッシュ基金の招聘講座「Christian Brotherhood and Economics Reconstruction:キリスト教的友愛と経済再建」4回分の内容を収録。

 時代背景としては、第一次大戦1918、関東大震災1923、国内恐慌1927、世界恐慌1929、満州事変1931、日中事変1937、第二次大戦’1939~という戦間期、動乱の時代である。

 賀川豊彦(1888-1960)は、窮民への慈善活動から、社会体制の変革運動へ(労働、農民、生協、普選、平和)と動いた、キリスト教・社会事業家である。
• 逮捕歴:川崎・三菱造船の労働争議1921、軍拡批判
• 国政参加:帝国経済会議、中央職業紹介委、社会保険調査委、厚生省顧問、同戦災援護参与、議会制度審議委、食糧対策審議会委、内閣参与。
• 米国との関わりは深く、1914-17年、1924年、1935-36年、1941年と訪米。三回目の1935-36年は米政府の招待であり、本書の内容も、ここで執筆された。

 以下、抜粋による要約という形で、野尻「まえがき」を要約しよう。括弧内「」が本文である。地の文は解説のための補足である。

6頁 「本書は、賀川の著作中、賀川の社会観が包括的かつ体系的に示されたものに属する」。戦前「わが国の各種の社会運動の先頭に立ち」「敗戦後は戦後処理と復興改革にも関与してきたリーダーのひとりが抱いていた社会観を知ることができる」。「原著が世に出た1936年…世界が恐慌から第2次大戦へ」と向かう時代、「自由資本主義の挫折」「代案として共産主義やファシズムの台頭」が背景である、
7頁 「資本家の支配と搾取の体系」「資本の集中と格差の増大」「景気変動と恐慌を免れ得ない自由放任の体勢」「賀川はまず…社会主義の側に立つ」
「1930年代の大恐慌のなかで、自由資本主義やファシズムの双方を退け、「第3の道」を提言した…世界各国で広く注目を浴びたことには、そうした事情も考えられる」
8頁 賀川曰く「世俗の経済生活を無視した宗教運動などは「宗教的半身不随」」「宗教と経済を分離する社会観や歴史観も当を得たものではない」
「経済現象を客体化し経済諸量の関数的関連の分析に中心をおく通常の経済学」ではなく、「経済する人間の側から目的論的に捉える経済学…「人間経済学」や「主観経済学」」。「決定論的な唯物論を拝して、理想主義的な唯心論の立場をとる」「人格と兄弟愛の経済活動と経済社会の形成が求められる」。「制度化は、助け合いの協同組合の覚醒」にある。
9頁 「実力革命ではなしに、助け合いへの意識の覚醒と教育の推進」による「「協同組合国家」(the co-operative state)の樹立」『友愛の政治経済学』。賀川の主張は「経済学の分野をはるかに超えた内容」であり、彼は「自らのこうした社会観を「人格社会主義」や「キリスト教社会主義」と言い、「キリスト教協同組合主義」とも称している」
10頁 それは「組合社会主義、つまり広義のサンジカリスム」であって「アナルコ・サンジカリスムとは明別されねばならない」。その「今日的意義」は「第1に…本書が世に出た賀川の時代となにか似たものが存在する」。「資本主義社会の矛盾の指摘」している。「第2に、賀川の時代と今日の大きな違いの一つ」は「市場基調の混合体制の時代に入ってきた」
11-12頁 「協同組合の持つこの社会的位置の変容」「第3に…違いのその二」は「経済のボーダーレス化・グローバル化」「人間の圧殺だけでなく、自然の限界」「第4に…賀川経済学への接近」「企業統治」「法令遵守」「企業の社会的責任」「道徳経済」「倫理経済学」「「主観経済学」への歩み寄り」が現在、見受けられる。

目次から見る本書の構成

 野尻の要約に沿って「目次」をみると、賀川が本書において何を問うていたのか、かなりの程度明確になる。賀川は、停滞する西洋のキリスト教国を批判することで、教会内外に「主観経済学」の確立、「人格社会主義」「キリスト教社会主義」「キリスト教協同組合主義」の宣言、「協同組合国家」への道筋を示そうとした。言うなれば、賀川は本書に示された理路で以て、世界征服を企んだ。個々人の愛の覚醒は前提として、教会と社会――「宗教と国家」という近代的課題が問われている。

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 本書の特色は「宗教と国家」という二項対立に「協同組合」を入れることで、国際社会と人々の調和と平和を求めている点である。教会、国家、協同組合、この三者の協働こそ、賀川の「社会」理解といえる。
 「賀川豊彦」の生涯全体からみれば、戦後の「世界連邦運動:World Federalist Movement」への動機と構想として、本書を位置付けられる。おそらく、本書は太平洋戦争をはさんでも、賀川の構想と方向性の基本線に変化がなかったことを示す証左となるだろう。(、4、番外篇へと続く)

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