日本沈没2020と日本沈没(原作)から大規模災害時の災害情報伝達について真面目に考える

日頃、全国の自治体の防災担当職員の皆さんとお話する機会が異常に多い仕事をしているのと、3.11の際にマスコミの報道フロアに居合わせた経験から、どうしても「災害モノ」の映像作品はチェックせずにいられません。

若干偏執的なまでに官僚の仕事ぶりを描いた「シン・ゴジラ」は、あまりに個人的見どころが多すぎて映画館で2回、テレビでも観ました。少し大きめの自治体の災害対策本部にお邪魔すると、「あぁ、巨災対…」と思います。

そんなこんなで、どうしてもNetflixの「日本沈没2020」がスルーできず、この機会に入会しました。結果、大学時代にマンガ・アニメ文化研究を専攻していた身としては、映像作品としては評価し難い、という結論なのですが、そこは大目に見て、原作の「日本沈没」と比較しながら(完全に別作品と言っていい)、災害時の国や自治体の災害情報伝達、という観点で、振り返ってみたいと思います。

ちなみにNetflixでは「ハイスコア」が今めちゃくちゃおもしろいので、両方見るなら、元は取れると思います。

以下、作品に関するネタバレが若干含まれます。でも予測可能な範囲だと思うので、未読の方も概ね問題ないと思います。


日本沈没(原作)における災害情報伝達のあり方

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1973年刊の小松左京による原作は、上巻はひたすら海に潜りながら「やばい、絶対やばい、でもいつ来るのか確信が持てない」と言いながら秘密予算で調査が極秘裏に続けられ、下巻でいきなりどっかんどっかん日本が沈没していき、こっそり準備されていた日本国民の総退避が大混乱の中始まる、というストーリーです。たぶん発売された当初は半分ぐらいの読者は地学用語だらけの上巻で脱落したんじゃないか。

「日本が沈没するということが知られたら経済が破綻し、日本国民がこれから世界で散り散りになって生活するための財産が毀損される」という前提に立って、新聞各社・テレビ各社の社長が呼び出され、箝口令が敷かれるシーンがあります。案外、各社ともおとなしくそれに従います。さすが報道の自由度66位/180カ国NYTの香港取材拠点の退避先として選ばれなかった日本…と思わなくもないですが、混乱による死傷者のほうが多く出そうな事態なので、やむを得ないといえばそうかもしれません。

最終的に、日本沈没の日がおおむね確定すると、内閣総理大臣による国会演説と緊急記者会見が実施され(国会演説を先にする必要がある、という前提らしい)、その後、「何らかの方法で」国民の国外避難の順序と、その集合場所が知らされる、という進み方をします。全国民にどうやって順番をつけたのか、避難場所はどう伝えたのかは描かれておらず、定かではありませんが、かなり最後の方まで、テレビは放送されていたような描画があります。NHKで延々と放送したのかもしれません。

残念ながら、1973年当時なので、スーパーコンピューターを組んでシミュレーションをするようなシーンの表現はあれど、インターネットに相当するものは登場せず、個人に情報伝達をする手段としても、携帯電話やスマホは登場しません。本来避難指示を行う立場であるはずの、市町村もほとんど登場しません。

沈没より早く大地震が起き、それに伴い国家非常事態宣言が発令され、物資も統制経済になっている、という筋書きになっているので、そのような状況下では、都道府県・市町村はすっ飛ばして、特措法を立てて国民の避難指示を直接国が行うような想定なのかもしれません。とはいえ、住民基本台帳を有しているのは市町村ですので、国がどうやって一人ひとりの国民を把握し、避難し終わったかカウントしたのかは、若干疑問が残るところです。

避難場所からはぐれてしまった人々が、右往左往しているシーンが後半に登場します。この人々に対して避難手段の手配を呼びかけるツールは、「何らかの音声無線機器」しかないようです。かなり厳しい。

情報収集の手段もなく、かなり混乱した中でどうやって総国民の過半数を救出するに至ったのかはちょっとよくわかりませんが、力技で米軍やソ連軍がSTOL機やホバークラフトを駆使してピックアップしていっているようです。各国軍の偵察能力がすごいということでしょうか。

日本沈没2020における災害情報伝達のあり方

日本沈没2020はごく普通…というには無理のある、海外から帰ってきたばっかりのちょっと事情を抱えたママ、土木作業員でちょっと天然な感じ(がのちのち致命傷になる)のパパ、強気な娘、ゲーマーの弟の4人が主人公で、原作の主人公である小野寺は途中で突然登場するけど、「一切口をきけない状態になっている(理由は全く説明されない)」というかなりショッキングな設定です。

高度情報化社会の現代日本をベースに描かれているので、ある程度の情報は当初は得られていますが、途中から都市機能が麻痺し、得られる情報量は原作と大差ない感じになっていきます。

まず鳴りまくる緊急地震速報、繋がらなくなるLINE

ここまでは他の地震系アニメ作品でもよくあるシーン。

電話を貸すとか貸さないとかで大喧嘩

これもよくあるシーン。でもこの状況で携帯とりあってもたぶん誰もつながらないと思う。公衆電話はすでにほとんどない前提らしい。

テレビを見るシーンは途中、ほとんど登場しない

この家族がひたすら徒歩で避難行動するのが前半を占めるので、必然的にテレビを見るシーンが登場しない。この徒歩行動の間、次第に山間部に入ってしまうのでそれが理由かもわからないけど、防災無線とか広報車とかに遭遇することもない。自治体の広報機能も崩壊していると考えたほうが良さそう。

残念ながらラジオを聞くシーンは皆無

やたらサバイバル能力の高いパパなのでラジオぐらい持ち歩いていてほしかったけど、ラジオは持っておらず、代わりにスコップを持っていて、それが原因で(以下略

そのわりにYouTubeは動いているらしい

YouTubeに投稿される沖縄沈没の決定的映像(こんな沈没の仕方しないだろ、と思うけど)。さすがに「これはフェイクなんじゃないか」と疑う人々。これに対してファクトチェックができる状況かというと、国内で正確な情報発信をしているメディアや政府のウェブサイトがまったく描かれない。このYouTubeが果たして誰によってどのように投稿されたのかは、後々明らかになる。そんな莫大な予算で組織化されたYouTuberなんてありえるのか?

突然、国民退避計画が周知されている体になる

途中、謎の宗教団体に立ち寄ったりしてさらに世俗から離れる主人公たちなのだけど(この下り、必要だったか?)、その後の退避行動の途中で、唐突に「あの港から船が出る」という話を聞きつける。果たしてどこで聞きつけたのかはよくわからない。途中から車に乗るのに、残念ながらカーステレオをつけるという描写もない(そのかわり、謎のロボットが喋っている)。行ってみると、大混乱の状況。つまりここに避難しろという情報は、何らかの方法で伝達されているらしい。船の乗船順序は「マイナンバーで抽選」。まさかの大活躍、マイナンバー。でも本当はマイナンバーの市町村間の接続をやっているJ-LISも、情報の仲介をしているだけなので、これだけ都市機能が崩壊したら、データベースを完全な形で維持するのは難しいんじゃないだろうか。

その後も成層圏インターネットプラットフォームが突然登場したり、「どうしてそうなった」な通信手段が山程出てくるのだけど、これ以上突っ込んでも仕方ない。斬新な通信手段はいくつか出てきたけど、国がどうやって避難指示を伝達したのかはわからないままだった。

実際の日本はどうなってるの?

「日本沈没」が発表されたのは関東大震災から50年後の1973年。さらに発表から6年経った1979年に、日本には「東海地震予知情報」が整備されました。日本沈没が影響したのかどうかはわかりませんが、国民の防災意識の啓発には役立ったようです。

その後、2017年から「東海地震予知情報」は「南海トラフ地震関連情報」に置き換えられ、現在日本の防災において最大のリスクと考えられているのは南海トラフ地震ということになっています。

南海トラフ地震関連情報は、評価検討会で検討され、気象庁から内閣総理大臣に報告されます。そこから内閣官房→総務省消防庁を通じて、おなじみJアラートで配信されます。Jアラートにはあらかじめ、「南海トラフ地震」というコマンドが用意されています。

Jアラートが送信されると、各市町村の防災行政無線は自動起動し、放送が無人でも開始されます。(各市町村の職員はかなり驚くでしょうね…)さらに、エリアメールも自動配信され、設備を持つテレビ局・ラジオ局でもJアラートの緊急割り込みが全自動で行われます。各テレビ局・ラジオ局には災害時報道基準があり、南海トラフ地震情報が発令されると、強制的に前番組は中断、緊急特番に差し替え、というルールになっている局がほとんどです。となると、この送信の瞬間から、具体的に何をどうしたらいいのかがわからないまま、いつ発生するのかわからない南海トラフ地震に向けて、1日なのか、1週間なのか、1ヶ月なのか、怯え続けつつ、空虚な「こうかもしれない」的内容の放送を続けることになります。これがマスコミにおいて恐れられている事態のひとつです。

とはいえ、南海トラフ地震の場合、必要な対策はただひとつ、「津波の被害から逃れられる場所に避難し、そこから動かないこと」です。避難所は予め計画されていますし、(いちおう)周知されています。その場で臨機に計画を立て、周知しなければ動けないというものではないので、我先にと皆さん、高台に避難していくのではないかと思います。問題は、「その状況がどれだけ続くのかがわからないこと」です。

一方、「日本沈没」で描かれている世界に近いのは、どちらかというと国民保護法に定められている「武力攻撃事態」などかもしれません。こちらは、予め何が起こるのかわからないので、どこにどう避難するべきなのか、定まっていません。小学校の体育館に避難して、武力攻撃事態から逃れられるとも思えませんね。

このような事態に対しても、やはりJアラートで「国民保護情報」という放送がなされます。このとき流れる事になっているのが、北朝鮮からミサイルが飛んできたときに流れた、あの「国民保護サイレン」です。しかし、このサイレンの後に流れる原稿は、現在は「未定」ということになっています。何が流れるのかよくわかりません。
(ちなみに国民保護情報は「日本に着弾する」と確定しないと出ません。日本を通過する場合には流れないですし、日本に着弾すると確定した場合はほぼ政府が「攻撃を受けたと断定している」ことになるので、それはそれで専守防衛を掲げる日本としては難しい政治判断を要します…)

このサイレンが鳴ったあとのマスコミ(指定公共機関)は、地震と違い、「国民保護法に基づく国民保護計画に則った行動」を求められます。具体的には、政府や都道府県知事の要請に基づく放送を開始します。基本的にメディアの編成に政治は不介入が原則ですが、これに限っては、要請に基づき放送を行うことが求められています。事実上、統制下にはいるということです。おそらく、原作の「日本沈没」の世界では、これに近いことが起きていたのではないかと想像します。

しかし、何を伝えればみんな助かるのか

原作の「日本沈没」では、どこの山が噴火した、どの島が沈んだ、といった情報をかき集めるために、多数の哨戒挺や偵察機が飛び回っています。しかし広い日本、それだけでカバーするのは困難でしょう。低軌道衛星も日本上空に静止しているわけではないですし、地震計や電子基準点などのセンサー類も、大規模災害時にはネットワークが途絶するリスクが高まります(実際、3.11のときには震度がとれない場所が多数発生しました)。

そんな「どこで、何が」起きているのかをAIとビッグデータの力で可視化する技術の一つが、JX通信社の「FASTALERT」です。すでに複数の中央省庁でもご利用いただいています。万が一のこういった事態でも、何らかインターネットさえ生きていれば、全国民のスマートフォンから、どこで何が起きたのか、の情報が得られるはずです。

しかし問題はそこから先です。具体的に「どこに」「いつ」「どう」避難すればよいのか。「日本沈没」のような事態が発生した際には、ひとりひとりに必要な情報は千差万別になります。3.11の計画停電のときを思い出していただければわかると思いますが、莫大な住所のリストをどさっと渡されても、果たして自分はいつ影響を受けるのか、まったくわからなかったと思います。こういった情報は「細分化して、その人向けに」カスタマイズして届けなければ、さっぱり意味が伝わりません。

その「細分化した情報伝達」は、仮に「日本沈没」のような事態ではなくても、通常の地震であっても、発災から数日が経過し、地域ごとに生活情報(風呂にいつ入れるのか、給水車はどこにいつ来るか、ゴミの受け入れはいつどこで、など)が必要になってくると、同じように細分化が必要になります。この情報伝達は防災行政無線などではうまく行かず、携帯のエリアメールも市町村以上の細かさで配信することは技術的に難しいため、どのような手段が望ましいのか、消防庁でも模索が続いているところです。

果たして、日本沈没が本当にあるとして、どこに行けば自分は船に乗れるのか、その情報が誰から、どのような手段で、自分に届くのか。SFの世界の話のように思えて、これは複雑な地形の上に住む日本人全員が長年抱えている、「災害後の情報収集」という大きなテーマにつながっています。



自分の仕事(地方自治、防災、AI)について知ってほしい思いで書いているので全部無料にしているのですが、まれに投げ銭してくださる方がいて、支払い下限に達しないのが悲しいので、よかったらコーヒー代おごってください。