満員電車の攻防戦
朝のラッシュの時間に、いつも使う路線がまた遅延していた。
予想通り、到着した電車は満員だ。
すでに雨に濡れてうんざりしてるところにさらに追い打ちをかけてくる。
雨の日は電車が遅延しやすいとはいえ、この路線は遅延することが多すぎると思ってしまう。
ホームで待っていた私と乗客のみなが仕方なしにぎゅうぎゅうと詰めていく中、事件は起きた。
誰かの肘がゴリゴリと執拗に腕に当たる感覚があった。
目線を向けるとそこには先に乗っていたと思われる女性が1人。
そいつが肘を強めに当ててきていたのだ。
それだけならあぁ、朝の忙しい時間に遅延してるしイライラしてるんだなと、まだ看過できたのだが、見るとその女性はリュックを前に持たずに背中に背負っていて、先ほどから肘をしきりに動かしてるのも別にリュックを体の前に持ち替えようとしているわけではなく、ただポケットの中身を弄っているだけだった。まるで「ここは私のスペースだ。詰めてくんな、邪魔だ」と言っているようだった。
それをこの状況でするのか。
どれだけ自己中なんだこいつは。
私の中の正義感はすでに燃え上がってしまっていた。
ここで自分を抑えておけばよかったのだが、
先に乗った者に特権があるとでも思っているような態度に我慢ができず、気づけば応戦していた。
たとえそう思ってなくとも、この女性はそう思われるような行動をしていたのだ。なにか事情があったにしろ、世の中そんな甘くない。
思っていること、感じていることが喋らずに伝われば苦労しない。ましてや横柄な態度では何ひとつ上手くいかないのが世の常なのだ。
あたかも自分は悪くないというような素振りで、他の乗客に配慮しないことを正当化しようとするお前の態度はバレバレだ、ということを気づかせたくて、小さく、しかし相手には聞こえるくらいの舌打ちをしてみた。
思えばこれが戦闘開始の合図になったんだと思う。
先の肘のゴリゴリに追いやられて上半身が捩れてしまっていたので、わざと強めに肘を当て返しつつこちらも通常の姿勢に戻ってやった。
みな仕事や用事があってこの時間に乗っているのだ。お前のための車内じゃないんだ。もう少し周りに配慮しろ。
そんな気持ちを込めたのも虚しく向こうもやはり引き下がらなかった。予想通りわざとゴリゴリしてたということだ。口実のつもりなのか、さらにポケットを弄り、肘を当て返してきた。
非常に幼稚な攻防戦である。
この記事を書きながらも、もう2度とこのような民度の低い者と同じレベルに落ちないことを誓っているくらいだ。そして言葉ではなく舌打ちで伝わるだろうと思ったその時の自分に対して「浅はか野郎」と罵ってやりたい。
そうこうしているうちに電車は発進。
私は吊り革に手が届かない、電車のちょうど真ん中あたりにいたので電車の揺れに耐えるのにも必死だった。バランスを崩せば、別の人に寄りかかってしまう。
私は踏ん張りながらも今のポジションは譲らない。
が、やつはまだ自己中心的な態度だ。「どけよ」と言わんばかりに肘を当ててきている。
背を向けているので顔は見えないが、明らかにこちらを意識している様子だった。
頑として私は退かない。そんな自己中野郎に屈するものか。動かざること山の如しだ。某漫画の「鉄塊」という技を使っている気分で、どれだけ押されても体勢が動かされないように全身を硬直させた。
しかし私も小心者だ。反撃をすると腹を決めたからなのか、いつの間にか闘争心に満ちた身体は震えていた。これが武者震いというやつなのだろうか。
面と向かって文句を言うこともできず互いに一歩も動かずにいると電車が停車し始めた。
慣性の法則により脚に負荷がかかり、吊り革を与えられなかった武者震い中の私の脚は信じられないほど震えた。
この時の踏ん張った時間は途方もなく長く感じられた。
私が人に倒れかからないよう踏ん張ってると、肘リュックコンボの女性が少しだけ奥に詰めてくれた。なんだやればできるじゃないか。そうだ、始めからそうすればよかったのだ。乗る人のために奥に移動しやがれ。
ドア付近に立ち止まらず中ほどまでお進みくださいとか言う駅員の案内を聞いたことがないか、あるいは理解できてないかのどちらかだろう。
攻防戦が終わりやれやれと思った矢先、驚くことに今度は私の後ろにいた大きめの男性が明らかに敵意のある肘の動かし方をしてきた。
もちろん私の背中に肘は当たっている。
何が不可解って、この人のことは一切気にも止めてなかったし、こちらには体は押し付けていなかったつもりだったのに急にぐりんぐりんと肘を動かしたこと。もしかしたら無意識のうちに当たっていたのかも。もう今日はなんなんだ。
次第に電車の速度は落ちていって、ドアが開いた。
停車駅で降りる人がいたし、場所もリセットしたかったというのもあって、私も一緒に降りた。
しかしあろうことか、再度同じ電車に乗り込む時、満員すぎて乗れなかった。
今日は朝から散々だ。
色々と諦めた瞬間だった。
閉まるドアと、ドアの窓から申し訳なさそうにこちらを見る男性をそのまま見送った。
降りる人の邪魔にならないように一度降りたせいで同じ電車に乗れなくなるなんておかしな話だ。
次の電車も満員だったが、先の電車よりはマシだった。もう切り替えよ、などと思いながら乗車した。
しかし不運は続いていた。
電車が動き出してすぐ、隣の誰かから強烈な屁の匂いがしてきた。
もちろん全員が知らん顔。
しばらく消えなかった匂いの中、今日の運の悪さを噛み締めた。
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