家族だからじゃなくて 朝ドラ「虎に翼」感想文(第20週)

ジャズ(英: jazz)
は、19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカ合衆国ルイジアナ州ニューオーリンズの黒人コミュニティで生まれた音楽ジャンル

ジャズの特徴は、スウィングするリズムや、裏の音符の多いシンコペーションのあるリズム、初期にブルースの影響を受けた(ブルーノートもあったが、これは基本的にはブルースである)複雑なコード、複雑なスケール、コールアンドレスポンス・ボーカル、ポリリズム、即興演奏などである。

1950年代半ばには黒人主体のハード・バップが登場し、同ジャンルはサックスやピアノの演奏にリズム&ブルース、ゴスペル、ブルースなどの影響を取り入れた。1950年代後半には、モードを音楽構造の基礎とするモードジャズ(モーダル・ジャズ)が発展し、即興・アドリヴが重視された。フリー・ジャズは、西洋音楽の規則的な音階や拍子、形式的な音楽構造にとらわれない自由な演奏を追求したが、それはそれまで長年構築されてきた西洋音楽の秩序を崩壊させるものであった。

Wikipediaより

東京原爆訴訟が提訴された第20週。ジャズにハマった直治が奏でるサックスが、音がなくてもずーっとバックに流れていた気がする。

「今でも大半の女の子にとって結婚は選択肢じゃない。結婚は幸せの終着点で絶対条件なの」
女の子だから、結婚したいはず
嫁だから、遠慮しちゃうはず
姑だから、気を使うはず

「の、ようなもの」を時々合いの手にいれながらも、属性に溝をひき勝手に決めつけていた気持ちは、家族裁判のなか、どれも的外れだったってわかったのに

「僕を大学に通わせてくれた恩を、これからどんどん返していきたいんだよ」
恩を受けたから、返す。
頼まれたから、役目がある。
世話をしたから、権利がある。
愛したから、愛される。
強いから、ひとりでも大丈夫。

そんな「因果応報」理論達は、的外れという指摘を受けることもなく幕を閉じる。けれど観ている私たちはこの家族をつなぐのがそんな数学の計算式みたいなものじゃないことを知っている。な、直治…サックスの音をくれないか。

「オレはどっちでもいいけどさ!」
サックスの代わりに、かつての直道さんと同じ言葉と顔で、兄からの同意をいなした直治だ。
ジャズは即興・アドリヴが重視される音楽だという。決まったルールに従うんじゃなくて、もっと根っこの音を響かせあう。
パイプオルガンのように整然と荘厳に理を響かせる兄貴と叔父貴に、これからサックスの音色はどう絡んでいくだろう。

コールアンドレスポンス。愛してる?愛してる。一緒にいたい?今はいい。助けはいる?ちょっと欲しい。やっぱいる。うん、助けて。
欲しいものは声に出し、できなければそれを言う。恩を受けたからじゃなくて、してもらったからじゃなくて、役目だからじゃなくて、それだけの話じゃダメなのか。

「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが、家族だった。」これはNHKの別のドラマのタイトルで、作家の岸田奈美さんの言葉だけど、とっても良いなあと思っている。ルールの前に、人間の気持ちが先にある。
愛したのが、わたしが愛した人達が、家族。

「憲法が変わってもなお、社会のあちこちにある不平等を見て思ったんです。綺麗なお水、水源は、法律ではなくて、人権や、人の尊厳なのではないかと。」ルールの前に、人間がある。そう言った寅子が担当する原爆裁判では、何が問われるだろう。争点は多岐にわたると寅子はいった。

勝った国だから、負けた国だから。
ルールがあるから、ないから。
そうではない。ルールがあるから従うんじゃない。そのルールの根底にあるものを、問え。


ところで「俺はどっちでもいいけどさ」は、共亜事件のときに「迷惑がかかるから籍を抜け」と言ったはるさんへ、直道が言った言葉のリフレインだ。あの時は「お母さん、それ、今じゃないです」ときっぱり言った花江ちゃんだけど、今回は誰も「今じゃない」っていわなかったよね…

同い年の寅子が涼やかハンサムつれてきて、愛だ恋だとやっている。
年上のお友達の梅子さんは、あんこづくりの修業中。
誰に老後の世話をお願いするのか、それについて話すのは、やや早すぎやしないかね…花江ちゃん、それ「今じゃない」、かもよ。

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