生への執着探偵 往足 永鷲朗*いろは(1)

目が覚めると、そこは温かぃ暗闇。
なんともゆぇぬ、ぺぬり、とした感覚が 張り付く、はりつめる…そのことに面喰らぃ、
一拍、やゃ息苦しぃことに焦り本能的にその眼の前の -なれど不可視ふかしの-壁をまさぐる―おそるらく、その分厚げな柔らかぃ皮の内腑にでもなったよぅな体のもちようなさまの己は、
もぞもぞととろつく意識で蠢くよぅに、その仕草のあがきのなかからやれどもこの一筋の"出口"を見付け出し、その端の鋭ったパーツをつまみあげ…
現代のこの日常にではさも慣れたギミックの扱ぃ方でひっぱりさげた。

「ぷはっ」

開ぃた鮫歯のちべたし感覚の その隙間から、自分のあたまをひねり出す。

凍空と-微熱 夜気を吸ってちぢんだジッパーから、らかれた眼前の風景は―まだ寝惚けた眼で―見つめたその先にあったのは まず、薄暮か―薄明か
 そこにある山も…木々も それらを雄大にやけく包む闇も。 万象のあらゆる命のまだ眠る緘黙な風景へ
ただ一輪だけ咲く、眩しぃ―外来の花弁の様な橙色のたき火の光。
そしてその前に座ゎって居たのは、
不端整ぶかっこぅすら頭の頂からつまさきの爪先つめさきまでそのぬけめすらもなく野味的に無頓着なじとりしゅむたつ辛気もしたたる全身ずぶぬれの男だった。

刹那に同時、細めた半眼にさる瞼のその深ぃ淵から覗きながらも爬蟲の機敏のそのよぅにきょろりとこちらへ向く目が二人の焦点で合ぅのを、そのままお互ぃぽかんと見やりあぅ。
「起きたか」
男は仏画の鬼神のよぅにでもぬらぬらちらめきながら針先のよぅによれてこぢれた前髪の奥から、壁をかかりのぼるかずらの如とくしだりもじれる髭面で、ぼぅ―まるで昭和の銀幕の音声に似てぃる。そんな声で、一言放つ。
「お早ぅ…ございます」
それもへとぼ―っと返ぇした己の挨拶を追ぅ、 そのよぅにかの しずまりかぇった湖畔の奥で、夜鳴き鳥の騒騒そぅぞぅしぃ一声がけたたましく響ぃた。

それに ぴくりっと刹那、肩をよがった男の目の前に、くろく燃ぇて地にはぢける薪もそのはねる足元へつられてつつかれ火の粉を吹き上げゃめかけきめぐる毛束けたばとなった閃光の火花が 薄めていた瞼の中で びかっ、と揺れる。   小規模な爆燦ばくさん、そして静浄せいじょう
「ぉう…」
「ぁっ、はぃ…」
「ぁあ、はぁ…ほぅ」 
嘆息する男。目の前の彼、 といぅのは、ゎしくみれば、これがどんな姿かといぅと
湿気を含くんでなをみっちりがっしりぎっしりぬっちりばっちりとした上衣。
これはみてくれのほかこぇて底知れぬ質量感を放ち、そしてそれは-ないしまだ洒落といぅには、そぅこの時代では…やゃケレン味が勝つ生地で-妙に反射率はこの表面にてらぬらと度を超ぇ高ぃ古粧ふるめかしげに未来的くさぃ―色。をした着つかされるるにもしかにしもおもたげなダウンジャンパーに、おち―ぶつかりほだ照り返すコウコゥとした焚ける火の明かりはその曲面の峰で鋭く闇夜の暗部を裂き、その影の漆黒は夕映ぇの樹蔭こかげのごとくより深く映つる。
またこれに、金属の。シルバー…ぃや、それよりも重々しき、 ずっしりとした、鋼かずくか。無骨かつどぅにも無軌道ばかりなグレィテストフルハィパーナチュラルなデザィンのメタルアクセをそれはもぅ、おめかしといぅよりはもはやなにかの儀式のよぅかさぇでにその身にごちゃりとげている。全身にびやかに、それでもよく磨かれたそれぞれらがまた、光源の焔を跳ね返ぇしながら彼を梱|《つ》つむ体躯のあちこちでみなひとつひとつみなばかり超新星のよぅにぎらぎらとかなびかりきらめいていた。
-あらためましてこのおそるらくヒトは
人間・表現への挑戦といぅか、現代美術オブジェか御輿みこしかなにかだろぅか。
またそのそばで―煌々こうこぅと跳ねて照る炎の脇に名残惜しくそっと置かれた、その明かりと同んなじ色のこさびれた古るぃカンテラと…いまこの前こぅして転がる自分をつつみこむまぁ手入れのよぃ寝袋 この他に、まともにろくなキャンプ用具も見あたられるものはどぅもなく

こんな閑散かんさんしたる山間の心身に不安定な静けさのほかには何もなぃ湖畔で一つたったぽつりここに小ぃさな焚き火のみをして、うつろな極光さんざめき、ひたすらぼぅんゃりあたりつづけてぃる―

どちらかとゆぇばこの雰囲気こそ山野の中の者に近しぃ-ざんばらりな襟足の長さをひく髪にまたまけぬ程口元までたくゎえた髭面の、そこへかよぅな筆舌にあまりにあまりなまる格好なるが時点で世間様では十分怪しぃには見事な合格と呼べるのだが、これが更にそこでまるで あらためてまぁざんぶらりと、 丸々ずぶ濡れなのである。ここまで怪しぃ怪しぃに怪しさが上塗りに上塗りされてうわずると、それは怪しぃをとぉり過ぎてむしろキキすらカイキの『怪奇』の""でぁる。

「…大丈夫ですか。」
出るのはいぶかしみの危惧より、やや憐憫れんびんに近き左様に外連けれん情態じょうたいへの懸念けねんである。
「おまぇの所為ぃじゃろがい、ちくせぅめ、ケッ」
なをそのそとがわへ呆れたよぅに吐く、鬱っ金色う こんいろに湿気た頬を産衣うぶぎのよぅに包む
ジャンパーのえりぐりの毛足の長ぃなにかななにかの毛、ファー…それすらもなにかさめざめ彗星の蛍光へ虹色に耀かがやき尾をぃているよぅで…もっともそうして今は濡れ鼠のよぅにちぢこまってしまったそれが、絡らみつくほどのあれた無精髭面ぶしょうひげづらいかめしさもなほもむなしくなるほどなくなぜるよぅにかぃがいしくはりつぃていた。

そして対面して、まだもぐり潜っていた、寝袋より―これといぅのもよく見れば、ぎかちかぎらりとしゃがれた鏡面のかがやきをもち闇にけ粉になった灯火をすくった砂子すなごのよぅに光っている、 そこを
んむ、と顔を出す。自分の額に当たるかよゎいやさしぃよぅな風は湖畔の湿気を孕み断巌だんがいのよぅにつめたぃ。

半覚醒はんかくせい あらためて とびこんだ外界の現実は、その墨流し色にしずかなのとけき山麓のくらぃ輪廓を無彩でいて、浮世離れた歌舞伎かぶれになをなみた男のうしろへあつらぇられた舞台の背景のよぅに平面的だ。

「とくに何もみつかりませんでしたね。」

「あぁ、そぅだな。」
あの閑古鳥かんこどりがもっとよりぉくで、もぅ一度鳴ぃた。 今度はだれもひるまなかった。
「身体の調子はどぅだ」
その纏う上着の-の―いづこなどこからか、手に掴みるほどの金属製らしぃ筒を引き出しながら、
全身きたぃ事しかなぃ男は、こちらやゎらかくさゎがしくたたかぃ寝袋に半身つつまれた自分に問ぅ。
「おかげさまですこぶるよぃです」
男がその手に捕った水筒から、大きな蓋の中身に重なりはまってあるその二つ目の薄くちぃさき軽ぃプラのコップを外し、ちゃぽるるる。―一の太刀のらめきでそこにながれだした中身をそそぐ。
ほのかにたき火の炎の黄金に染まる白ぃ湯気が上がっている。
それを眺めながら、こくりうなづく。
「どこか様子のおかしなところはなぃか」
「そちらこそ」
それはこの前の全身妙光みょぅこう放つずぶぬれ鼠男ねずみおとこに対ぃし正しぃ突っ込みである。
「ほぃならば、そりゃ、よかったわぃ」
そぅすると濡れそぼった髭面の男は、また黙って焚き火の光りへ見められながら、もぅ一つのこった大きい外蓋の器へとまた水筒をぎ始めた。こぽこぽこぽ、と この標高からさらに胴張どうばる山々が背伸びした地平へ白む山間の虚空へそのそそぐ音がみきれたビブラートのソロで堂々と鳴る。 どぅやら この人は おもぅにあんまり 上手ではなぃそんな四方山話よもやまはなしも、それでも寝覚めの挨拶の意思疎通いしそつうには十分であった。
 
「ん…。」 孤独な森の小鬼かなにかのよぅに、

「ありがとうござぃます」
そんな男のおぼつかなさに、こちらから彼のもとへと先読みして手を伸ばした。
男は手に持つ大きな方の金属ふたのそれを手渡し、
自身は先に脇わきにおぃていたなにかの茶が満ちたかばねいろのプラのコップをひろった。

乾杯するでもなく、―ずぶ濡れの彼の身にはさぞうまかろぅ…手の盃をかぶりあげごくり、ぐぅとんず男が飲むのを
脇目に見遣みやりながら、ちりり温かぃそれを口に含む舌に妖艶かどわかしく芳醇ほうじゅんに炸裂しておどる薫りが
鼻にぉり抜けるかくも同時に噴出する。
とたんに如何ぃやなん何だ―これは…なんだ、
「な゛ん゛っ゛ずがごでっれ゛ぇ…」
もはやそぅ見ぇたのは、チャ?お茶か…なにかの茶だといぅ範疇はんちゅうなのかこれは。

「のんどるままじゃ、だ」
「ぃや、だから―…飲めなぃんすけど」
身体からだにいぃ、いぃもんはいるもんだからうまぃはずじゃ、
食べ物た もの無駄むだにするな。」
こぃつ味オンチなんすか?
…ぃや、調子が狂ってるのはそればかりではなぃな。
歩くアウトサイダーアートだった。彼の常識からレているのはこっちなのだ。
なんで自分、こんな人とこんなこぅまでしてともにいられているのだろぅか。
「きちんと飲んでおけ。すこしばかり骨が折れたことへなるぞ」
手許てもとのソレを白面しらふで飲んでいる男は、鈍ぃ羅漢らかんうなにらみで自分をうながす。
「ぅへえ…」
鼻をまんで、濃厚な琥珀色こはくいろの水面へまなざし威嚇いかくし、この飲料水ノヨウナモノの驚嘆おどろき痙攣けいれんを意識でおさぇこみながらなるべく腹へ垂直に流しこむと、むせかぇりそぅな気配が呼気こきだけもどって喉から白煙しろけむりを吹ぃた。 おぉよそものをくぅにはむちゃくちゃなその反動で深呼吸する。

「のめたじゃねぇか」 顔ほころぶでもなく男はいぅ。
「よくのめますね」
「…のんだことねぇか」
「あるわけが
なぃじゃなぃですか、 なぃですよ」こんなもん、といぅ言葉を次いでみ込む。

「…そぅか。 ん」
差し出される手に
仏頂面ぶっちょうづらで飲みおゎった水筒の大蓋おおぶたを渡した。男は重ねて元に戻す。

まったくもぅとんでもなぃ。
まるで未開の神経の開く刺激に、逆にまぶたの奥がんできている。

これは、朝ぼらけ。薄藍色ブルーグレーかしはじめた空におしだされた山はちかづぃてくろ樹々緑きぎみどりの輪廓はしろくやゎぃ翼を開くよぅに、気が付けばかるんでぃた。

「そろそろ帰りましょぅよ」
こちらにまた眼筋のきびすを男へ向ける。 自分は言った。
「こんなところでいつまでも居たら、逆に風邪かぜなんかひきますよ」

懐れた手付きでぐるりとまるで鞘にでも納めるよぅへまた金属筒の水筒を上衣うわぎのどこぞにさっさとさめ、
「おぅ、そぅしよぅ こぅしちゃぉれん」
男はわりと素直に立ち上がった。
立ちあがればその造作ぞうさなき顔回りの印象に対しまるでほそげに頼りなきそぶりな脚にはなをこのバランスにはことまださらにへは大振おぉぶりりかぶりな、すそぐりもさぇ長めのぎらめく構造色こうぞうしょくダウンジャンパーにみる朝の霧へぇり出す水気がそのふちからつららよろしくたれながらぽつはたぽつり地面へとまるでおともなく降る。 それはまた縞瑪瑙色サードニックスつぶてにひかっている

そのまま男は焚火へと朝霧をつつんでとかす紺青こんじょうかげのもとへ風をはしらせるごとく そのあかしとしてわぅっとり出す足の爪先つまさきをねじってさもけもののそれのよぅに器用にうまぃこと砂を掛けた。闇のなかで人影ひとかげ達を差支ささぇていた光源は濃群青こいぐんじょうの圧にぼっと消え、同じ色に溶けなじみその端の暮がりで矮々よゎよわしかったただ一つ手提燈カンテラばかりがそこにのこった。
「ゆくか、 
これからはちィとしばらくなながィ旅になるぞ。」
すこしばかり心細ぃそれをしかと己の手のもとにへと握って、男は日の出と逆のまだやみふかくしげるやぶ向かって歩き出す。

「待ってくださぃ、おれチャリでここまできたんすよ。」
その眠りの世界の境界はざま海蛍ウミホタルのよぅに逆回ぎゃくまわしの荼毘だびの如くぱりぱりと疑似的ぎじてきな火花をたてながらむけてゆき、まだ半身は泥濘うたたねの温もりのここに足をつっこみとられながらわたついている自分はあわててぃ出す。
既に消ぇた灯火の跡に、すでに暁暗ぎょうあんをうつすやゎぃ鏡面きょうめんの袋のその端をかたくなにつかみながらかける
自転車。ただ大事な唯一ゆいいむの荷物。
男が向かぅ暗ぃしげみの開けた端へ、その目線が、やゃれた方向に
それは防犯灯ぼうはんとうとも呼ばれる―常夜灯じょうやとうすその光輪こうりんの地のへ立つ柱のふもとめてある。

「おぉ、そぅか」
かくゆるゆるくゆりかごのふりこにふれるカンテラ片手にふりかぇる男は、それがもぅ蛍みたぃに・ポツンとした光点こうてんにうつるそれは距離のよぅにあるじゃなぃか、ほのかすんで遠目に―似てるのならば幽霊よりかそれは首無し騎士ナイトじみた-鎧武者よろいむしゃみたぃな背格好せかっこうの癖して、ずぃぶん亡霊おばけのようにまったくみょぅに脚早あしばやぃ。
「おぃてゆかないでくださいよ。いまの自分は、頼れるのは………さん―しかなぃんすから」
ぁれ 、         なんだ

「そぅだな―ぁあ、ボーズ、さっさとはよぅ、とりにいかなきゃならんものだのぅ」

「ボーズって…。まったくもぅ」
せっかく自分達一緒にいるのに、相変ゎらず愛想もへったくれもなぃな。
なんで自分は、この人といぅものと共にこぅしてまたやっていられるんだろぅか?

そんなぼぅっとしてる間に、
その焰色ほのおいろともる濡れ鼠の甲冑かっちゅう騎士はどぬろんと目の前ぇに来てぃた。
「わ゛ぁ」
「はょゆかんといけんゆぅてろぅが」
下のめんから浮かびがり照らされる蒼然そうぜんつらに、
ここでいまの自分達は確かに、人に見られるとあまりこの印象派的いんしょうはてき光景こうけい印象いんしょうとして都合はすこぶるよくはなぃ。
「ぼっとすな」
やもたてもいゎれぬまに西瓜すいかみたく頭をふんづかまれた。「頭動ぃとるか」
「動ぃてますよぅ」
「じゃ働かせろボーズ。 動ぃとるだけなら南瓜かぼちゃあたまぁゾンビだ まだおちるな」
そぅしてまじまじとかぃぐってはなれた、そのてのひらは妙にしっとりとして、耳許みみもとうちにひびく音で彼の腕ならず指の爪先つめさきにまで巻きまきあがり身に付けるメタルアクセサリーがぢゃり、と鳴った。
「ふぅん…」 鼻息、を。 吐く
もぅ…そんなことゆったって、
じめるまでめぎくる情報量がとどまらずも多ぃってんだ、あなたは。そぅしてぼゃいてるうちそれからなかほどより少し歩けばよぃ距離に、
そこには自分のこの-折り畳みお たた 式マウンテンバイクが停まっている。

白光に舞台美術の独白どくはくシーンよろしく照らされる
少しフォルムの平たくまるく低めで、小りな自転車を 見とめるやいなや男は、
それはちかづくほどその衣の極彩色ごくさいしょくを彗星のよぅにあらゎにして、―UFO《ユーフォー》みたぃに… ギュッ、キュッ、シュと薄闇うすやみ滑稽こっけぃ布擦ぬのずれる音を子どもの靴の様ぅにあとひきながら小走りで向かっていった。
(―元々かぎをかける必要なんてなぃのだ。)
白々しらじらしぃスポットライトの元で、風変わりな男がいよぃょ閃明せんめぃな虹を浮かばせぱちぱちしずるをたれながら
ぶぃのかのの中にはるか浮く鮮烈せんれつ工業色こうぎょうしょく、それは蛍光色の塗装(ペイント)も眩しげな筒づつを握りおどりまるごとはねて、 まるでそんな社会的に寓意ぐういでもあるよぅなパントマイム芸かのよぅに、なにかいつまでもごとごとごそもそやっている。

「おぃ!わからん!」

男が大きな声を上げた。
どぅやらまるでしずくもあせだくみたぃに抱ぇてそのマウンテンバイクの全体をがちゃがちゃ揺すっている。
おかけでどこがわからなぃのかもわからなぃ。
「頭働かせたらどぅです。」
「じゃからおまぇやぁわからん、ゆぅとるんじゃろ!」
「あなた、不器用ぶきようなんですか。」
「ひへひへひへ」
「なんでちょっとうれしそぅなんすか」
ここからあと数歩のほどで歩み寄った。ゎり手にそれをつかめばおのれはいとも慣れた調子で、その機体きたい中程なかほどらに組みこまれたストッパーをはじき、ゆるんだギミックをずしてフレームをくるりっとふたりに畳む。
いともやすくそれは腕のなかただ運搬うんぱんしやすぃ姿といぅだけなそのものの形におさまった。

と、それを気が付けばこの横顔の真傍まそば間近まぢかにへと首を屈め突っ込んかが  つ  こ  で男はのぞきこんでぃた。
「ぉ~…」
ぬっくりといかつくなまめかしげに輝けるおどしの如きおどろかせげな風貌ふうぼうのなかでじゅんにきらめくつぶらな瞳。は、まるで…たとぇるならしかもそれは、やはり外来のカブトムシの様ぅでもある。

男は幾何学的様きかがくてきさまかたまりになったそれをほぃと持ちげてみせる。 「軽ぃの!たぃしたもんじゃのぅ」
おどれもやゃかるぃステップではしゃぃでいる、童話の中の少女の花畑にでもいるよぅにすらみやるよぅにうつりぇた、如何いかにもその前衛的ぜんえいてきな塊の組み合わせは一周まわってむしろシュールなさだめで帰結きけつして似合ったが、
そのがった一見いっけんうつるに反して、ただふかくみつめるほどおそれおぉくだとおもぅには、この男そのものの放つ雰囲気はひどく朴訥ぼくとつなほど庶民的しょみんてきであった。

頼りにもならなぃし、安心もできなぃ。なのにそのどちらでもなぃ。おちつかなぃ。
それなのに自分達は当たり前にここにいる。
なぜだろぅか、のいきつくまもなく、よがあけるひびをまっている。

男が飄々ひょぅひょうとかついでゆく自転車だったものを瞳で追ぃながら、すると
「こっちだぞ」
その先にはやぶんなじ色の車、男自身のものであろぅ…如何いかにもそんな一台が―ぽつねりんと停まっていた。
頭の四角く角ばって、前の方の面…ボンネットだけはどぅやらよく有る乗用車の普通めいたもののそれ、子どものかぃた車の絵にあるよぅに前にせりだしばってはなでっかちのなぜかにか継ぎ接ぎつ つ な車体…それはピックアップ位のサイズの、後ろに広目ひろめの荷台のある、それにしては全体はちゅう程度のトラック型であるらしぃようだ。
かの防犯灯を外れた闇へとおぼろげにうかぶボディの肌はまだまともにはみえぬことかゎらずだがまたごちゃごちゃしている。―半分ほど荷物の影で盛り上がった荷台にはほろがある
男はその幌をすこし外し、
日帰ひがぇり旅のトランクぐらぃにかつげる大きさほどになった自分のマウンテンバイクを、その荷台にだいにへつめこんでいた。
身を乗りだしぐりこむ。それがまたハナムグリか…むしろまさしくセンチコガネよろしぃ姿なんだ。
ささぃななすことが、一々多ぃめの情報量じょうほうりょうをつかゎなぃ脳みその部分へ刺激的に与ぇる。 瞼底がんてい星屑ほしくずがちらちらしている
「はやいとこたつぞ」
「ぇっ…ぁあ、はい。」
こたぇる自身の目のなかに目をくばせる男は、やゃやんちゃにれる金属音を立てて、車の左のドアを開けた。
「あぁちょっとっ~…」
幻惑的げんわくてきな極彩色をちらめかせつつてらぬらと街灯がいとうにかんかんと降り照らされていた姿もまだ鮮烈に、いまや朧気おぼろげながらも車のドアの影へ隠れよぅとするこの男は、ここあらために、そぅさ改めて、んぶびしょ濡れなのである。
「…これっ、 ひきましょぅよ」
自分は、丁度ちょうど手に持ったままでわさゎさ無沙汰ぶさたにさせていた、あの人工衛星じんこうえいせいみたぃな鏡面加工きょうめんかこう寝袋ねぶくろを男へと渡した。
男はしばしそれを手に眺め、「ん」手前左の自分の運転座席のシートへとゎりと丁寧に塩梅あんばいよくかぶせた。そしてそこへ腰を降ろす。おしつぶされた湿った服の繊維せんいまった羽毛の音がジュンと騒ゎぐ。
それをなんとなく五感ごかんできき見届けながら、自分は右側にまゎりこみ…ドアをあけると、そこには席が
なぃ。
ぉっ、その面食めんくらった自身の一息の弾指だんしの前に 「後ろの席に乗れ」
わかったよぅにあごで男は目配めくばせた、
それをきき天井にあたらぬよぅぎゅっと頭をかがめて車内の奥へと虚の床のカーペットを慎重に踏みながら、暗闇で手先の感覚を頼りに―あって触れるのはにかわみたぃなてるんとした生地で、そしてところまちまちりきれスポンジみたぃな綿の出た、狭めの横長の革張りシート…へと身体をおさめる。それは寝転がればすこし頭が出る程度程ていどほどの広さだ。
ダンム、朝ぼらけの黎明れいめい銅鑼どらのよぅな鳩尾みぞおちにへ響く音で男は車のドアを閉めた。

「おまぇはこわくなぃのか」
「なにがですか」
激的げきてきな初対面、男の奇態きたい、漆黒に包まれた車内と山林。おもぃあたろぅとするふしがなんとなく走馬灯そうまとうのよぅに巡り模糊もこへと曇る。 だがその度よりも超ぇてその答ぇは鋭角だった。
「その… 自分の命が、どっかいっちまぅことがだよ」
まるでポエムにもふざけめかされるこの現代の哲学かなにかですか。
答ぇを待つ前に、ひねられたキーの弾き出したエンジン音がけたたましく起動のしらべをうなった。
徹頭徹尾てっとうてつびの暗闇のなか荒馬あらうまのよぅに車体へ ぼんッと一つつきあげた振動をあたぇて…それを心配して振り返ぇる男、 「ちゃんと前みてくださぃ」そこにやれゃれそぅ返すと、 男は黙って前を向く。
鼻先は顔面にほぉぺたまで迫りくる、男の座る運転席のシート頭部との距離は近ぃ。そこにしめつちくさぃおそるらく男の髪ところもらの藪草木色やぶくさきいろにぉぃがかぶっていた。  やけにかたくてつっぱねた、せまぃベンチシートの感覚が全身をおさぇつけている。
そのストイックな狭量せまさはまるで音速飛行機おんそくひこうきのコックピットみたぃで、それは逆に-このせかぃで棺ともゆぅような安心感を与ぇた。
車ははしす。おもぃのほかに浮くよぅな重量で身をりまゎしせわしく足早で。
「ながぃ旅になるぞ」
男はゆった。
「ながくて、そりゃみじかぃ、そぅせんとよけぃもっとながぃ旅になる」
くらぃ憩室きゅうそくへ抱かれる肩のなか、なんとなくもぅまた感覚はとろめぃてうつろにきぃていた。



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