SS 勘違いのチョコ 【チョコレート】 #シロクマ文芸部
チョコレートを、渡し間違えた。
「ありがとう、乃愛さん」
「……うん、いいのよぉ~」
やさしげな眼は、喜びで笑っている。吉岡昭博は、私の本命チョコをすぐにカバンにしまった。
(……それは、遥斗に渡すつもりで……)
遥斗が私の席に近づくと、私は、いそいでチョコを出して、眼をつむって差し出す。たまたまそこは吉岡昭博の席だった。
タイミングが遅すぎた、眼を開くと遥斗は、素通りして自分の席に座っている。
(なんて……ドジな……)
背が私より低い吉岡昭博は、雰囲気はいいけど、大人しすぎる。男性っぽくない。嫌いじゃないけど、スキじゃない。
チョコはわたしそこねた、でも私はめげない!
イケ面遥斗に、それから猛アタックをした。スポーツ万能でやさしく頭がいい彼を好きな女子は多かったが、あらゆる手を使ってモノにした。
「ホワイトデーです」
吉岡昭博が、私にお菓子の包みを渡す。
「ありがと」
私は無愛想に、手作りのお菓子をもらって忘れてしまう。私は今は最高に幸せ、あんなクラスメイトなんて知らない。
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それからしばらくすると遥斗は、私を避ける。重かったのかもしれない。無我夢中で愛したのが悪かったのかもしれない。
(なによ……めんどくさいって……)
数年つきあったけど、遥斗は、逃げるように姿を消した。青い空、昼の公園には、子供連れのおかあさんしかいない。私はベンチに、ただ悲しくて座っていた。
「愛した分の時間を返してよ……」
「乃愛さん」
突然だった、名前を呼ばれて顔を見ると吉岡昭博が、目の前にいる。勘違いのチョコを渡して忘れてしまったクラスメイト。
「僕はあなたがくれたチョコに感動して職人になりました」
チョコレート菓子の製造に、特化したショコラティエとして活躍している彼は、私が今でも好きなのかな?
「良かったね、私もあな……たの事が好きだったかなぁ」
終わった恋は忘れてしまえばいい。彼を好きになればいい。
「僕も、あなたが好きでした」
「……本当?」
暖かい暖かいチョコの香りがする。
「このチョコは僕の傑作です、食べてください」
「ありがとう!」
きれいに包装されたチョコ、私と彼の幸福のシンボル。
「最後に会えて良かった」
「……最後?」
「結婚するんです、初恋の人にお礼ができました」
手をふりながら彼は、結婚する女性にむかって走って消える。私は黙って包み紙をやぶいてチョコをたべた。イチゴのシロップが中に入ってる、甘くておいしい。むしゃむしゃと、赤いシロップを口から流しながら、やけ食いする。
「昭博君、お幸せに……」
公園から、おかあさんと子供達が消えた。
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